看護師の間で起きる「待遇格差」。その驚くべき実態とは?(写真:Bloomberg)

長引くコロナ感染拡大を現場で支える医療従事者たち。彼らを今、驚くべき「給与格差」が戸惑わせ、混乱を引き起こしている。

フリーランスの看護師として働くAさん(40代)。昨年8月から全国の病院のコロナ病棟やクラスターが発生した高齢者施設、軽症者療養用のホテルなどで働いてきた。

目の前で何人もの患者が命を落としていく厳しい現場も体験した。そこで見たのは、命に直結するような過酷な現場ほど、看護師が足りないという現実だった。

一方、ワクチン接種の現場や軽症者療養ホテルなど、重症病棟に比べれば「それほどキツくない」(Aさん)現場は、人を集めるために高給を提示され、一種の「コロナバブル」が起きているという。

いったい今、何が起きているのか。

クラスターが発生した高齢者施設で見た「現実」

5月下旬。Aさんは中国地方のクラスターが発生した高齢者施設に、NGOからの要請で応援に入った。それまで十数人いたスタッフは1人を残して他の部署に異動していて、圧倒的に人が足りない状態だった。

利用者の中には3週間入浴できておらず、シーツが交換されていない人もいたという。人手不足から、利用者が転倒して亡くなるという事故も起きていた。

応援に入ったAさんは数日間、毎日朝7時半から夜20時30分まで働いた。他のスタッフも8日連続勤務、5日連続夜勤という過酷な勤務状況だった。

引き金は、あるスタッフからクラスターが起きたことだった。利用者に感染が拡大し、その本人はもちろん、濃厚接触したスタッフも休まねばならなくなった。こうして極端な人手不足に陥り、残ったスタッフの勤務状況は過酷になるという悪循環に陥った。

「スタッフは自分から感染させてしまったと激しい自責の念にかられ、利用者の家族からも感染させたことを責められます。高齢者施設のスタッフはもともと待遇がよくないのに、自身も感染リスクにさらされながら働き、疲弊しています。こうした状況に、自身の家族から反対されて、退職を選ぶ人もいます」(Aさん)

幸い、Aさんら応援スタッフが入り、施設を感染リスクの有無でゾーン分けしたり、防護服の着脱を指導したりするうちに状況は落ち着いてきた。しかし、その中でAさんはこの1年弱感じてきた“矛盾”を再認識した。

Aさんは派遣元であるNGOから1日2万円という報酬を受け取っていた。1日12時間働いていたが、宿泊費など実費も別途、支給された。もともとその施設で働いていた職員の給料に比べると、フリーのAさんのほうがはるかに条件がよかったのだ。

フリーで働くことになったのは、昨夏、沖縄県知事が「看護師が足りない」と訴える姿をテレビで見て、募集に応じたことだった。それまでコロナについて医療従事者のグループで学んできたAさんは、そのことを活かしたい、という気持ちだったという。

過酷なコロナ病棟は、軽症者施設の「時給半分」

最初に派遣されたのは、沖縄県内の軽症者療養ホテル。基本は1日2度、療養者に電話をかけて体調の確認をする、重症化した患者を病院に送る、療養者が退所したら部屋を掃除する、などが仕事だった。時給は2700円、宿泊費・食費は別途支給された。

その後に移ったのが、沖縄県内の県立病院だ。コロナ専用病棟が立ち上げられた直後から約3カ月働いた。ここはAさんがこの1年弱で入った職場で、もっとも厳しい労働環境だった。昼ご飯を食べる時間もなく、朝から夜中1時まで勤務しているスタッフもいた。

いったん感染が少し落ち着くと、コロナ病棟のベッドは空く。しかし、ベッドを空けたままにしておくと、病院側の収益が悪化してしまう。そこで、病院側は他の救急患者を受け入れるため、感染リスクのある患者を受け入れるレッドゾーンを減らし、リスクのないグリーンゾーンに戻す。部屋の隅々から医療機材すべてをアルコールで拭きあげる作業も、看護師らが担っていた。

そこでの給与水準は、県立病院の規定報酬に沿っていた。沖縄の県立病院の2021年5月現在の募集要項を見ると、フルタイムの看護師で月額15万7700円〜20万400円。パートタイムの場合、時給1009円〜1282円だ。

