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緒方恵さんを取締役COOに迎え入れた背景

――デジタルに強い人材の採用が続いているようですが、中でも緒方恵さんのジョインはデジタルマーケティング業界でよく知られた方でもあり、驚きました。まずここからお聞きしたいと思います。緒方さんとどういうきっかけで知り合われ、なぜMinimalに迎え入れようと思ったのか、取締役COOとしてどんなことを期待していますか。

出会いは2017年のグッドデザイン賞の授賞式でした。緒方さんは中川政七商店さん、我々はMinimalでそろってグッドデザイン特別賞を頂いたのですが、その授賞式でたまたま席が隣だったことがきっかけです。その後、意気投合して中川政七商店さんのお店を見学させていただいたり、定期的に情報交換したりする中で良い関係性を築いてきました。

――会社の取締役に迎え入れようと考えたのはなぜですか。

私が言うのはおこがましいかもしれませんが、人柄が抜群でした。誠実で、まっすぐで、本質をずらさずにコミュニケーションが取れるので、信頼できる方だと感じたのが理由の1つです。もう1つは東急ハンズさん、中川政七商店さんと、店舗とデジタルの両方に携わった経験を持ち、かつミッション、ビジョンから導かれるブランドの在り方を真剣に考えて業務に取り組まれている点に我々との共通点を感じました。ここまで肌の合う人はほかにいないと感じたため、緒方さんが次のステップに進まれるタイミングで声をかけさせていただいた次第です。

最も大変だったのはマインドセットを変えること

――以前、取材したのは2020年2月。それから世界は大きく変わり、緊急事態宣言の発出も東京では4回に上ります。そんな状況にもかかわらず、Minimalは店舗2店の売り上げが前年比40~50%増、ECは3~4倍に伸びたとのこと。「血のにじむような努力」だったそうですが、何があったのでしょうか。

去年2月の雰囲気をよく覚えています。2月14日はチョコレート業界最大のビッグイベントの1つ「バレンタインデー」で、その頃はまだ世の中が少しざわつき始めたくらいでした。

ところが、そこから事態が一気に急変し、緊迫の度を強めます。いつもご指導いただく先輩経営者の方々からも「普通の危機とは様相が異なる。しっかり対策したほうがいい」とアドバイスされました。その時点では緊急事態宣言も出ておらず、「自粛」という状況さえ想像できなかったのですが、3月のホワイトデーの催事が軒並み中止になり、ご来店されるお客さまの数が大きく減少するに至って私も強い危機感を覚え、キャッシュフローなどを全部計算した上で、販売経路を店舗中心からデジタルの積極的な活用に一旦、切り替える決断をしました。

私がMinimalを立ち上げたのが2014年で、コロナ前まではリーマン・ショック(2008年)や東日本大震災(2011年)など経済が大きなダメージを受けるレベルの不景気を経験したことがありませんでした。そのため「まさかの事態が起きたとき、経営者としてすぐに対応できるだろうか」という問題意識を日頃から抱いていたことが、大きな意思決定を迅速に実行するのに役立ったと思います。

――いきなりデジタルに全振りするのは大変だったのではないですか。

想像を絶する大変さでした。業務内容の変化ももちろんですが、一番大変だったのは人のマインドセットを変えることです。パンデミックが起きたときに要注意なのは、不確定情報が拡散する中で人々がいたずらに不安を募らせることです。スタッフにとっては健康面や雇用に関することでしょう。

ですから最初に「休業したい人は休業していい。給料はきちんと補てんします」とスタッフに伝えました。その上で、状況が少し見えてきたタイミングでオンライン会議を行い、「なぜ我々はデジタルにシフトするのか」という“Why”の部分と、経営面の状況、世の中に対する私の捉え方などを説明しました。具体的には「この先もずっと雇用を保証するとは言えないが、少なくとも年末までは安心して働ける環境を担保します」という内容です。

その上で「ただしこれまでのように、たくさんのお客さまにご来店いただくのは当面難しい」「緊急事態宣言が終わっても、お客さまに戻っていただけるかどうかはわからない」「それくらい世の中は変わったのだ」と伝えました。そして「とはいえ、甘い物を食べると幸せな気持ちになったり、不安が少し和らいだりすることはなくならないから、チョコレートやスイーツの需要まで消えたりはしない」「だからお客さまが自宅にいても我々のチョコレートやスイーツを届けられる体制を整える必要がある」と話しました。デジタルシフトという表面的なことだけでなく、なぜそういうアクションが必要なのかを最初に伝えられたのは良かったと思います。

