中野信治インタビュー後編
注目選手とホンダ最終年

史上最多の全23戦が予定されているF1世界選手権の2021年シーズンが今週末、中東のバーレーンGPを皮切りにスタート。そこでスポルティーバでは、DAZN(ダゾーン)でF1解説を務める元F1ドライバーの中野信治氏にインタビューし、21年シーズンの見どころを語ってもらった。後編は今季の注目選手やF1活動終了となるホンダについて。はたしてホンダは"有終の美"を飾ることはできるのか? 感触を聞いた。


今季でF1の活動を終えるホンダ。王者奪還なるか

 2021年が最後のシーズンとなるホンダは新開発のPU(パワー・ユニット)を投入して、レッドブルとともに万全の体制で開幕戦に臨むことになります。レッドブル・ホンダがタイトルを獲得するためには、マックス・フェルスタッペンと新加入のセルジオ・ペレスのふたりでメルセデスに対抗していかないとチャンスはありません。そういう意味では、ペレスにかかる部分は大きいですね。

 ピーキーからややマイルドな方向になったレッドブルのマシンをペレスがどれくらい乗りこなせているのか。正直、バーレーンテストの3日間のタイムだけではわかりませんでした。ペレスはすごくいい雰囲気でマシンに乗れているという印象は受けなかった、というのが正直な感想です。


2021年のF1の見どころをたっぷりと語った中野信治氏

 ペレスが自分の走らせ方やドライビングでマシンに合わせていこうとすると、かつてのフェルスタッペンのチームメイト、ピエール・ガスリーやアレックス・アルボンと同じように袋小路にはまってしまう気がしています。

 速さに関してはガスリーもアルボンもペレスも同じような実力だと思いますが、ペレスはF1での長い経験があるので、若いガスリーやアルボンよりも引き出しはたくさんあります。対応力やセットアップに関してはペレスに"一日の長"があるのは間違いないので、そこに期待をしています。

 ただ開幕戦からいきなりフェルスタッペンのようにマシンの性能を引き出すことを求めるのは酷です。プレシーズンのテストは3日間しかありませんでしたし、ペレス本人も「クルマに慣れるまで数戦はかかる」と言っているようです。もう少し長いスパンで見ていく必要がありますが、ペレスが開幕戦でそこそこの走りができていれば、クルマがいい方向にいっている証明になりますので、今シーズンは期待できると思います。

 アルファタウリ・ホンダの角田裕毅選手(以下、選手略)には、ぜひ日本人初の優勝を実現してほしいと心から願っています。F1で勝つことは、僕を含めて数多くの日本人ドライバーが達成できなかった大きな夢です。日本のレースファンが長い間待ち望んでいた夢を角田が叶えてくれたら本当にうれしいですし、それだけでなく彼の活躍が今後の日本のモータースポーツ界の行方を大きく左右すると僕は考えています。

 今、時代が大きく動いているなかで日本でもモータースポーツのあり方があらためて問われています。そんな中で、もし角田が世界最高峰のF1で優勝することができれば、一般からの注目度が上がり、さまざまな可能性が広がっていきます。当然、レースを目指す若者も増えるだろうし、日本のレース界が今のレベルを保つための大きな起爆剤になりえると考えています。

 今季限りでホンダがF1を離れることになり、若いドライバーたちはF1という夢が遠ざかっていくと感じています。しかし角田が活躍すれば、彼らのF1への夢がつながっていく。今年から19歳の岩佐歩夢が、フェルスタッペンやガスリー、角田を輩出したレッドブルの若手ドライバー育成プログラム「レッドブルジュニアチーム」のメンバーになることが決まりました。

 僕は今、ホンダで若手ドライバーを育成する立場にありますが、岩佐の下の世代にも若く才能あるドライバーがたくさんいます。日本のF1の歴史を途切れさせないためにも、角田には期待しています。

