上司が頼りないのは「ラッキー」…どんなにダメな上司とも楽しく働けるようになる"ある思考法"
※本稿は、小林弘幸『気がついたら自律神経が整う「期待しない」健康法』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■上司が頼りないのは「ラッキー」
職場における人間関係で、もっとも悩みが生じやすいのは「上司」「部下」との間柄でしょう。
とりわけ「上司への不満」は社会人の愚痴(ぐち)の定番です。
わがまま、厳しい、威圧的、理不尽、気分屋、考え方が古い、パワハラな言動が多い、頼りにならない、自慢が多い、尊敬できない、体育会系のノリについていけない、そもそも上司なのに仕事ができない――など、さまざまな悩みがあるでしょう。
もしも今、あなたがそうした悩みを実際に抱えているならば不運ではなくむしろ「ラッキー」だと思ってください。
なぜなら上司が頼りにならない人間であるほど、社会人として成長できるチャンスだからです。
この上司では頼りにならないと感じたら、自分の頭で考え、判断していくしかありません。目の前の仕事を「与えられたもの」ではなく「自分ごと」として捉えられるようになれば、自然と責任感も育ちます。
また、「期待しない」スタンスで接することで、心理的な距離も適切に取れるようになります。目の前の上司=会社のすべてではない、と思えるようになれば、視野が広がり、平常心を保ちやすくなります。
■仕事がデキる人は上司に求めない
そもそも仕事ができる人の多くは、上司に期待しません。上司と自分、それぞれの職分を見極め、しっかりと線を引いて期待しないスタンスで接しているからこそ、自分のペースで安定したパフォーマンスを発揮できるのです。
そして、期待していないからこそ、その上司がしてくれることや助けになることに対しては素直に「ありがたい」という感謝が芽生えやすくなります。
また、有能な上司に当たれば自分も有能になれるわけではありません。仕事ができて頼りがいがある上司のもとでは、人は「何かトラブルがあっても上司がなんとかしてくれるはずだ」という甘えが生じます。
甘えもまた、形を変えた期待です。その状態が続いたままでは、いくら年数を重ねても仕事の責任感は身につかないでしょう。
上司の性質や相性とは関係なく、「上司に認められたいが、認められない」と悩んでいる人もいるかもしれません。その場合は、「認められたい」という自分の中にある期待をまず捨てることから始めましょう。
「認められたい」「優秀だと思われたい」という発想はスパッと手放して、自身のコンディションを整え、淡々と仕事をすることに意識を切り替えます。
そうすることで、「この分野で認められないなら、他の分野で頑張ってみよう」と意識が外に向き、視界が開けていきます。
「認めてほしい」という執着を手放し、平常心を徐々に取り戻すことができれば、パフォーマンスも必ず高まっていきます。
「認められたいのに認めてもらえない」と悩んでいるときに気をつけたいのは、「この上司に認められないから自分はダメな人間だ」という発想に陥ることです。
他者からの評価は曖昧(あいまい)なものであり、今の上司が評価しているのはあなたという人間のごく一部分にすぎません。評価対象になっているその一部ですらも、上司や部署、仕事内容が変われば、たやすく変わります。
たまたま巡り合っただけの人や案件の判断だけで、自分の価値を決めつけるべきではありません。
■部下への期待値は常に低めに設定
では、上司、リーダー、マネージャーと呼ばれる人たちが、部下や後輩と付き合う場合においてはどうでしょう。
上司を選べないのと同様に、部下も選ぶことはできません。だからこそ、部下との付き合いで大切なのは、やはり「期待しない」をベースに接することです。
「うちのチームは使えない部下ばかりで、いつまで経っても仕事が任せられない」と嘆(なげ)いているのならば、まず部下への期待値を下げることから始めましょう。部下を「使えない」「能力が低い」と勝手に判断してしまうのは、あなたの中の部下への期待値が高すぎるからです。
自分の新人時代を思い出してみてください。上司から「○○さん、ちょっと」と名前を呼ばれただけで「何かミスでもあったのでは?」とドキドキしませんでしたか。
上司と部下のパワーバランスは対等ではありません。上司は普通に部下に話しかけているつもりでも、ほとんどの部下は常にうっすらとした緊張感を持って上司と向きあっています。