つまりその前に働いていた軽症者用ホテルより、はるかに過酷な仕事にもかかわらず、時給換算だと半額で働いていたことになる。

Aさんはこの病院に応援に入るときには、「もともとその病院で働いていた職員より高い給料は払えない」と言われたという。後から応援に入った人のほうが高いと、もといた職員が辞めてしまうから、という理由だった。

「この病院ではコロナ治療の最前線で働けて、いろいろ学ばせてもらったので、私自身は報酬が低いことに不満はなかったのですが、コロナ病棟の仕事は誰でもできるわけでもありません。それなりのスキルや経験も必要なのに、軽症者用ホテルよりも報酬が低いのです。感染のリスクもある中では“危険手当”のような仕組みも必要だと思うのですが……」(Aさん)

Aさんはその後、派遣会社を通じて関西の民間企業が運営を委託された軽症者療養ホテルや、重症者専門病院でも働いた。

軽症者用ホテルではリーダー格だったこともあり、月給は45万円ほどになった。他の県の軽症者療養ホテルで働く看護師を募集する人材会社のサイトを見ると、時給2000円台が多いが、中には九州で時給5000円台、日給4万円台というものもある。

軽症者用ホテルの仕事はどこも、1日数回の電話による体調確認などが主な仕事だ。仕事内容の割に報酬もいいため、派遣会社を通じて募集に応じた看護師が全国から集まっていて、「いろいろな立場や考えの人がいて、人間関係には苦労した」(Aさん)というが、逆に人間関係のしがらみも少ないので、辞めたければすぐ辞められるともいう。

もともといる看護師のほうが待遇が低くなる

一方で、「病院でもともと働いていた看護師は辞めたくても辞められず、私が応援で入った病院では、辞める順番待ちをしていました」とAさんは明かす。

今春、ちょうど第3波が落ち着きを見せる頃には、あるコロナ専門病院で働いていた。求人情報を見ると時給は4200円〜5000円台。仮に時給5000円として、1日8時間、月20日働くと月80万円もの収入になる。

この自治体の公立病院の看護師の給与を見ると、4大卒の基本給が月約22万円。もちろんボーナスや各手当はあるとしても、そのボーナスなどがコロナ患者を受け入れたことによって経営が悪化し、カットされている医療機関は少なくない。

昨年、病院が示した夏のボーナスゼロに看護師400人が一斉に退職の意向を示したという東京女子医大のケースは記憶に新しい。国からはコロナの重症・中等症患者を診る病床に対して1日4万1000円の補助のほか、医療従事者に対する特別給付金も支給されているが、その額は決して十分とは言えず、給付の遅れが経営悪化に拍車をかけている(新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況の調査)。

同調査によると、調査に応じた約4400病院のうち、2020年冬季ボーナスを満額支給できた病院は約6割にとどまっている。

そこに今、さらに医療従事者たちを戸惑わせる事態が起きている。それが、ワクチン接種に従事する看護師の大量募集だ。

求人情報を検索すると、東京23区の場合、日給1万5000円〜3万円。東京・大手町の大規模接種会場の日給(9時〜17時)は3万円だ。

「7月末までに高齢者すべてにワクチンを」の政府の掛け声に自治体も翻弄されているが、課題はワクチンの「打ち手不足」問題。その解消のためにもワクチン接種に従事する看護師の報酬が高止まりしているのだ。

日給3万円の「ワクチン仕事」に看護師が流れる

6月に入り、Aさんも1日、ワクチン接種の看護師を募集する派遣会社を通じて、接種業務を経験した。1日約400人を5ブースに分けて接種をする会場で、会場には接種を担当する看護師が5人、ワクチンを希釈する看護師が3人、接種後に体調不良が起きないか観察する看護師が2人という構成で、役割は午前と午後で交代したという。

この会場の日給は2万円。この条件の派遣会社のサイトを確認すると、10月末ごろまでの応募がすでに「募集終了」となっていた。Aさんが接種を体験した会場にはコロナ病棟をやめてきていた看護師もいたという。

Aさんはこう話す。

「もちろんワクチン接種は大事で、多くの看護師が必要なことはわかります。でも一方で、1年以上コロナ病棟で働く人たちの待遇はまったく改善されておらず、休みさえ十分に取れていない。まだまだ重症病棟や高齢者施設では日々亡くなっていく人もいる厳しい状況で、ここで働く人たちの待遇改善は急務です。

もちろんコロナ禍で、失業したりしている人のことを考えれば、仕事があるだけでもありがたいです。でも一部の職種だけがバブルのようになるのではなく、看護師全体の待遇の底上げをしてほしい」