 その今季は本当に見どころが多いと思います。元世界チャンピオンのフェルナンド・アロンソがアルピーヌから復帰し、4度の世界チャンピオンに輝いたセバスチャン・ベッテルがフェラーリからアストンマーティンに移籍。ベテランのふたりがどんな活躍をするのか、すごく楽しみですし、新人ドライバーにも注目が集まっています。

 7度の世界チャンピオンに輝いたミハエル・シューマッハの息子ミックは難しい戦いを強いられそうです。チームのマシン開発は滞っているようですし、チームメイトも同じく新人のニキータ・マゼピンで、角田にとってのピエール・ガスリーのようなベンチマークにはなりえません。

 ミックはマゼピンを圧倒するぐらいの成績を出さないと評価されませんが、今年のハースはマゼピンの父親であるドミトリーが会長を務める世界的な化学肥料企業「ウラルカリ」がメインスポンサーとなり、実質的にマゼピンのチームとなっています。

 それにマゼピンは決して遅いドライバーではありません。速さと勢いのあるチームメイトに対して、ミックが圧倒的な差をつけて勝てるかといえば、そう簡単なことではないでしょう。この1年間、ミックは相当に頑張らなければ、いくら伝説のチャンピオンの息子とはいえF1に残っていくのは容易ではないでしょう。

 ミックにとって大事になのは、かつてのミハエル・シューマッハのように、チームを自分の方向に引っ張っていくことができるか、そこに尽きます。マゼピンのチームをミックのチームに変えていくには、単にマシンを速く走らせるだけではなく、周りの人たちを味方につけるという、ドライバーとしての能力が試されます。

 自分のほうにチームを持ってくることができたら評価は上がり、他のチームからも声がかかるでしょう。逆にマゼピンと同じぐらいのレベルでいってしまうと、当然厳しい評価になってしまいます。そういった意味では、ミックは3人の新人の中で一番難しい環境でのデビューになるかもしれません。

 マゼピンに関しては、思いきり走ればいいと思います。これまでサーキットの内外でいろいろと問題を起こしてきたので、一緒に競い合うドライバーを危険にさらすようなドライビングは直ちに改善しなければならない。でも、それ以外のパーソナルな部分に関しては、どこまでチームや周りのマネジメントグループが彼の教育をできるかだけだと考えています。

 マゼピンは性格が悪い人間には見えません。いわゆる天然キャラというか、あまりにもお金持ちすぎて、一般的な教育や常識のようなものを教えられていないだけだと思います。当たり前が他とズレているという表現が正しいのかもしれません。たぶん、本人は悪いことをしているという意識はあまり持っていないのではないか。これまでそういうドライバーを何人か見てきましたが、きちんと教育していけば変わっていくことができると思います。

 マゼピンはまだ粗削りなところはありますが、一発の速さはあります。彼のようなドライバーがいてもいいと思いますし、それこそマゼピンと同じような状況でF1にデビューしたアストンマーティンのランス・ストロールのようになっていくかもしれません。

 デビュー当初のストロールはアクシデントやミスが多かったですが、年々洗練されてきて、いいパフォーマンスを発揮するようになってきました。ストロールは父親の資金力が背景にあったからこそF1で走り続けられた側面はありますが、マゼピンもレースを重ねていくうちにドライバーとして成長していく可能性はゼロではありません。

 角田、ミック、マゼピンの3人のルーキーにはF1に新たな刺激や魅力を与えてくれることを期待しています。

【プロフィール】 
中野信治 なかの・しんじ 
1971年、大阪府生まれ。F1、アメリカのCARTおよびインディカー、ルマン24時間レースなどの国際舞台で長く活躍。現在は豊富な経験を活かし、SRS(鈴鹿サーキットレーシングスクール)副校長として若手ドライバーの育成を行なっている。また、DAZN(ダゾーン)のF1中継や2021年からスタートしたF1の新番組『WEDNESDAY F1 TIME』の解説を担当している。