――反対する声は出なかったですか?Minimalといえば、お客さまとの密でエモーショナルなコミュニケーションで信頼を築き、顧客を拡大していった印象があります。

心の中では少なからず感じていたとは思いますが、後ろ向きな声は出ず、それよりも一致団結して危機を乗り切ろうという前向きなムードになれました。そこはスタッフの素晴らしさであり、とても感謝しています。

そのタイミングで人事異動も行いました。本格的にECに取り組むため、物流チームを立ち上げて製造チームから異動してもらったり、店舗の閉店を受けて販売チームからECチームやCSチームに移ってもらったりした人もいます。

――それはMinimalだけでなく本人にとっても大きな決断ですね。クラフトチョコを作りたくてMinimalの門を叩いた人にとっては、その異動でキャリアプランが変わる可能性もあります。

人事異動は事業の在り方を大きく変え、雇用を維持しながらコロナ禍を乗り越えるために必要なことだったと認識していますが、決断してくれたスタッフには本当に感謝しています。製造チームから物流チームに異動した女性は今、物流チームのリーダーとして活躍中です。そういう人たちが支えてくれたから今のMinimalがあるのだと思います。

対面口頭での伝え方とECのテキストコミュニケーションの違い

――ほかに大変だったことはありますか。

販売経路を店舗主体からほぼ全面的にECに切り替えるのは、業態変更や全く違う領域で新規事業を立ち上げるのと同じくらい大変です。私自身、「普段チョコレートを製造販売している会社なのだから、ECでチョコレートやスイーツを売るのはそれほど難しくないはず」と少し軽く考えていたかもしれません。

まずブランドコンセプトの見直しから始めました。店舗で板チョコを販売していた我々のブランドのパーセプションをお客さまのためにどう変えるべきか、どんな方針でお客さまとコミュニケーションを取るべきかなどが判断基準として定まっていないと、全ての戦略が「点」になってしまうからです。そこからECで売るための商品開発や、商品を売るECサイトのUI、UXの改善を進めました。

――ブランドコンセプトをどう見直したのですか。

今も「チョコレートを新しくする」というビジョンは変わりませんし、「Life with “Good” Chocolate」をブランドスローガンとして掲げています。

ただ、これまではカカオの香りをダイレクトに体感できる板チョコを前面に販売し、お客さまと店舗で直接コミュニケーションを取ることで「Bean to Bar Chocolate」に関する前後のストーリーを楽しんでいただけるように設計していました。

そこから「ステイホーム」な状況にあるお客さまのライフスタイルにまで解釈を広げ、どんな商品ならご自宅での生活に彩りを与え、ちょっとした幸せを感じていただけるかを含めて定義し直しました。その結果、たどり着いたのがスイーツをECで販売するという発想です。コンセプトの再定義を基に商品開発を進め、最初にヒットしたのが「生ガトーショコラ」と「チョコレートレアチーズケーキ」の2つでした。コロナ禍の巣ごもり消費でちょっと贅沢なスイーツをECで購入し、ステイホームを楽しみたいとする消費行動に後押しされたことも大きかったと思います。

――Minimalは山下さんの情熱的なお話も売りの1つだったと思うのですが、お客さまとのコミュニケーションが対面での口頭からECのテキストに変わったことで、Minimalの良さを理解してもらう難易度が上がったのではないですか。

非常に難しくなったと感じます。誤解を恐れずに言うと、テキストをしっかりと読んでいただける方は少数派だと思います。だから直感的にスイーツの美味しさが伝わるシズル感のある写真を前面に打ち出すことが重要で、プロのカメラマンにお願いしたり、自ら学んだりしながら画像をきれいに整えるルーティンを確立させました。

また、商品に同梱するリーフレットは情報を少しずつステップで伝えることを意識しました。それまではご来店されたお客さまに情報を1から10まで全部口頭で伝えることを意識していたのですが、テキストとなると、一遍に全部読んでいただくのは難しい。そこで、スイーツを買って美味しいと感じたお客さまがリーフレットを読み、さらに興味を持って我々のWebサイトを検索すると、Minimalのブランドコンセプトやチョコレートの美味しさの背景がわかるような仕掛けを考え、少しずつ理解が深まっていくコミュニケーション設計にしました。そうすればリピート購入いただくうちに、「コロナが落ち着いたら店舗に行ってみようかな」というアクションが起こってくると思ったからです。

