日本の自民党総裁選を見ていると平和そのもの。アメリカ議会の承認は遅れる見通しだが、新大使として来日するエマニュエル氏はどんな人物なのか(写真:ロイター/アフロ)

今の日本を、筆者が長年住んでいるアメリカから見るとこんなふうに見えてくる。ちまたは自民党の総裁選挙で盛り上がっていて、株式市場も同党の勝利を前提に日経平均株価は上昇。国家行事として大仕事だった東京五輪とパラリンピックも無事終わり、国民の関心はいよいよ政治の秋へまっしぐらといった感じだろうか。

元シカゴ市長のエマニュエル氏は米議会で承認される?

だが、実は個人的には、総裁選もその後の総選挙もあまり関心がない。では何かと言えば、ズバリ、ジョー・バイデン政権が次期在日大使として選んだラーム・エマニュエル氏が日本をどうするか。どう変えていくか。まさにこの一点に今からワクワクしている。

アメリカのニュースメディアであるポリティコによると、実はエマニュエル氏は、6月に日本大使候補として名前があがってから、日本では一部で「ジャパンハンドラー」(日本を操る人たち)と呼ばれるハーバード大学特別功労教授のジョセフ・ナイ氏やジョージタウン大学外交政策学部教授のマイケル・グリーン氏などの日本通のアメリカ人から、日本についての集中講義を受けたとされる。

ただ、案件が立て込んでいる上院の承認のスケジュールはなお未定で、左翼系有力下院議員のオカシオ・コルテス(AOC)氏など、民主党の「WOKE系」と呼ばれる極左議員たちは、エマニュエル氏がシカゴ市長時代に同市警察による黒人少年への差別を容認した(マクドナルド事件)という理由で、大使の就任に強烈に反対する(日本に対して失礼だとまで言っている)。承認はかなり遅れる可能性がある。

それでも民主党重鎮のナンシー・ペロシ下院議長や、バイデン政権の生みの親の一人で、下院民主党の重鎮であるジム・クライバーン下院議員(サウスカロライナ州選出)は、エマニュエル氏の日本への大使就任を支持している。また共和党上院の重鎮の一人であるリンゼー・グラム氏(同州選出)も、党派を超えて仕事師としてのエマニュエル氏の圧倒的な実力を高く評価している。これらのことから、専門家はエマニュエル氏の上院承認は固いとみている(民主党の反対票を上回る共和党の賛成が得られる可能性が高いため)。

もちろん、歴代の日本大使の顔ぶれを見ても「大物」と呼ばれる人物は大勢いた。アメリカから見ても日本へ大使として赴任するのはそれなりの名誉職であることは間違いない。だが、すでに事実上政界から引退したような大物上院議員や副大統領、あるいは政治の経験がなかったキャロライン・ケネデイ氏などのように、その知名度と好感度で日本との友好と親善を目的として赴任したケースが圧倒的に多かった。

その点で、エマニュエル氏はまったく異なる人物である。まだ60歳をすぎたばかりのバリバリの現役政治家であり、その実力たるや今の民主党の顔ぶれの中でも圧倒的存在なのである。そのエマニュエル氏が、日本に単なる親善目的でやってくるはずがなく、何か大きな仕事をするためにやってくるはずだ。

エマニュエル氏はバイデン政権誕生に最大限貢献  

それを強く示唆する事実が先日判明した。彼は8年務めたシカゴ市長を2019年に辞めたが、2020年のバイデン政権誕生の最大の功労者の一人だったことがわかったのだ。トランプ政権ではマイク・ペンス副大統領の報道官から、国防省のスポークスマンへ出世し、最後は政権の広報部長にまでなったアリッサ・ファラー氏が、転職したリベラル系メデイアにおける自分の番組の中で、エマニュエル氏がバイデン政権誕生に直接貢献した秘話を紹介していた。

彼女は2020年3月当時のトランプ陣営の分析を伝えている。すなわちこのときはまだ民主党の予備選ではバーニー・サンダース氏が首位を走っていた。だが、突然サウスカロライナ州の予備選の前に、それまで予備選で4位か5位だったバイデン氏の元に、バイデン氏よりも上位にいたピート・ブテイジェッジ氏やエイミー・クロブシャー氏が下るという前代未聞の現象が起きた。

このときの民主党主流派の意向は、民主党の候補は「社会主義者」のサンダース氏ではなく、バイデン氏を担ぐべきで、そのための策略を実行したのが、誰あろうこのエマニュエル氏だったと、トランプ陣営が分析していたことを、番組内で紹介したのである。

彼女の話が事実に近いであろう証拠は、その後勝利したバイデン氏が、ちょうど今上院で審議中の3.5兆ドルのインフラ法案の要になる運輸長官のポストを、エマニュエル氏に用意していたことからもうかがえる。

だが、前述のシカゴ市長時代の黒人犯罪者に対する強硬な政策について、左翼からのエマニュエル氏起用に強硬な反対が起こり、バイデン氏はエマニュエル氏の運輸長官への起用を断念。代わりに、民主党の次世代のエースとされるブテイジェッジ氏を任命した。

そして、その代わりにバイデン氏がエマニュエル氏のために用意した新たなポストは、当初はなんと中国大使という外交上の最重要ポストだったという(ポリティコ)。

この時バイデン氏は、米中対決が政権の最重要課題になる中で「中国大使はプリンシパル(principal)が務まる人」と決め、同国に対し高圧的な態度をとるつもりだったらしい。だがそれでは中国側が受け入れないと、アメリカの外交の専門家たちが反対。結局、中国大使は外交の専門家の職業外交官のニコラス・バーンズ氏になった。そして最終的にエマニュエル氏は、日本大使に決まったのだという。

