若い男性がオンライン「ポルノ中毒」になることで 陥る深刻な障害とは? 【橘玲の日々刻々】
日本ではまだあまり知られていないようだが、欧米ではオンラインポルノのbinge watching(ドカ見)が社会問題になっている。Binge(ビンジ)は「限度を超えて熱中する(浮かれ騒ぐ)こと」の俗語で、若者たちがパーティで酩酊するのがbinge drinking(ドカ飲み)だ。ここからNetflixなどのシリーズものを一気に観ることをbinge watchingと呼ぶようになり、それがさらに「ポルノ漬け」に転用された。
一般にポルノの弊害というと、女性や子どもへの性暴力につながることが懸念されるが、ゲーリー・ウィルソンが『インターネットポルノ中毒 やめられない脳と中毒の科学』(DU BOOKS)で警告するのは、思春期以前からポルノ漬けになった(主に)若い男性が、ED(勃起不全)や女性との通常の性的関係に深刻な障害を抱えるようになることだ。
ウィルソンは病理学・解剖学・生理学の専門家で、YBOP(www.yourbrainonporn.com)というサイトで強迫的なポルノ利用について警鐘を鳴らしつづけたが、2021年5月に慢性疾患のため死去した。
膨大なポルノを浴び続けることで「セックス拒食症」に
オーストラリアの調査では、2008年には「ポルノを毎日見る」と回答したのは5.2%だったが、2011年になると思春期の13%がポルノを毎日のように見ていた。その6年後の2017年には、男性の39%と女性の4%が毎日あるいはしばしばスマートフォンでオンラインポルノを見ていた。この急激な上昇率(ポルノの普及)の背景に、高速インターネット(4G)の登場があることは明らかだろう。
この調査では、15〜29歳の若い男性に限れば100%がポルノを見た経験があり、若い女性でも82%が見たことがあると報告している。はじめてポルノを見た年齢も下がりつづけ、男性の69%と女性の23%はポルノ初体験が13歳以下だった。
こうした事情はアメリカやイギリスでも同じで、すでに社会心理学者のフィリップ・ジンバルドーとニキータ・クーロンが『男子劣化社会』(晶文社)で、中高時代を男子ばかりの寄宿舎で仲間たちと大量のポルノを見ながら過ごした男性が、愛情はあるのにもかかわらず恋人と性交渉ができない事例などを紹介している。少年期から膨大なポルノにさらされつづけたことで「セックス拒食症」とでも呼ぶ状態になり、ほんもののセックスと“ポルノの再演”の違いがわからなくなってしまうというのだ。
[参考記事]
●ポルノ大国の先進国で「男子劣化」が深刻な問題になっている理由
近年の脳科学では、複雑な道路や一方通行などの規則を記憶しているロンドンのタクシー運転手の海馬(記憶にかかわる脳の部位)が発達することがわかって、「一定の年齢になったら脳の成長は終わる」という常識が書き換えられた。この「脳の可塑性」は「いくつになっても学びつづけられる」というポジティブなニュースとして歓迎されたが、ウィルソンはこの可塑性がネガティブな方向にも作用すると指摘する。ポルノばかり見ていると、脳の部位に生理的・機能的な変化が起こる可能性があるのだ。
精神分析医のノーマン・ドイジは『脳は奇跡を起こす』で次のように述べている。
「コンピュータに向かってポルノを眺める男性たちは……脳地図の可塑的変化に必要なあらゆる条件を満たす、ポルノ訓練セッションへと誘惑されたのだった。いっしょに発火するニューロンは結節されてしまうので、こうした男性たちは画像を、脳の快楽中枢に接続する練習を大量に受け、しかも可塑的変化に必要な没頭するほどの関心を向けている」
「(ネットポルノを見ながら自慰をすることで得るオルガズムの)報酬は行動を後押しするだけではない。それは店舗で『プレイボーイ』を買うときに感じる恥ずかしさを一切刺激しない。これは「処罰」なしの行動だ。報酬しかない」
「可塑性は競争的だから、新しくワクワクするイメージが占める脳地図は、それまで彼らを惹きつけてきたものを犠牲にする形で増加した――これが、彼らがガールフレンドをいままでほど魅力的だと感じなくなった理由だと私は考える」
2007年、性科学研究者のジャンセンとバンクロフトは、ストリーミング式ポルノを見ると勃起障害が起きるらしいことと、「エロチカへの高い暴露は『普通のセックス』への反応性を引き下げ、新奇性とバリエーションへのニーズの高まりを引き起こす」ことを発見した。
2014年、権威ある医学雑誌は、穏健なポルノ利用者ですら、年数と現在の週当たり利用時間が灰白質の減少や性的反応の低下と相関していることを示す研究を掲載した。ポルノの定期的な消費は、大なり小なり報酬系をすり減らしかねないというのだ。
こうして研究者たちは、ポルノ起因のED(勃起障害)について議論するようになった。
