夫の死から2年、平野レミさんの暮らし。「今も欠かさずお茶を淹れてるの」
「ルールなんていらないの。料理はね、楽しくっておいしければいいんだから」。
その言葉どおり、自由で、斬新で、ユニーク、それでいて、ほっとできる味わいのレシピを生み続けてきた料理愛好家の平野レミさん。
夫・和田誠さんの死去から2年、現在のレミさんが今思うことを伺いました。
平野レミさん
料理「研究家」ならぬ「愛好家」という肩書きをつけてくれたイラストレーターの夫・和田誠さん(享年83)が逝去してから、まもなく2年が経ちます。結婚生活は47年にわたり、おしどり夫婦として知られていたおふたり。最愛の夫を亡くしてから、暮らしと心はどう変わったのでしょうか。
――この10月で、和田さんが亡くなってから2年が経つんですね。少しは落ち着きましたか?
レミさん:もう2年かぁ、早いわねー。今もね、夕方、和田さんが仕事から帰ってくる頃になると「さて、和田さんのごはんの用意をしなくちゃ」って立ち上がっちゃうの。そのあとで「ああ、そうだ、和田さんはいなくなっちゃったんだ」って気づいて、少しさみしい気持ちになったりしてね。わかってはいるけれど、つい忘れちゃう。不思議な感じなのよね。
――結婚以来47年間、ご主人のごはんをつくり続けてきたわけですから、体が自然に動いてしまうのでしょうね。
レミさん:そうなのよ。だって結婚以来、こうつぶやくのが私の日課で、なにより幸せなひとときだったんだもの。あと、毎朝、和田さんにお茶を淹れて渡すのも結婚以来の日課だったんだけれど、これは今も続けているの。テラスルームのテーブルに飾ってある和田さんの写真やお花、作品の前に、いつもの夫婦茶碗を置いて「はい、お父さんお茶ですよ。カンパーイ」って。私が仕事や旅行でいないときは息子がやってくれるから、一度も欠かしたことがないのよ。
――そうでしたか。じつは、「再婚を考えたりもしますか?」なんてお伺いしようかと思っていたのですが…。
レミさん:やだっ、世界中でいちばん再婚の言葉が似合わないのは私じゃないかしら(笑)。思ったことも考えたこともないわ。そんなこと絶対にあるわけじゃない! 和田さんは、確かにいなくなっちゃったけど、ずーっとつながっているのよ。
この間もね、和田さんの仕事部屋から見たこともない譜面が出てきたの。どうやら知り合った頃に書かれたもので、当時仕事帰りに和田さんの仕事部屋に寄ってから、実家に戻る私のことを歌っていたみたい。糸井重里さんいわく「私と結婚しようと決めていたんだね」って。ちょっと歌ってみるわね。
〜いたずらにこの絵本 のんびりめくるロッキングチェア ひとりだけのパラダイス、私だけの部屋 ビデオは5泊6日 あさってあたり見よう 気ままに暮らせばいつも 気分は日曜 だけどちょっぴり寒い あなたが帰ったあと 小さな部屋も広い ひとりだけだと〜
和田さんは死んでもこうやって私にプレゼントをくれる人なの。なんだかうれしいわよね。だからね、私は和田さんが目の前にいなくても、和田さんのことをますます好きになっちゃって。曲も詩も、絵も、文章も、素敵な作品をいっぱいいっぱい残してくれて。でもね、ひけらかさないし、何にも言わないし、紫綬褒章とかああいうのも「僕には似合わない」って断るし。自分の世界をしっかり持ってたのよね。あんなにいい人いないし、二度とこの世には現れない。来世も絶対、和田さんと結婚したいなぁ。
――こうやってストレートにご主人への愛を語れるって、とてもすてきだと思います。
レミさん:ホントに尊敬してるからねぇ、私、和田さんのこと。夫としてもね。ごはんのとき、今まで、一度だってまずいなんて言われたことないの。だから私も一生懸命ごはんをつくっていましたね。もちろんでき合いのお惣菜って買ったことないの。私の心が入ってないものを和田さんに出すのは、後ろめたい気持ちがあって、私の中で許せなかったのよね。私の手づくりしたものを和田さんがおいしそうに食べてくれる顔を見るのが大好きだったのよ。「今日もやったネ」と、心の中でひとりブイサインを出したりね。
――(和田さんの)もちものはいま、どんなふうに?
