2021年9月1日、オンライン形式で開かれた閣僚級の「TPP委員会」。上段左から2人目は議長を務める西村康稔経済再生担当相。中国と台湾はこの中に入ることができるか(写真・時事通信)

2021年9月17日深夜に発表された中国のCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)加入申請。さらに、それから1週間足らずで台湾も加入申請を行い、アメリカ不在のCPTPPの行く末は混沌としてきた。

この間、アジア太平洋の地政学的視点からこの問題についてさまざまな議論が展開されているが、CPTPPが国際協定である以上、まずは「ルールを満たせるか見極めることが必要」(西村康稔経済再生相)になる。ここで、CPTPP加入のルールと加入手続の視点から中台加入の今後を占ってみたい。

高水準の自由化が求められるCPTPP加入

CPTPP加入手続によると、加入を希望する国(正確には「エコノミー」、つまり台湾のような独立的な関税地域も含む)は、まず「既存のルールに従うための手段」を示さなければならない。とくに加入作業部会の初回会合で、義務順守のためにあらかじめ行った「努力を証明し」、さらに自国の法令に追加的変更を特定することを求められる。

また、加入希望国は物品・サービス貿易、投資、国有企業、政府調達などにつき、「最も高い水準の市場アクセス」を提供しなければならない。また、その市場アクセスは現在のCPTPP締約国のそれぞれに「商業的に意味のある」ものでもなければならない。

このように、加入希望国は、どのように既存ルールを守れるのかを個別法令レベルで徹底して説明し、協定順守の確保を約束しなければならない。また市場開放の範囲も、関税やサービス規制だけでなく、CPTPPがカバーする多様な分野に及ぶ。確かにベトナムやマレーシア、ペルーなど途上国は多くの例外を国別の例外規定や附属書で認められているが、こうした妥協は、2015年当時、彼らが同意しなければTPP12妥結の全交渉国によるコンセンサスが形成できなかったからこそ勝ち取れた。新規加入交渉では、加入希望国はこのようなレバレッジを効かせることはできない。

社会主義市場経済体制を採用する中国については、麻生太郎財務相などがすでに疑問を呈しているとおり、このような約束には相当の困難が伴う。

まず、CPTPPは締約国に対し、国有企業の行動が政府の意向に沿ったものではなく、あくまで商業ベースで行われることを確保するように求め、非商業的な資金提供や物品・サービスの提供を通じ、国有企業が他の締約国の企業・産業に損害を与えることを禁止する。もっとも、規律の対象となる国有企業は狭く定義されており、また国有企業の業種や規模による例外や適用除外の範囲も広い。また、地方政府企業についても今のところ適用がない。

しかしながら、中国では国有企業が実体経済に占めるウェートが特に大きく、中国石油化工集団、武漢鋼鉄、中国銀行といった世界的な大企業も多い。そのため相当部分の国有企業はその規律から逃れることは困難であろう。「国有企業3年改革方案(2020〜2022)」ではCPTPP加入を意識した改革の方向性が見て取れる一方、安全保障の観点から国有企業の役割を重視する姿勢も示されており、中国の対応は予断できない。

中国はCPTPP基準クリアに厳しい分野も

次にCPTPPは、国際労働機関(ILO)1998年宣言の原則を確認し、団体交渉権の保障、強制労働や児童労働の撤廃等を義務づけるが、中国は団体交渉権及び強制労働に関するILO条約に批准していない。中国では労働組合は共産党の指導下にある中華全国総工会に加盟するもので、そもそも組合結成の自由が制約されている。また、新疆ウイグル自治区の強制労働もアメリカによるジェノサイド認定に加え、2021年6月のコーン・ウォールG7サミット首脳コミュニケでも懸念が示されており、看過できない。

電子商取引については、CPTPPはいわゆる「3つの自由」、つまり(1)情報の越境移動の自由、(2)データの保存されたサーバーの自国内設置要求の禁止、そして(3)ソースコード開示要求の禁止、を定める。中国のサイバーセキュリティー法は(1)、(2)に適合しない可能性が高く、さらにこれを補完するデータセキュリティー法と個人情報保護法が今年相次いで施行される。CPTPPは公共政策上の理由で一定程度(1)、(2)に反する措置を認めるが、中国法では安全保障目的を中心に制限を課す政府の裁量が極めて大きく、例外の範囲を逸脱することが懸念される。

(3)についても、過去にアップルやマイクロソフトに開示要求した例が報告されている。なお、中国はRCEP(東アジア地域包括的経済連携)ではこの点を意識し、(1)、(2)について安全保障理由例外の裁量を極めて広く確保し、また電子商取引ルール違反を紛争解決手続で争えないようにした。(3)については、今後の対話継続しか規定されていない。

知的財産権については、CPTPPではとくに音やホログラムなど新しい商標保護、農薬や医薬品の関連試験データや生物製剤特許保護、特許権や著作権の保護期間延長などWTO知的財産権協定を大きく上回る規定を導入している。昨今の中国では法令や執行体制の整備が進んだが、模倣品対策など実際の執行について課題を指摘されている。また、ここ数年の米中対立も強制技術移転、技術ライセンスに関する内外差別、サイバー盗用等が原因だった。WTOレベルの知財保護にも課題を残す中国には、CPTPPレベルに達するには遠い。

最後に政府調達については、CPTPPは、WTO類似のルールにより、政府や地方公共団体、公社等の公共調達を海外企業に開放することを義務づける。しかし、中国はWTO政府調達協定の加入に苦心している。また、中国はRCEPや既存のFTA(自由貿易協定)でも政府調達開放を約束していない。2020年1月施行の外商投資法は政府調達の内外無差別を規定したが、同年10月の日米欧の中国商会の報告書では、いまだに国産品優遇が残ることが危惧されている。さらに、2021年5月に中国財政省と工業情報化省が医療機器など315品目の国産優先調達を指示する指針を示したことが報じられ、むしろ事態は逆行している。

