臓器移植は多くの人々の命を救う可能性がありますが、利用可能な人間の臓器には限りがあるため、ドナーが見つかるまで何年も待たなければならなかったり、移植が間に合わず死亡してしまったりすることが問題となっています。近年では、臓器不足を解決するために「ブタの臓器を人間に移植する試み」が模索されており、新たにニューヨーク大学(NYU)ランゴーン・ヘルスの外科チームが「遺伝子組み換えを行ったブタの腎臓を人間の体に接続し、老廃物を除去させる実験に成功した」と発表しました。

Pig-to-human transplants come a step closer with new test

https://apnews.com/article/animal-human-organ-transplants-d85675ea17379e93201fc16b18577c35



In a First, Surgeons Attached a Pig Kidney to a Human - The New York Times

https://www.nytimes.com/2021/10/19/health/kidney-transplant-pig-human.html

Pig kidney successfully hooked up to human patient in watershed experiment | Live Science

https://www.livescience.com/pig-kidney-to-human-transplant-experiment

ロバート・モンゴメリー博士が率いるNYUランゴーンヘルスの外科チームは2021年9月、脳死した54歳の女性患者の体に、1対の太い血管を用いて「遺伝子組み換えしたブタの腎臓」を接続する実験を行いました。患者は死後に臓器提供する意思を表明していましたが、残念ながら臓器は他人に移植できる状態ではなかったとのこと。そこで、患者の家族から同意を得て、人工呼吸器を外す前にブタの臓器を接続したそうです。

実験では54時間にわたりブタの腎臓と患者の体が接続され、チームは臓器の状態を観察したり、組織のサンプルを採取したりすることができました。実験の間、腎臓は老廃物を除去して尿を生成するという本来の目的をきっちり果たし、拒絶反応も引き起こさなかったとのこと。「ブタの腎臓は完全に正常な機能を持っていました。私たちが心配していた即時の拒絶反応もありませんでした」と、モンゴメリー氏は述べています。

今回は体の外部で血管を通じてブタの腎臓を接続したため、腎臓が患者の体内に移植されたわけではありませんでした。しかし、一般的に動物の臓器を人間に移植する際の問題は、人間の血液が動物の臓器と接触する血管内などで起きるため、今回の方法でも拒絶反応の有無を確認することができたとのこと。



動物の臓器を人間に移植する試みは、「羊の血を人間に輸血する治療」が行われた17世紀にまでさかのぼることが可能であり、近年ではブタの臓器を利用することに注目が集まっています。ブタは広く食用で飼育されているために倫理的な懸念が少なく、一度に複数の子どもを産み、妊娠期間が短い上に、臓器の解剖学的類似性が人間と近いという利点があります。

既にブタの組織から作った心臓弁が人間に移植されている他、抗凝固薬のヘパリンの原料もブタの腸粘膜から採取されていますが、臓器移植においては拒絶反応を起こしてしまう点が課題でした。ブタの組織細胞にはα-galという糖分子を生成する遺伝子がありますが、人間の免疫系はα-galを異物と認識して攻撃してしまうため、急性拒絶反応を起こして移植した臓器がダメになってしまうとのこと。

この課題を解決するため、アメリカのバイオテクノロジー企業・United Therapeuticsの子会社であるRevivicorは、遺伝子組み換えによってα-galを含まない「GalSafeブタ」を開発しました。GalSafeブタは2020年12月にアメリカ食品・医薬品局からも承認を受けており、今回の実験で使われた腎臓もGalSafeブタのものです。また、外科チームは腎臓を接続する前に免疫細胞を生み出す胸腺をブタから患者に移植し、腎臓が拒絶反応を起こす可能性を軽減していたと述べています。



今回の発表を受けて、ジョンズ・ホプキンス大学医学部のドリー・セゲブ博士は、「臓器の寿命についてもっと知る必要があります」とコメント。また、アメリカの臓器調達・移植ネットワークのUnited Network for Organ Sharingの最高医療責任者であるデイヴィッド・クラッセン博士は、人間同士でも腎臓の拒絶反応が起こるケースがある以上、ブタから人間への臓器移植の耐久性を慎重に評価する必要があると主張しています。

ブタの臓器を移植する試みについては慎重な声も上がっているものの、もし人間の患者にブタの臓器を移植できるようになれば、多くの人々の命が救える可能性があります。United Therapeuticsのマーティン・ロスブラットCEOは「これは異種間移植を実現する約束において重要な前進であり、それほど遠くない将来に年間数千人の命を救うでしょう」と述べたほか、臓器調達団体のLiveOnNYの最高医療責任者を務めるエイミー・フリードマン博士は「どれほどの移植が可能になるかを考えると気が遠くなります」とコメントしました。

アメリカでは2020年に2万3401人が腎臓移植を受けましたが、依然として9万240人が腎臓移植待ちのリストに載っています。また、利用可能な腎臓の不足から多くの腎不全患者は移植待ちリストにも掲載されないとのことで、潜在的な腎臓の需要はさらに大きいとのことです。