錦織圭は輝きを取り戻せるか。似た境遇の同世代ライバルに聞いた
例年より3週間遅れて開幕した全豪オープンは、気温が最高で18度までしか上がらず、秋の気配が漂い始めていた。
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、一日あたりの入場者数も制限された。だが、それでも初日は約18,000人のテニスファンがメルボルンパークに足を運んだ。

12年ぶりに全豪オープン初戦敗退を喫した錦織圭
錦織圭(世界ランキング42位)対パブロ・カレーニョ・ブスタ(スペイン/同16位)の一戦が組まれたのは、会場で4番目の格付けになるアリーナである。
日が陰り、吹き抜ける風が体感温度を実気温より下げるが、それでも客席の3〜4割ほどを埋めたファンの数が、この一戦への関心の高さを物語っていただろう。
2年前のこの大会で、ふたりが繰り広げた5時間超えの死闘を記憶していた人も多かったかもしれない。年に一度のこの時を心待ちにする現地在住の日本人ファンは、錦織が置かれた2週間完全隔離などの厳しい状況を知ったうえで、彼のプレーを祈るような気持ちで見に来ていた。
そのような、不安も交じる観客の期待感を、試合立ち上がりの錦織は喜びと驚きに変えてみせた。
最初のポイントで、フォアを左右に打ち分け相手のミスを誘うと、センター、ワイド、そしてセンターに打ち込む切れ味鋭いサーブで、あっさりとゲームキープ。
その2ゲーム後のダブルフォルトを機にブレークを許すが、直後のゲームでは強打をフェイントにスライスでウイナーを奪うなど、錦織らしい創造性と意外性をコート上で光らせる。2日前のATPカップでは鳴りを潜めたネットプレーも、相手の予期せぬタイミングで効果的に決めてみせた。客席から湧き上がる歓声が、会心のプレーに呼応する。
「今までにないくらい、試合に入ってから『勝てるんじゃないか』と思えた出だし。それくらい球を捉える感覚や球筋など、いろいろよかった」
望むようにボールを操れる喜びを、錦織自身もコート上で感じていた。
だた、それだけ状態がよかったからこそ、突きつけられた厳しい現実もある。
第1セットと第2セットは互角に近い戦いを見せたが、結果的にはいずれも終盤の競り合いを相手に制され、ともに失った。とくに第2セットのタイブレークでは、やや攻め急いだかのようなミスが続く。本人は2週間の隔離を言い訳にはしなかったが、2セット目の終盤あたりから、とくに前に出る足に鋭さを欠いた感は否めない。
「タイブレークでは、プレーの仕方を忘れたんじゃないかと思うくらいミスが多くて。もうちょっとじっくりやりたかったですね、あそこは。選択ミスがあったので、試合勘が戻ってくれれば......」
そこが悔いた点ではあるが、同時に、試合勘と打球感が噛み合う日は「いつか来る」と彼は言った。
昨年10月に肩を痛めツアー離れて以来、4カ月ぶりとなった復帰戦で戦った3試合は、いずれもランキング20位以上のトッププレーヤーが相手。いつか訪れる「感覚の戻り」を得るには試合数と勝利が不可欠で、その勝利を得るには、大会序盤での上位選手との対戦を避けられるまでにランキングを上げる必要がある。
錦織はそのプロセスを、「どうにかして、這い上がらなくてはいけない」との言葉で表現した。
「タフな道のりだと思っています。今年できるかどうかわかりませんが、今日の自分のプレーがもうちょっとよくなれば、できそうかなというのが若干見えてきた。復帰の道のりとしては、悪くないと思っています」
10年ほど前に踏破した道に、31歳になった今、彼は再び挑む覚悟だ。
錦織がカレーニョ・ブスタに敗れたこの日、2014年全米オープン決勝で錦織を破ったマリン・チリッチ(クロアチア/同43位)も初戦敗退を喫した。
錦織と同世代のチリッチを破ったのは、今年5月に30歳を迎えるグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア/同21位)。彼もまた錦織たちと同様に「次代を築く」と期待された、かつての「新世代」のひとりである。
快勝にもかかわらず、チリッチとの初戦対戦に「奇妙な感じだ」と感傷的な表情を浮かべるディミトロフ。そんな彼に、いささか不躾だとわかりながらも、あえて尋ねてみた。
「あなたや錦織、ラオニッチ(カナダ/同14位)、そしてチリッチらは、かつて一時代を築く新世代だと期待されていた。今もまだ、それが可能だと信じているか」......と。
その問いに、好青年で知られるディミトロフは「僕の経験からでしか答えられないが......」と前置きしたうえで、真摯な口調で応じてくれた。
「あなたが名を挙げた選手は全員、僕に言わせれば今でもトッププレーヤーだ。調子がいい日には、今でもすばらしいプレーや試合ができる。状況が揃えば、すばらしい勝利を手にできる。
今、苦労している理由はそれぞれだが、僕は自分も含めて彼らのうちの誰ひとりとして、ラケットを置くその瞬間まで、その可能性が消えるとは思わない」
◆錦織圭の新コーチは「ビースト」。復帰戦で参謀につけた決意と理由>>
ちなみにディミトロフは今季から、錦織のコーチを8年務めたダンテ・ボッティーニを新参謀につけている。
「彼(ボッティーニ)が今、誰も見ていないと知って、僕から連絡を取った。今まで、これほど気が合うコーチに会ったことがない」という彼は、心身の充実のなか、日々コートに向かえていると言う。
そのボッティーニと袂(たもと)を分かち、新たな声を取り入れ、新たな自分と出会おうとしているのは錦織も同様だ。「いい時がいつ来てもいいように、気持ちがネガティブにならないように、前を向いていきたい」と、虎視眈々とギアチェンジの機をうかがう。
同世代のライバルとも刺激を与えあいながら、世界のテニスシーンを沸かせたかつての"野心溢れる若者たち"は、再びその地位を目指す。
