22日にMicrosoftが行った「Surface+Windows 11」イベントで発表された新製品は日本でも発売されるが、米国より遅く、開始時期が2022年前半の製品も多い。本来なら10月5日の「Windows 11」リリースと共に、新しいSurfaceデバイスを日本にも登場させる計画だったのではないかと思うが、半導体不足の影響がピークと見られる中、供給が限られるようだ。そうした中でもAppleは、どこ吹く風と言わんばかりに9月イベントでいつも通り、iPhone 13シリーズとiPad mini、iPadを発表し、米国と同じスケジュールで日本など約30カ国で発売する。この供給ペースを年末まで維持できるのかは分からないが、今のところ「買える」というだけでAppleが一人勝ちしそうな勢いである。

そのAppleのイベントで、個人的に最も盛り上がったのはフィットネス/ワークアウトのサブスクリプションサービス「Fitness+」の発表のところだった。日本ではまだ提供されていない上、けっこう長い時間だったので、ライブで視聴していた人の中には飽きてTwitterとかチェックし始めた人が多かったのではないかと思う。私はほぼ毎日少なくとも20分は「Fitness+」をやっているので、1人でとても盛り上がっていた。出てきたトレーナーも全員フルネームで知っている。(こんな仕事をしているのに)メインでプレゼンテーションしていたAppleのフィットネス技術担当シニアディレクターの方の名前の方が出てこなかった。

Appleのイベントの中でも特に注目を集めるiPhoneイベントで「Fitness+」に10分近い時間が費やされたのを不思議に思った方も多いと思う。Appleがそうするぐらい、コネクテッドフィットネスは大きな市場になろうとしているのだ。

「Fitness+」は現在6カ国に加えて秋に15カ国を追加予定、トレーナーの音声は英語のみで各国の言語には字幕で対応する。日本は含まれていないが、エクササイズ中に画面から目を離すことが多いので、将来提供されるなら音声の日本語対応を実現してほしい


新型コロナ禍でジムに通う人が激減した。それまで米国では平均60ドル/月がフィットネスジムに費やされていた。1年で720ドル。以前は数千ドルのトレッドミルを自宅に置く人は少なかったが、コロナ禍の長期化で、ジムに使っていた費用を自宅ジムへの投資に充てる人が増加している。

ResearchAndMarkets.comによると、世界のコネクテッドジム機器市場は2020年に急成長して5億1000万ドルになった。それが2028年までに35億ドル近くに成長すると予測している。フィットネス機器の導入が進んだら、次はモチベーションを維持するためのフィットネスサービスの市場が開けていく。

米国でコネクテッドフィットネス市場をリードするのがPelotonだ。高品質なオリジナルのフィットネスバイクやトレッドミルを販売し、サブスクリプションサービスも提供している。フィットネスバイク「Peloton Bike」は1,495ドル、トレッドミルのベーシックモデルは2,495ドル。全てのプログラムにアクセスできるメンバーシップは39ドル/月と安くはない。

だが、コンテンツが充実していて、ビリーズブートキャンプのようにトレーナーがやる気を引き出して上手く乗せてくれる。オンデマンドコンテンツ以外にも"Connected"であるのを活かした人気トレーナーによるライブクラスがあり、数百人・数千人規模のユーザーが参加して順位を競いながら共にトレーニングする。終わったら、大きなマラソン大会に参加して完走したような充実感を得られる。始める前は「高い!」と思っても無料トライアルを体験してみると「続けてもいいかな」と思い始めてしまう。優れた体験の提供で順調に利用者を増やしてきた。

PelotonのサイクリングトレーナーCody Rigsby氏は今「Dancing with the Stars」に出演中、人気トレーナーは様々なメディアに進出してセレブ化している


そんなPelotonだが、2019年のクリスマスに広告が炎上して株価が急落したことがある。若い夫婦の家族、夫が妻にPelotonのバイクをプレゼントするサプライズ。それからPelotonを使う日々をVlogのように記録している様子が流れる。その内容で、なぜ炎上したか分かるだろうか。

夫がフィットネスバイクをプレゼントするのは女性にスリムであり続けろという暗黙の圧力だと言われ、若い夫婦が住む家が豪華だったことでPelotonは高収入の人達のみを顧客ターゲットにしていると批判された。

体験を重んじる事業モデルから、PelotonはよくAppleやNetflixと比較される。そしてAppleの「Fitness+」はPelotonを意識して真似ているとも指摘されている。だが、実際に使い比べてみるとPelotonとFitness+の世界は全く異なる。

Pelotonのトレーナー達は多くが若くていかにもトレーナーというルックスで、そんなトレーナー達を頂点に激しくエクササイズする方向に導かれていく。見方によっては、カジュアルに身体を動かしたい人を寄せ付けない排他的な感じがする。Fitness+のトレーナーは、シニアクラスも担当するベテラントレーナーがいたり、義足のトレーナー、太めのトレーナーなど様々。トレーナーの1人が妊娠したのをきっかけに妊婦向けのプログラムも用意された。またクラスでは、メインのトレーナーの後ろで負荷が少ない簡単なバージョンをアシスタントのトレーナーがやってみせる。多様性を重視したインクルーシブ(inclusive)なプログラムになっている。

運動が得意な人もそうでない人も、誰でもできるし、いつでもどこでもできる。イベントでこの動画を見た時に、対照的な例として2019年末のPelotonの広告炎上を思い出した。

だからFitness+が優れているという話しではなく、私はサービスとしてPelotonの世界も好きだし、2つのサービスは競争している面もあるけど、補足しあって共に市場の成長に貢献している。ただ、多様性が重視される昨今、従来のターゲット・マーケティングは思わぬ炎上に直面することになる。例えば、共働きで忙しい女性をサポートするような視点でクリスマスプレゼントのストーリーを作っていたら、Pelotonは多くの人の共感を呼べたかもしれない。Fitness+のマーケティングは、どんな人でもエクササイズするのを遠慮する気持ちにさせない。ある程度のランダム性を許しながらターゲティングのポイントを押さえてApple製品に導いている。