レミさん:な〜んにも手をつけていないの、まだ。私の荷物もいっぱいあるから、和田さんのクローゼットを少し空けてそこに入れようかとも思ったんだけれど、それってさ、和田さんがホントに死んじゃったみたいで、それはやっぱり嫌だなって。荷物の多い人だっただけに大変ではあるけれど、私にはまだできないわ。
ただね、作品とか職場のものに関しては思いきって整理を始めているの。和田さんって、今でいうマルチの走りというか、本当にいろいろやってきた人だから、たくさんのものが残っていて。まるで玉手箱みたいに次々と作品が出てくるのよ。こういうものは、ずっとずっと生き続けてほしいから、(和田さん出身の)多摩美術大学に寄贈したの。それで多摩美に見に行ったら、素手でふつうにさわっていたものも手袋つけてくださいって。靴脱いで入って白い手袋つけてしか見られなくなっちゃった(笑)。
――それだけ素晴らしい功績を残されたということですよね。
レミさん:絵、文章、歌、映画や舞台監督、俳句、いろんな仕事してましたね。(和田さん監督の映画に主演した)真田広之くんもね、(訃報を聞いて)海外からすぐに駆けつけてくれて…。和田さんがたくさんの人に愛されているのをあらためて感じました。仕事に対して、美しいものに対して、本当にストイックだったから。
そういえば、仕事場から見つかった和田さんの日記にも驚かされたわ。17歳から19歳くらいのちょうど青春真っただ中の頃で、言ってみれば血気盛んな頃でしょ(笑)? エッチなことばかり書いてあるかしらと恐る恐る読んでみたのだけれど、まったくそんなことはなく、もう、映画の話でしょ、音楽の話でしょ、いろんな本の話でしょ、すっごいの。全部、全部キラキラした青春真っただ中の楽しい話ばっかりね。多摩美に合格したけれど、そんなことよりジェームス・スチュワート(裏窓などに出たアメリカの俳優)に出した手紙の返事が来たことが最高にうれしいとかさぁ。もう、いろんなことが書いてあってとにかくおもしろい。昔から和田さんは和田さんだったのよ。また惚れ直しちゃった(笑)。
これからも和田さんの新しい何かがきっと見つかるだろうし、ずっと探していきたいわ。皆さんにも、和田さんの仕事の軌跡をぜひ見てもらいたい。こう伝えることも今は私の生きがいのひとつ。和田さんが私にくれたプレゼントなのかもしれないなって。
<撮影/山川修一 取材・文/高城直子>
【和田誠展のお知らせ】
会期/2021年10月9〜12月19日
会場/東京オペラシティ アートギャラリー
開館時間/11:00‐19:00(入場は18:30まで)
休館日/月曜日
入場料/一般1200[1000]円、大・高生800[600]円、中学生以下無料
※[ ]内は各種割引料金。障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料。
料理愛好家・シャンソン歌手。明るく、自由なキャラクターとおおらかな料理が特徴で、テレビやラジオ等で活躍。夫は故・和田誠さん、長男のミュージシャン和田唱さんの妻は女優の上野樹里さん、次男の妻は料理家で食育インストラクターの和田明日香さん
その言葉どおり、自由で、斬新で、ユニーク、それでいて、ほっとできる味わいのレシピを生み続けてきた料理愛好家の平野レミさん。
夫・和田誠さんの死去から2年、現在のレミさんが今思うことを伺いました。
平野レミさん
平野レミさんインタビュー。最愛の夫が亡き今の暮らし
料理「研究家」ならぬ「愛好家」という肩書きをつけてくれたイラストレーターの夫・和田誠さん(享年83)が逝去してから、まもなく2年が経ちます。結婚生活は47年にわたり、おしどり夫婦として知られていたおふたり。最愛の夫を亡くしてから、暮らしと心はどう変わったのでしょうか。
●来世も絶対、和田さんと結婚したい
――この10月で、和田さんが亡くなってから2年が経つんですね。少しは落ち着きましたか?
レミさん:もう2年かぁ、早いわねー。今もね、夕方、和田さんが仕事から帰ってくる頃になると「さて、和田さんのごはんの用意をしなくちゃ」って立ち上がっちゃうの。そのあとで「ああ、そうだ、和田さんはいなくなっちゃったんだ」って気づいて、少しさみしい気持ちになったりしてね。わかってはいるけれど、つい忘れちゃう。不思議な感じなのよね。
――結婚以来47年間、ご主人のごはんをつくり続けてきたわけですから、体が自然に動いてしまうのでしょうね。
レミさん:そうなのよ。だって結婚以来、こうつぶやくのが私の日課で、なにより幸せなひとときだったんだもの。あと、毎朝、和田さんにお茶を淹れて渡すのも結婚以来の日課だったんだけれど、これは今も続けているの。テラスルームのテーブルに飾ってある和田さんの写真やお花、作品の前に、いつもの夫婦茶碗を置いて「はい、お父さんお茶ですよ。カンパーイ」って。私が仕事や旅行でいないときは息子がやってくれるから、一度も欠かしたことがないのよ。
――そうでしたか。じつは、「再婚を考えたりもしますか?」なんてお伺いしようかと思っていたのですが…。
