作家・燃え殻のベストセラー本が原作のNetflix映画『ボクたちは大人になれなかった』全世界独占配信中。主演の森山未來(写真左)とヒロインの伊藤沙莉が90年代の原宿・渋谷の街を歩くシーンは見どころの1つ(写真:Netflix)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

cakes発ベストセラー本を映画化

Netflix日本が長編映画のラインナップを強化し始めました。11月5日から劇場公開と同時に全世界独占配信開始された恋愛青春映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』はそのうちの1本です。主演に森山未來、ヒロインに伊藤沙莉を迎え、人気小説を映像化。原作の売りでもある「エモさ」は “日本らしいストーリー”として成立しているのでしょうか。


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原作は作家・燃え殻による同名タイトルの小説。ウェブメディアcakesの人気連載が書籍化されて、ベストセラー本となった話題作です。NetflixとC&Iエンタテインメントが組んで映画化が実現するや否や、国内市場のみならず、Netflixを通じて全世界に届けられています。今どきのコンテンツ流通の波に乗った作品と言えるものです。

内容はというと、テレビ局の下請け制作会社に勤める主人公・佐藤(森山)が1990年代から現代まで25年間の自身の恋愛と友情を物憂げに振り返っていくもの。冒頭、佐藤は「46歳、つまらない大人になってしまった」と嘆いています。一言で「中年の危機」とは片付けられない何かが絡み合っているようで、複雑で捉えにくい国民性を表しています。例えば、同じテーマでもブラッド・ピット率いるプランBエンターテインメントが製作したベン・スティラー主演映画『47歳 人生のステータス』のようなネガティブ要素を華麗にポジティブに転換していく類いのハリウッド映画とは明らかに違います。主人公の性質そのものが日本らしいのです。

彼が煮え切らない思いを抱えている根っこには、25年前の元カノ、かおり(伊藤)の存在が大きく占められています。それがえぐり出されたきっかけそのものは、SNSあるある。Facebookの「知り合いかも」に表示されてうっかり友達申請を送ってしまった揚げ句、承認され、彼女の投稿をのぞくと、フツーの幸せをつかんでいた彼女がいたのです。気まずさを感じる以上に、彼がなぜそこまで彼女にこだわったままなのか。それを解き明かしていけばいくほど、「エモさ」を感じる日本人は多そうです。サブカルチャーを形成した90年代の渋谷の街が見事に再現されているからです。

オザケン音楽に90年代のラフォーレ原宿


円山町のラブホテルを舞台に大胆なラブシーンも品がよく、“エモさ”を感じる(写真:Netflix)

2人が待ち合わせした場所はラフォーレ原宿前。確かにあの頃、レディースブランドのNICE CLAUPが正面入り口に店舗を構えていました。レコードショップWAVEのグレーの袋を持って渋谷の街を歩けば、ウォン・カーウァイ映画が封切られていて、円山町の入り組んだ道には旅館風の建物も残るラブホテルが軒を連ねていた記憶までよみがえってきます。極め付きはオザケンこと、渋谷系王子様の存在だった小沢健二の音楽。映画のシーンを彩っています。

90年代の渋谷を知る世代にとっては説明いらずのカルチャーがふんだんにあふれています。佐藤とかおりを演じ切る森山と伊藤によって、自分自身や誰かに投影もしやすいです。限定されているからこそ日本らしさ全開である一方で、どの国の誰も彼もが「あの日、あの場所、あの人」を思い出し、「エモさ」を共感するグローバルな映画作品に仕上げる難しさはありそうです。そこでカギとなるのが25年の時間の流れの中で描く主人公をはじめとする登場人物の生き方そのものです。


浅野忠信とCHARAの娘として知られる女優・SUMIREの物憂げで官能的なシーンも印象に残る(写真:Netflix)

今回の作品が長編映画デビュー作となった森義仁監督は「小説の文体の奥にある人が生きる時間の流れ方は普遍的。そこをしっかり表現したいと思いました」と、11月9日・10日に開催されたNetflix新作発表会「Netflix Festival Japan2021」に登壇した際に語っていました。監督もやはりそこにこだわったようで、佐藤やかおりのみならず、東出昌大が演じた佐藤の同僚や、篠原篤、平岳大が演じた役は限られた語りの中で人生が見えてくるようでした。

それと比べて、SUMIREや大島優子が演じた佐藤と関わり合いを持つ女性役は、あくまでも佐藤の人生の背景の1つにすぎないように見えたのは残念でした。かおりの存在を際立てるために狙ったものかもしれませんが、男女キャラクターの描き方のバランスをうまく意識したNetflixオリジナルが多いだけに物足りなく感じました。

今後、Netflix日本が長編映画のラインナップを強化するなかで、日本らしさを追求しながら、グローバルトレンドを意識した作品づくりは進んでいくのでしょうか。「Netflix Festival Japan2021」にはNetflixコンテンツ・アクイジション部門バイス・プレジデントの坂本和隆氏も登壇し、Netflix日本の今後のコンテンツ戦略についてその詳細が語られました。坂本氏曰(いわ)く、日本のNetflix会員の9割が過去1年間で最低1本の日本製の映画作品を視聴しているとのこと。つまり、長編映画は人気カテゴリーであることが強化する理由の1つにあります。


「Netflix Festival Japan2021」に登壇したNetflixコンテンツ・アクイジション部門バイス・プレジデントの坂本和隆氏が長編映画のラインナップ強化を掲げた(写真:Netflix)

加えて、Netflix全体のコンテンツ戦略の中でもオリジナル映画への投資は年々高まっています。本国アメリカでは第91回アカデミー賞主要3部門受賞したアルフォンソ・キュアロン監督作『ROMA/ローマ』を筆頭に実績を上げる作品も多く、今年は念願だったスティーブン・スピルバーグ監督との契約を結ぶに至りました。さらに欧州、アジアなど各国で実力派の映画作品が続々とラインナップに増えている状況にもあります。それゆえに坂本氏は「Netflix日本もこの挑戦に向き合い、メイドインジャパンを伝えるスタジオへと成長させていきたい」と意気込んでいます。

是枝監督との新たなチャレンジ


このタイミングに、名実ともに日本映画界を代表する是枝裕和監督と映画・ドラマの制作を行っていくことも発表されました。これについて坂本氏に直接尋ねたところ、2年ぐらい前から是枝監督と対話を重ね、「グローバル時代の日本の映像業界が歩むべきもの」についても共有していることがわかりました。「是枝監督が得意とされている人間ドラマの強みと、Netflixだからこそできることを最大限に引き出していきたい」とも話していました。

各国でチャレンジのペースが速まっているなか、日本もアクセルを踏み始めたというわけです。グローバル市場でも結果を出す作品が増えていくかどうか、この数年が正念場となりそうです。