この経緯だけでも、筆者はひとりの在米日本人として、バイデン政権は日本をどうしたいのか、戦々恐々とするところだが、当の日本国内は、まさに自民党の総裁選一色である。今はそれを眺めるとして、背景説明がやや長くなったが、エマニュエル氏がどんな人かを、シカゴ市長時代のエマニュエル氏を知る在住の立場からも、もう少し紹介する。

クリントン氏の選挙資金マネジャーとして大活躍

シカゴの「セファルディム」(イベリア半島に住んでいたユダヤ人)の移民の孫として生まれ育ったエマニュエル氏は、早くから野心的な性格を活かして、民主党の政治家の元で修業を積んだ。そして、30歳そこそこで、アーカンソー知事から大統領に挑戦したビル・クリントン氏の選挙資金マネジャーになった。

そこでユダヤ系人脈も生かしつつ、彼は圧倒的な能力を発揮した。若いクリントン氏よりも大物だったライバルの民主党候補者が、選挙資金集めで脱落する中、エマニュエル氏はユダヤ系人脈を活かして、一人で当時としては破格の7500万ドルを調達したのである。

そして予備選を勝利したクリントン氏が、現職のジョージ・H・W・ブッシュ大統領(父ブッシュ)に挑んだ本選では、ビジネスを通じてユダヤ人社会の援助も受けていたロス・ペロー氏の出馬によって共和党の票が割れた。当然ながら、ブッシュ大統領はクリントン氏に苦戦を強いられた。

すでにこれを最初から見越していたかのように、ゴールドマン・サックス(GS)は、クリントン陣営のエマニュエル氏に先行投資を開始。エマニュエル氏の給料はGSが払ったという。

そして思惑どおりクリントン氏がブッシュ大統領を破ると、エマニュエル氏はそのまま33歳でクリントン大統領の参謀としてホワイトハウス入りした。そこからは、補佐官からアドバイザー、そしてストラテジストとして重用され、最終的には、NAFTA(北米自由貿易協定)締結の原動力になった。

その圧倒的実力は、NBCの大ヒットドラマ「ウエストウイング(邦題「ザ・ホワイトハウス」)のなかで「ジョシュ・ライマン」としてアメリカ人の間では有名だ。

だが、エマニュエル氏が本領を発揮したのはこの後だろう。クリントン政権を1998年に離れると、ウォール街でM&Aに従事。それからイリノイ州から連邦下院議員に当選すると、2006年の中間選挙では、当時のハワード・ディーン民主党全国委員長の方針に反して「大統領選挙に勝てる候補者」に集中的に資金を当てる政策を断行。それが共和党から、下院の過半数を奪う原動力になった。この結果、このときから民主党下院のリーダーになったナンシー・ペロシ氏(下院議長)はエマニュエル氏の実力を認めざるをえなくなった。

このように、1992年のクリントン氏の勝利、2006年の民主党の下院奪還、そして2020年のバイデン氏へ民主党候補の一本化のすべてで、エマニュエル氏は重要な役割を果たしている。

さらに、彼のタカ派的性格と、策略家・謀略家でもある真骨頂は、オバマ大統領の首席補佐官としても発揮された。2009年、ジョージ・W・ブッシュ(子ブッシュ)大統領から「リーマンショックの後始末」をひきつぎ、まだ青臭かった頃のバラク・オバマ大統領に、「危機はチャンスだ。無駄にしてはならない」とささやいた逸話は有名である。

だが、何といっても、その後オバマ大統領が始めたとされるアルカイダ向けの無人機空爆で、当時の国防長官のレオン・パネッタ氏に、今日は何人殺したかを毎日電話で確認したという逸話は、エマニュエル氏の怖いイメージを決定づけている。

その後は前述のとおり2019年までシカゴ市長を2期務めた。同市出身なので一度は地元に尽くすという思いがあったとされるが、一市民として見ていても、彼にとってシカゴ市長は明らかに役不足だった。そして大使として日本に赴くと聞いたときには心底驚いた。同時にすぐ「これはバイデン政権として何か大きな仕事をするために行くのだろう」と想像せずにはいられなかった。

エマニュエル氏のもとで「甘え」は絶対に許されない

では、バイデン政権とエマニュエル氏は日本をどうしたいのか。正直なところ、まだイメージがない。この人事を受けての日本のメディアの反応は悠長である。一部では「日本は政権へのホットラインを手にした」などと好意的に報道している。

だが、筆者からすればこのラインは「日本のお願い」をアメリカに伝えるためなどではない。バイデン政権の命令を、日本の政治家に直接ギリギリと実行させるための装置のようなイメージでしかない。

いずれにしても、戦後の日本はアメリカの影響下で、あたかも独立国のような錯覚の中で、都合よく甘えてきたことは否めない。戦後から冷戦までは、一方的に日本に有利に働いた日米安全保障条約はちょうどエマニュエル氏がクリントン政権に入ったころから、グローバリゼーションを旗印に、日本に構造改革を迫る「脅し」にも使われたことは想像に足る。

エマニュエル氏は目的のために手段を選ばずやるべき仕事をしてきた人だ。米中関係が厳しくなる中で「友好と親善の象徴」という、これまでの大使のイメージに収まることなど100%ないだろう。