レミさん:やだっ、世界中でいちばん再婚の言葉が似合わないのは私じゃないかしら(笑)。思ったことも考えたこともないわ。そんなこと絶対にあるわけじゃない! 和田さんは、確かにいなくなっちゃったけど、ずーっとつながっているのよ。
この間もね、和田さんの仕事部屋から見たこともない譜面が出てきたの。どうやら知り合った頃に書かれたもので、当時仕事帰りに和田さんの仕事部屋に寄ってから、実家に戻る私のことを歌っていたみたい。糸井重里さんいわく「私と結婚しようと決めていたんだね」って。ちょっと歌ってみるわね。
〜いたずらにこの絵本 のんびりめくるロッキングチェア ひとりだけのパラダイス、私だけの部屋 ビデオは5泊6日 あさってあたり見よう 気ままに暮らせばいつも 気分は日曜 だけどちょっぴり寒い あなたが帰ったあと 小さな部屋も広い ひとりだけだと〜
和田さんは死んでもこうやって私にプレゼントをくれる人なの。なんだかうれしいわよね。だからね、私は和田さんが目の前にいなくても、和田さんのことをますます好きになっちゃって。曲も詩も、絵も、文章も、素敵な作品をいっぱいいっぱい残してくれて。でもね、ひけらかさないし、何にも言わないし、紫綬褒章とかああいうのも「僕には似合わない」って断るし。自分の世界をしっかり持ってたのよね。あんなにいい人いないし、二度とこの世には現れない。来世も絶対、和田さんと結婚したいなぁ。
――こうやってストレートにご主人への愛を語れるって、とてもすてきだと思います。
レミさん:ホントに尊敬してるからねぇ、私、和田さんのこと。夫としてもね。ごはんのとき、今まで、一度だってまずいなんて言われたことないの。だから私も一生懸命ごはんをつくっていましたね。もちろんでき合いのお惣菜って買ったことないの。私の心が入ってないものを和田さんに出すのは、後ろめたい気持ちがあって、私の中で許せなかったのよね。私の手づくりしたものを和田さんがおいしそうに食べてくれる顔を見るのが大好きだったのよ。「今日もやったネ」と、心の中でひとりブイサインを出したりね。
●これからも和田さんの残したものと向き合い、新しい何かを探していきたい
――(和田さんの)もちものはいま、どんなふうに?
レミさん:な〜んにも手をつけていないの、まだ。私の荷物もいっぱいあるから、和田さんのクローゼットを少し空けてそこに入れようかとも思ったんだけれど、それってさ、和田さんがホントに死んじゃったみたいで、それはやっぱり嫌だなって。荷物の多い人だっただけに大変ではあるけれど、私にはまだできないわ。
ただね、作品とか職場のものに関しては思いきって整理を始めているの。和田さんって、今でいうマルチの走りというか、本当にいろいろやってきた人だから、たくさんのものが残っていて。まるで玉手箱みたいに次々と作品が出てくるのよ。こういうものは、ずっとずっと生き続けてほしいから、(和田さん出身の)多摩美術大学に寄贈したの。それで多摩美に見に行ったら、素手でふつうにさわっていたものも手袋つけてくださいって。靴脱いで入って白い手袋つけてしか見られなくなっちゃった(笑)。
――それだけ素晴らしい功績を残されたということですよね。
レミさん:絵、文章、歌、映画や舞台監督、俳句、いろんな仕事してましたね。(和田さん監督の映画に主演した)真田広之くんもね、(訃報を聞いて)海外からすぐに駆けつけてくれて…。和田さんがたくさんの人に愛されているのをあらためて感じました。仕事に対して、美しいものに対して、本当にストイックだったから。
そういえば、仕事場から見つかった和田さんの日記にも驚かされたわ。17歳から19歳くらいのちょうど青春真っただ中の頃で、言ってみれば血気盛んな頃でしょ(笑)? エッチなことばかり書いてあるかしらと恐る恐る読んでみたのだけれど、まったくそんなことはなく、もう、映画の話でしょ、音楽の話でしょ、いろんな本の話でしょ、すっごいの。全部、全部キラキラした青春真っただ中の楽しい話ばっかりね。多摩美に合格したけれど、そんなことよりジェームス・スチュワート(裏窓などに出たアメリカの俳優)に出した手紙の返事が来たことが最高にうれしいとかさぁ。もう、いろんなことが書いてあってとにかくおもしろい。昔から和田さんは和田さんだったのよ。また惚れ直しちゃった(笑)。
これからも和田さんの新しい何かがきっと見つかるだろうし、ずっと探していきたいわ。皆さんにも、和田さんの仕事の軌跡をぜひ見てもらいたい。こう伝えることも今は私の生きがいのひとつ。和田さんが私にくれたプレゼントなのかもしれないなって。
<撮影/山川修一 取材・文/高城直子>
【和田誠展のお知らせ】
会期/2021年10月9〜12月19日
会場/東京オペラシティ アートギャラリー
開館時間/11:00‐19:00(入場は18:30まで)
休館日/月曜日
入場料/一般1200[1000]円、大・高生800[600]円、中学生以下無料
※[ ]内は各種割引料金。障害者手帳をお持ちの方および付添1名は無料。
【平野レミさん】
料理愛好家・シャンソン歌手。明るく、自由なキャラクターとおおらかな料理が特徴で、テレビやラジオ等で活躍。夫は故・和田誠さん、長男のミュージシャン和田唱さんの妻は女優の上野樹里さん、次男の妻は料理家で食育インストラクターの和田明日香さん