「ホンダのF1撤退は拙速だったのでは」電気自動車100%宣言をしながらF1参戦を企む欧州メーカーの狡猾戦略
■8年後、本当にBEV100%になるのか
世界はガソリンやディーゼルといった内燃機関搭載車からBEV(電気自動車)へと舵(かじ)を切っており、特に欧州メーカーは積極的といわれている。
ここ数年、欧州メーカーからは次々とBEVの新型車が発表されており、近未来のBEV戦略を大胆に発表しているブランドも多い。
メルセデスベンツ、アウディ、ボルボなどが2030年あたりを目途に100%BEV化を宣言している。つまりPHEV(プラグインハイブリッド車)も含め、内燃機関を積んだ車を作ることをやめる、ということである。
2030年といえば8年後である。さて、その時間軸で本当にそうなるのだろうか。各社の発表内容と動向を詳しく見てみたい。
■あくまで「市場が許容すれば…」の努力目標
メルセデスベンツは2030年までに新車販売をBEVのみにすると発表している。2025年以降に導入される新プラットフォームはすべてBEV専用となるという。
現状では昨年のメルセデスベンツのBEV比率は2.3%にとどまり、PHEVを加えても11%にすぎない(*1)。確かにBEVの車種ラインアップは増えているのだが、たいして売れていないのである。
メルセデスベンツの製品で、ドイツの2021年プラグイン車(BEV+PHEV)販売トップ20に入っているBEVはスマート・フォーツーだけである(メルセデスベンツブランドでは1車種も入っていない)(*2)。はたして8年後にBEV100%など達成できるのだろうか。
実は発表時の文言にはただし書きが付いており、「市場が許容すれば」と付け加えられている。つまり、100%BEV化する準備は進めるが、実際にそうなるかどうかは需要次第、ということなのである。
*1 Mercedes-Benz foresees EV-only production lines within a few years
*2 26% Of New Vehicle Sales Plugin Vehicle Sales In Germany In 2021
■誰も保証しない「完全BEV化の未来」
アウディは、2026年以降に発売する新型車はすべてBEVとし、内燃機関搭載車の生産は2033年に終了すると発表している。
現時点ではアウディはメルセデスベンツよりBEV化が進んでおり、2021年のBEV比率は4.9%である(*3)。しかし逆に考えれば、20台中19台はまだ内燃機関搭載車なのだ。
こちらもやはりというべきか、メルセデスベンツ同様にただし書きが付いており、内燃機関搭載車の生産終了タイミングは顧客の指向と法体系、そして充電環境の整備状況によって変化しうる、としているのだ。
つまり、需要が十分BEVにシフトしなければ2033年以降も内燃機関搭載車の生産を続ける、とも捉えられる。
*3 In 2021 Audi Increased All-Electric Car Sales Beyond 80,000
■販売規模に左右されるメーカーのスタンス
ボルボは2030年に100%BEV化を達成するとしている。この判断は、内燃機関搭載車を規制しBEVを優遇する法体系と充電ネットワークの急速な整備によるBEVへの需要の高まりによる、としている。
つまり、ボルボはBEVに対する需要が大きく増える、と読んだうえでこの判断をしているというわけだ。
またボルボは、BEV化と同時に販売の仕組みも抜本的に変更し、BEVモデルはオンライン販売のみにするとしている。つまり販売サービス体制でも内燃機関搭載車を排除することで効率化を進めようということだ。
ボルボは販売台数が70万台と限定的なので、内燃機関とBEVの両面体制を取ることは困難で、伸びしろのあるBEVに特化したほうが効率的な経営ができる、と判断したのだろう。
■思うほど伸びないBEV需要
さて、BEVを作っても買ってくれる客がいなければ始まらない。BEVに対する需要はどうなっているのだろうか。
メルセデスベンツとアウディのお膝元、ドイツでの2021年の新車販売に占めるBEV比率は14%である。前年から大きく伸ばしているが、直近の2022年2月のデータも14%で伸びが鈍化しているようだ。
ドイツでは、車両価格4万ユーロ以下のBEVに対し一律9000ユーロ(約120万円)の補助金を出しており、小型・低価格なBEVなら同等のガソリン車より割安で購入することができる。さらに自動車税も2030年まで免除される。そのほか、市街地中心部でのBEV専用駐車スペースやバスレーンの走行許可などの優遇策もある。
このシェアはこの補助金や優遇策の賜物なのだ。逆にいえば、それだけのことをしてもこの程度のシェアなのである。
■2030年でも4台中3台は内燃機関
BEVの最大の欠点は充電に時間がかかることで、就寝中に充電できた分だけで運用している範囲ではいいが、出先で電気が足りなくなったときの充電時間は内燃機関搭載車に慣れた人には耐えがたい長さだ。
近距離用途の需要では運用コストが安く、自宅充電が可能なBEVのベネフィットは大きく、今後EVは普及していくと思われるが、すべての車がBEVに置き換わるのは難しいだろう。
果たして2030年までにBEVはどの程度普及するのだろうか。
IEA(国際エネルギー機関)がBEVのシェア予測をしているが(*4)、それによればもっとも普及が進むと考えた場合のシナリオで2030年のグローバルBEVシェアは25%としている(保守的なシナリオの場合は11%)。
デロイト社の予測でも2030年に26%と、IEAとほぼ同じ予測をしている(*5)。
2021年の世界BEVシェアは5.9%(*6)なので、9年間でBEVは4〜5倍に増えるという予測である。