加入障壁が比較的低い台湾

台湾については、元々開放的な経済体制であり、蔡英文総統もすべての義務を受け入れる用意があると自信を見せるように、比較的課題は少なそうだ。台湾の国内制度を精査する必要はあるが、WTO貿易政策検討報告書、日米の不公正貿易報告書、また既存のFTAや投資協定(とくにCPTPP締約国であるニュージーランドとのFTA=ANZTEC、シンガポールとのFTA(台星FTA)など)から、ある程度の見通しが立つ。

まず、中国との対比で注目すべき点からいえば、国有企業は物品関係では砂糖、タバコ、酒、コメ、造船、サービスでは電気通信、金融、郵便、水道などの分野で存在している。もっとも、主要な国有企業は政府保有比率が比較的低いか、もっぱら国内公共サービスを提供するものであり、CPTPPの規律対象外になりそうだ。また台星FTAは、ごく簡単ではあるが、国有企業に関連する競争歪曲的措置の導入を禁止しており、台湾はCPTPPの規律と一部重なる義務をすでに引き受けている。

電子商取引については、他のFTAでも「3つの自由」を含む高いレベルの約束は行っていない。2019年の欧州国際政治経済研究所(ECIPE)による調査では、台湾のデジタル貿易関連の規制水準は日本より厳しいと評価されるが、これは主にデータ関連産業における厳格な外資規制によるもので、データ移動の自由度そのものは低くない。具体的措置としては個人情報保護法によるデータ越境移転の制限が指摘されているが、ここでCPTPP整合性を求められることになろう。

労働については、「一つの中国」の原則の下でILOに加盟できない台湾は、ILOの関連条約を批准していない。他方、中国の強制労働を厳しく指弾したアメリカ国務省人権報告書には、台湾による労働者への権利侵害について言及はない。しかし、国内では台湾漁船における外国人船員の組織的な強制労働が指摘されており、台湾監察院が関係省庁に対応を指示したことが報じられている。今後、米台貿易投資枠組み協定(TIFA)によってこの6月に設置された作業部会でもサプライチェーンにおける強制労働の問題が検討されるので、いずれ是正に向かうと見られる。

知的財産権については、CPTPPレベルの保護を求めるアメリカからは、インターネット上の著作権侵害規制について課題が指摘されるのみで、また、法執行もWTOからはおおむね良好であると評価されている。政府調達については、台湾はすでにWTO政府調達協定に加入している。CPTPP加入に伴い、対象となる調達の上積みを求められるが、この点は交渉次第だろう。

市場アクセスについて、実行WTO税率は平均6.37%(農産物15.12%、工業製品4.16%、いずれも2019年、アメリカ不公正貿易報告書2021年版)であり、農産物はほぼ日本並み、全体平均・工業製品は日本より2%程度高い程度だ。他方、コメ、バナナ、鹿の袋角(鹿茸)など一部農畜産品に関税割当が導入され、高い二次税率が課されている。関税撤廃については、ANZTECでは4年で99%、12年で全廃を約束した実績がある。

投資については、ANZTECや台星FTAで、すべての投資の保護を原則としつつ、例外のみ明示して約束するネガリスト方式を採用し、さらにパフォーマンス要求の禁止や資本移動の原則自由を規定するなど、基本枠組みがCPTPPと似たルールをすでに受け入れている。もちろん投資家対国家紛争解決制度(ISDS)も備えている。

2022年の議長国交代を狙う中国

中国は「一つの中国」原則の下に台湾の加入に激烈な反対を示したが、加藤勝信官房長官は独立の関税地域である台湾のCPTPP加入は協定上可能と述べている。上記の「エコノミー」の定義から明らかなように、加藤長官の認識は正しく、中国の発言は、同じく台湾が独立関税地域としてWTOに加盟している事実と整合性が取れない。法的には(それこそ加藤長官お得意の)「粛々と」中台双方について手続を進めればよい。

もっとも、法的原則論としてはそのとおりだとしても、他方で「一つの中国」原則を確認した92年コンセンサスの受入れを、蔡英文政権が拒絶していることにも注意が必要だ。「一つの中国」の原則維持に固執する中国が、台湾のCPTPP加入阻止を働きかける可能性が高いことに鑑みて、WTO加盟と同様にスムーズに運ぶとは考えられない。

次に「妥当な期間内」に中台それぞれについて加入交渉開始の可否を決定しなければならないが、イギリスの例しかないので、期間の長さは相場感に乏しい。しかし事前交渉が比較的しっかり行われ、開放的なイギリスでも交渉開始決定まで4カ月を要し、日本政府関係者からは「これでも結構タイトだった」と仄聞した。こう考えると、日本が議長である2021年では、中台の申請から残すところ3カ月半弱なので、この間の交渉開始決定は現実的でない。

中国国内の報道でも親中的なシンガポールが議長となる2022年に期待する声が大きいと聞く。中国は、日本の議長年の残り期間では決定は難しいが、逆にシンガポールの議長年をフルに活用できることを意識し、この時期に申請したのかもしれない。

交渉開始後は、作業部会の議長選任が課題だろう。議長の権限は加入手続から明確ではないが、作業部会の構成や日程、また当事国間の仲介に議長が一定の裁量を持つことは間違いない。今回中国の加入申請にマレーシアとシンガポールが歓迎の意を示しており、中国としてはこれらの親中派が中台双方の作業部会を差配することを望む一方、他方でアメリカに気脈を通じる日本、カナダ、オーストラリアなどの反対が予想される。規定上コンセンサスが必要な議長選任は、収拾がつかなくなるかもしれない。