だからこそ、上の立場の人間は、相手に余計なストレスを与えない「言い方」を日頃から意識することが大切です。
■部下へは200パーセントの説明を意識する
具体的には、部下と話すときにはゆっくりと丁寧な言い方を常に心がけましょう。一方的な早口でまくしたてたり、プレッシャーを与える高圧的な態度を取ったりすることは、部下の自律神経を乱してチーム全体のパフォーマンスを下げる結果にしかなりません。
何かを説明する際も同じです。あなたの目の前にいるのは、「1を聞いて10を知る」ような逸材ではないはずです。何かを教えることには時間と労力のコストがかかりますが、それこそが組織における上司が果たすべき役割といえるでしょう。
そして、部下に何かを教えるときには、
「200パーセントの説明を尽くして初めて伝わる」
という前提に立ってください。
普段のコミュニケーションでは、「言葉は内容の2割が伝われば十分」という考え方が有効ですが、仕事ではしっかりと正確に伝えなければならない局面が多々あります。
このとき、「説明してもわかってくれないのは部下の理解力が低いから」と考えるのは間違いです。「相手が理解しない」のではなく、「自分の説明が不十分だ」と考え直し、言葉を尽くして200パーセントの丁寧な説明を心がけましょう。
仕事における自律神経のバランスの取り方については、本書の第5章でも詳しく解説しています。
■「誰も信用しない」スタンスは優しさと覚悟の証
期待と近い言葉に「信用(信頼)」があります。信用を得ること、信頼して任せることは、仕事を進めていく上で大切なことです。しかし、「信用」は両刃(もろは)の剣(つるぎ)でもあります。
私がロンドンに留学していた頃の話です。
ロンドン大学付属英国王立小児病院外科に勤務することになった私に、リーダー格の医師はこう告げました。
I don’t believe you.(私はあなたを信じない)
Don’t believe anybody.(誰も信じてはいけない)
初対面の相手に突然そう言われた20代の私は戸惑(とまど)いました。外科手術は患者の命がかかった究極のチームプレーです。だからこそ医師同士はお互いを信用し合って初めていい仕事を成し遂げられるはずでは? そう考えていたからです。
けれども、実際に彼の下(もと)で執刀(しっとう)経験を積んでいくうちに、言葉の真意が見えてきました。相手を信用しているとき、私たちは相手に「うまくやってくれるはずだ」という期待をかけています。
しかし、期待をかけた相手がミスをしたり想定外の事態が起きたりするとどうでしょう? 苛立ちや失望、怒りが生まれ、心が乱されてしまいます。
「順調にいくと思っていたのになぜ?」「そんな想定外のミスをするなんて」と思ってしまうのは、期待が裏切られたからでしょう。
信用する心は美徳ですが、ビジネスの場においてはミスが起きたときにネガティブな感情が生まれ、平常心が失われるというデメリットが生じます。
「誰も信用しない」という意識を持つことは、「他人に責任を押し付けるのではなく、自分が責任を負う」という覚悟と優しさの表れでもあります。
「誰も信じてはいけない」と説いた医師は、私にそのことを伝えたかったのでしょう。
そしてどんな業界でも優れたリーダーほど、いい意味での「誰も信用しない」という矜持(きょうじ)を持って行動しているように見えます。
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小林 弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。スポーツ庁参与。順天堂大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。近著に『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(アスコム)、『名医が実践! 心と体の免疫力を高める最強習慣』『腸内環境と自律神経を整えれば病気知らず 免疫力が10割』(ともにプレジデント社)。新型コロナウイルス感染症への適切な対応をサポートするために、感染・重症化リスクを判定する検査をエムスリー社と開発。
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(順天堂大学医学部教授 小林 弘幸)