確かにそれぐらいは増えると思われるが、裏を返せば2030年でも4台中3台は内燃機関搭載車ということになる。ボルボのような比較的販売規模の小さなメーカーは100%BEVという戦略が取れるかもしれないが、メルセデスベンツやアウディというメジャーなブランドで100%BEV化すると販売台数の縮小は避けられないだろう。
*4 Global EV sales by scenario, 2020-2030
*5 Electric vehicles Setting a course for 2030
*6 Global EV Sales for 2021
筆者注:BEVのみの比率を算出するためには上記リンク先のデータから計算が必要です。
■「フォーミュラEから次々撤退」が意味するもの
このような予測の中、メルセデスベンツやアウディは本当に「本気で」100%BEV化を考えているのだろうか。本音は別のところにあるのではないか。それを垣間見る動きが存在する。それはモータースポーツ界での動きだ。
モータースポーツの世界でもEV化は進んでいる。最も象徴的なのはBEVレーシングカーで競うフォーミュラEで、F1のように世界各地を転戦している。
2014年から始まり、自動車メーカー各社もこぞって参戦した。メルセデスベンツもアウディも参戦したが、アウディは2020/2021年シーズンをもって撤退、メルセデスベンツも2021/2022シーズン後の撤退を発表しているのだ(BMWも2020/2021年シーズンを最後に撤退している)。
■まさかの「アウディF1新規参戦計画」
アウディはフォーミュラE撤退後どうするつもりなのか。驚くべきことに、2026年のエンジンレギュレーション変更のタイミングでF1への参戦を計画しているのだ。
これは噂レベルの話ではなく、F1を統括しているFIA(国際自動車連盟)の2026年以降のエンジンレギュレーションを検討する会議にアウディが参加しているのである。
現在のF1は1600ccターボエンジンと電動モーターを組み合わせたハイブリッドとなっていて、2026年以降も電気の比重は高まるものの基本構成は変わらない見通しである(燃料はガソリンからカーボンフリー燃料になる見込み)。
EV専業を目指すブランドがまさにBEV専業に切り替わろうとしているタイミングになぜ内燃機関を使うF1に参戦するのか。これは全くの矛盾である。
メルセデスベンツは28年前からF1に参戦を続けている。メルセデスベンツもこの次期レギュレーション検討会議に出席しており、2026年以降もF1参戦を続ける意向のようだ。メルセデスベンツも100%BEVにするといいながら、一方でF1をやめるつもりはないのである。
■「BEV宣言」に実効性はあるか?
F1の人気は全く衰えることなく開催国も増える一方であり、プレミアムブランドのプロモーションの場としての価値はさらに高まっているといえるから、それはそれで正しい選択なのだ。
メルセデスベンツもアウディも、2021年(BEV化を宣言した年)現在においてESG的に最適解の宣言、つまりBEV化宣言するのが得策と考えたのだろう。
そしてマネーを呼び込み株価を支え、環境重視派を取り込んでおきつつ、しかしまだ当分は内燃機関搭載車の需要も続くと考えられるため裏では内燃機関の開発も進める。
そのうえで、ブランドイメージもプレス対応など表面上はBEVブランドを標榜(ひょうぼう)しつつ高性能内燃機関イメージも強化する(=F1への参戦・継続)、というのが彼らの本音の中期戦略ではないだろうか。
■狡猾な欧州メーカーの振る舞い
もちろん、BEVの需要は無視できない規模にはなるだろうし、より長期的視点ではBEV化はさらに進むだろうから、BEVへの投資は無駄にはならない。
このあたりの振る舞い、欧州企業は非常に狡猾である。おそらくメルセデスベンツもアウディも2030年以降もPHEVが中心にはなるだろうが内燃機関搭載車を作り続けることになるだろう。2030年時点ではまだ内燃機関搭載車のほうが多いかもしれない。
本格的なBEVへの置き換えは、現在のリチウムイオン電池の欠点が解消された新型バッテリーが開発・量産され、充電・送電インフラが構築されてからではないだろうか。それが実現するのは2040年か2050年か、当分先のことのだろう。
BEVを促進していたドイツ政府もその事実に気づいたのか、2030年の「EV化」目標の数字にBEVだけでなく内燃機関を搭載するPHEVも加える決断をしているのである(*7)。
*7 Germany includes plug-in hybrids to achieve target of 15 million EVs by 2030
■日本メーカーはナイーブすぎないか
日本メーカーはどうだろう。ホンダは2040年に世界の販売のすべてをBEVとFCEVにすると発表し、カーボンニュートラルの実現に開発資源を集中する、としてF1から撤退してしまった。
トヨタはカーボンニュートラルの実現のためには各地域の発電構成やインフラなどをふまえ、BEVだけでなくマルチソリューションで対応すべき、というきわめてまっとうな主張を行ってきたが、BEVこそ唯一の解決策と信じる欧州の環境保護派から批判され、BEV生産の大幅積み増しを発表せざるを得なくなった。
日本のメーカーは少々真面目すぎるというか、正直すぎるような気がする。もうすこし本音と建前を使い分けてもよいのではないだろうか。
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山崎 明(やまざき・あきら)
マーケティング/ブランディングコンサルタント
1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。1988〜89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターと旧型BMW 118dを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)