逆も同様で、ご来店いただいた方に「ECでのご購入も便利です」とお伝えしています。今も試行錯誤中で、興味関心の段階から購入、リピート購入までのステップをいかにシームレスにつなげられるかについて、店舗側とデジタル側の双方で認識をすり合わせながら行っているところです。

――ECで買った顧客に「ぜひ店にもお越しください」と伝えるわけですか。

コロナ禍ですから、「お店にお越しください」という直接的な表現は難しいですね。代わりに「この時期だけの店舗限定スイーツ」などと銘打ったプロモーションを行ったり、店舗でしか購入できないスイーツの写真を貼ったり、店舗の在庫状況を頻度高く更新したりして、来店への動機づけができるように工夫しています。

画像提供:Minimal

Twitterで集客、Instagramでコンバージョン

――デジタルに振って、売り上げ・利益も上がり、「これはいける」と手応えのようなものを感じたのはいつですか。

昨年10月くらいから12月にかけて少しずつ手応えを感じるようになりました。その手応えの1つがUGCです。昨年はほかにも物流チームやCSチームの立ち上げなど大変なことが多すぎて激動の日々だったのですが、その中で社内全体がすごく前向きな気分になれたのはSNSやオウンドメディアを頑張ったことに対する反響を感じられるようになったからです。

それまでもInstagram、Twitter、Facebook、noteのほか、Webサイト上のJOURNAL(ジャーナル)などを運用していたのですが、十分活用できているとは言えませんでした。しかし、コロナ禍でデジタルシフトを強化した際にチームを立ち上げて積極的にSNSやオウンドメディアに取り組んだところ、お客さまもUGCをアップしてくれるようになりました。それまでUGCの数はそれほど多くなかったのですが、我々がたくさん情報を発信し始めたことで、お客さまも「私もUGCを上げていいんだ」と感じていただけたようで、1つのUGCが他のお客さまのUGCを促す形で情報が広がりを見せるようになりました。

それまでは半径10キロ圏内の手仕事の商売だったのですが、「SNSを見てお店に来ました」という方が増えるにつれて、店舗のスタッフも「SNSって思った以上に集客に役立つかも」と手応えを感じ、お客さまに「この角度で撮るときれいに写りますよ」「よかったらUGCを上げてくださいね」と提案するなど積極的なコミュニケーションにつながっていきました。

――最も効果があるのはTwitterですか。

コンバージョンするのはInstagramが1番です。Twitterは売り上げのデータとはあまり直結していませんが、店舗に人を誘導します。そのため会社全体のデジタルのPRチームがInstagramを、各店舗のスタッフがTwitterを運用しています。SNSはほかにもありますが、今のところこの2つの運用は必須です。

変わらざるを得ないから変わるのではなく、自ら変化を

――少し抽象的な質問ですが、コロナ禍で1年以上経過して、山下さん自身が経営者として、あるいは個人として学んだことは何ですか。

学んだことはたくさんありますが、そのうちの1つは「コロナを言い訳にしてはいけない」ということです。「コロナだからお客さまも来ないし、売り上げが上がらなくても仕方がない」という雰囲気が一時社内にありました。私自身、どこかでそう感じていたかもしれません。しかし、経営者として「コロナだから仕方ない」と諦めたら思考停止ですし、コロナ禍が収束したら売り上げが落ちた分が返ってくるのかといえば、そんなことはありません。

激動の日々の中、冷静に内省する機会もなくコロナを免罪符にしがちだった自分に気づき、2020年7月に行った全社ミーティングで皆に「目をつむってください。コロナでいろいろ変化があったと思いますが、自分から能動的に何か1つでも行動を変えた人はいますか?」と挙手を求めました。飛沫シートをかけたり、消毒や換気などの対策を行ったりするのは、いわばコロナにやらされていることです。そうではなく、ご来店いただけないお客さまにお手紙を書くなど、何か1つでもいいから自分からポジティブな動きとして行動を変えた人がどれくらいいるのか知っておきたい気持ちがありました。

――自分も目をつむって考えてみたのですが、すぐには思いつかないですね。

そのときスタッフの数は30~40人だったと思うのですが、何人の手が挙がったと思います?お恥ずかしい話ですが、2人だけでした。

――2人いただけでもすごいじゃないですか。

驚きました。これだけ世の中も我々も皆で「変わろうよ」「変わらなきゃ」と言っているにもかかわらず、能動的に変わろうとしたのは2人しかいない。そういう私自身も自信を持って手を挙げられるかといえば、挙げられなかったと思います。コロナという我々にとって初めて経験する危機に際して、思考停止していたのは誰でもない、経営者である自分ではないか。自分が思考停止しているからスタッフも能動的に変わろうという意識を持ちにくいのではないか。そう捉えるようにしました。

