Jリーグでレア背番号「49」をつけた5人の有名選手

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2021年シーズンが開幕したJリーグ。ここでは、珍しい背番号49をつけたことがある主な現役選手たちを取り上げてみる。

ドウグラス(現ヴィッセル神戸)

2010年に初来日すると、Jで数多のゴールを決めてきたブラジル人FW。

アル・アインやトルコリーグでは55番をつけたが、清水エスパルス加入時に49番を選んだ。

「母が生まれた年の数字にちなんで、本当は55番が良かったのですが、(Jリーグでは50番が最大なので)それができませんでした。自分の奥さんの誕生月が4月で母の生まれた月が9月なので、49番を選びました」とのこと。神戸での背番号も49番だ。

チョン・テセ(現FC町田ゼルビア)

自信に溢れたパワフルなプレーを武器に川崎フロンターレで暴れ、ワールドカップ出場も果たした北朝鮮代表ストライカー。

アルビレックス新潟では49番を選んだ。その理由は「尊敬するドウグラス選手が清水エスパルスでつけた番号だから」。町田では背番号9に。

鈴木 武蔵(現ベールスホット)

ジャマイカ人の父、日本人の母を持つ日本代表FW。

アルビレックス新潟では49番をつけたこともあった(松本山雅FCでは50番も着用)。

現在所属するベルギーのベールスホットでの背番号は10。もともと背負っていた選手がいたものの、クラブから託される形でエース番号を与えられたそう。

西川 潤(現セレッソ大阪)

横浜F・マリノスのアカデミーでユース昇格を選択せず、桐光学園に進学した経歴から中村俊輔の後継者とも呼ばれた天才レフティ。

特別指定選手を経て加入したセレッソ大阪では49番もつけた。今季から背番号を18番に変更している。

泉澤 仁(現ヴァンフォーレ甲府)

大学サッカー界屈指のドリブラーとしてJ入りしたアタッカー。

大宮時代から背番号39番を愛用しており、ポーランドでもこの番号をつけたが、横浜F・マリノスでは49番に。現在所属するヴァンフォーレ甲府では1年目は11番だったが、今年から39番に変更した。

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彼らの他にもルーカス(FC東京)や梶山陽平(大分トリニータ時代)も49番をつけたことがある。

また、ロナウジーニョも母親の生まれ年であったことから、アトレチコ・ミネイロやケレタロで49番をつけた。