経済がどうなろうが、社長は経営に責任を持たなければなりません。その状況で通知表として売り上げなどの経営状況が出て、店舗の売り上げが落ちていたならば、それは「コロナだから仕方ないよね」ではなく、経営者の責任です。だからコロナを一切言い訳にせず、これから未来永劫、皆が安心して働けるように会社を戻していくには、自分は何をすべきなのか、徹底的に思考して行動するしかないと決意しました。

「やむを得ない決断」の先に見据える未来

――途中で店舗の閉鎖もありました。率直なところ、積極的な撤退と捉えていいのでしょうか。

あれは一生忘れられないと思います。自分たちの力不足を心から痛感しました。積極的とは言い切れない撤退です。

もともと路面店は基本的に半年前に退店を申し出なければなりません。例えば、昨年11月に銀座店を閉じたのですが、5月には退店を通知する必要がありました。10月に通知して11月に退店することもできますが、そこから6カ月間は家賃を払い続けなければならないのです。

銀座店はずっと黒字でしたので、3~4月に売り上げが落ちても赤字のまま1~2年は耐えることが可能でした。しかし、コロナ禍が3~5年続いたらどうするか、コロナ禍が収束しても店舗に人が戻ってこなかったらどうするか。そう考えて、根拠もなく楽観的に捉えるのはやめようと思いました。

――決断は昔から早いほうですか。

いや、基本的には優柔不断です(笑)。ただ、今回は自分たちが本当に生き残るために何をすべきかを軸に決断したということです。キャッシュフローを計算し、いろいろなシミュレーションの中から一番ネガティブなシナリオを考えた末の合理的な選択だったと捉えています。

――わかりました。最後に、店舗で板チョコを売るのがメインだった業態からECでいろいろなスイーツを売り始めて軌道に乗り、今では店舗の売り上げも好調。そこに緒方さんもジョインして「Minimal第2章」が始まったのかなと個人的には感じています。これからさらに売り上げを拡大してスケールアップするために何が必要だとお考えですか。

まず我々は、売り上げを拡大したりビジネスを大きくしたりするのはあくまで手段でしかないと考えています。では、何のために売り上げやビジネスを大きくしなければならないかというと、「チョコレートを新しくする」というMinimalのビジョンを実現するためです。そのビジョンの実現のために大事なことは、我々のチョコレートを届けるお客さまの総量を増やしていくことです。なぜならカカオ豆から作った「Bean-to-Bar Chocolate」の新たな味わいを「文化」にしたいからで、Minimalのチョコレートを当たり前のように享受できる人たちを増やさないと文化にはなりません。お客さまの総量を増やすのに大事なことは、美味しいものを今よりもっとたくさん作れる状態を実現することです。

その状態をこれから追求していくためには、新しい店舗を出さなければならないかもしれないし、ECでもっと新しい商品を用意する必要があるかもしれません。そのようにビジョンから逆算して個々の戦略や施策が紐づいてくるわけで、その順番を絶対に間違えてはいけないと思います。

そうしたことが実現できれば、ライフスタイルの中にMinimalが存在することで、人生に少し彩りが加わるような「Life with “Good” Chocolate」の意味をお客さまももっとイメージしやすくなると思います。これからお客さまと密にコミュニケーションを取り、フィードバックを頂きながら「Life with “Good” Chocolate」の世界観をもっと解像度高く作り上げ、「チョコレートを新しくする」というビジョンの実現を目指していきます。

――本日はありがとうございました。

画像提供:Minimal

Profile
山下 貴嗣(やました・たかつぐ)
株式会社βace 代表取締役。
1984年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業後、リンクアンドモチベーションに新卒入社。在職中に東証一部上場を経験したほか、新規事業立ち上げにも参画。Bean to Barとの出合いを機に起業し、クラフトチョコレートブランド「Minimal - Bean to Bar Chocolate - 」を展開。世界最高峰の国際品評会「International Chocolate Awards」および「Academy of Chocolate」で2016~2021年の6年連続、合計65賞を受賞。

株式会社βace
https://mini-mal.tokyo/

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
Twitter:@hayakawaMN