カー・セックスの誕生は平安時代?あなたの知らない性や愛に出逢える「いろごと辞典」が面白い!

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性に関するスラングや表現を集めた辞書と言えば『官能小説用語表現辞典』(ちくま文庫)が知られていますが、江戸時代を中心にさらに幅広い年代の性用語を収めたのが『いろごと辞典』(角川ソフィア文庫)です。

『いろごと辞典』表紙(画像:Amazonより)

遠回しがむしろ艶めかしい。「桃と桜のすもう」とは…?

『いろごと辞典』をパラパラとめくってゆくと、「直截的であるよりも、間接的な表現のほうが美しい」という日本の美意識が伝わる表現の数々に魅了されます。そのほんの一部を紹介しましょう。

『高唐賦』のワンシーン(画像:「百科知識」より)

雲となり雨となる

一見性的な匂いがまったく感じられないこちらの表現。「男女が契りを結ぶ。肉体関係になる」を意味することがあるそうです。山に住む神女が雲や雨に姿を変えて王と契ったという中国の故事に基づきます。

破れ傘

女性が上になる体位のこと。「淫水が陰茎を伝って流れ落ちる様を破れ傘の柄を雨が伝って流れ落ちる様に例えた呼び名」とのこと。

桃と桜の花角力(はなずもう)

女性同士の性行為を指します。「ピンク色の春の花がすもうを取る」というイメージには、決して他言語には翻訳できないほのかなエロスが漂います。

仏教とともに密かに伝来していたアレ

『いろごと辞典』には性愛に関する雑学も数多く掲載されています。

鳥高斎栄昌『扇屋昼見世畧』(画像:Wikipediaより)

例えば、「性具の歴史」という項目を引くと、奈良時代に遣唐使によって伝えられたという説に始まり、平成の世の進化した性具に至るまで、1300年におよぶ性具の歴史が2ページに渡って記されています。

「若衆宿」や「陰間茶屋」といった江戸の性風俗についても詳細に説明されていますが、特に「遊里」の項には以下の記述があり、性愛や性風俗がいかに江戸文化の重要な位置を占めていたかがわかります。

現代では単なる歓楽街・売春街と考えられるが、江戸時代の江戸の街では、これが文化育成の基盤であり、町人社交の場であり、教育向上の機会でもあり…(中略)…つまり、恋愛至上主義を謳歌した爛熟期の江戸文化は、唯美で官能的な特色が重要な要素であるが、これは形式や格式に囚われず、人間本来の姿を愛した町人が生み出し、負担した文化だからであり、その町人文化の中で最も自由に、そして権力や階級の圧制から脱して育ったのが遊里であったからだと考えられる。

狭いところでイタしていたアノ歌人や偉人

続いて、「カー・セックス」という項目を引いてみましょう。書き出しこそ「car + sex(和製英語)、自動車の中で行う性行為。」と当たり障りのない一文ですが、読み進めてゆくと驚愕の事実が…。

カー・セックスの元祖は、千年も前に平安京で牛が引く「牛車」の中で行われていた。在原業平が牛車セックスをしたことは『伊勢物語』に書かれている。

『源氏物語絵巻』匂宮(画像:Wikipediaより)

まさか、平安のプレイボーイもカー・セックスにいそしんでいたとは…。しかし、カー・セックス愛好家であった(らしい)有名人は業平だけではないのです。

明治に入り、駕籠に代わって馬車が使われるようになると早速、馬車セックスが始まり、これをする男を「ハコ乗り野郎」と言った。明治の元勲伊藤博文もそうだったことが、『雑学明治珍聞録』に載っている。

馬車に乗った伊藤博文(後部座席手前。画像:Wikipedia Commonsより)

皆さん狭いところでなさるのがお好きだったのですね。

『雑学明治珍聞録』は未入手につき信憑性のほどは分かりませんが、雲の上の存在だと感じていた歴史上の人物に親近感を覚えてしまうエピソードです。

ともすれば軽蔑の対象となる性の問題。しかし…

編者である小松奎文(けいぶん)先生は、『誹風柳多留』や『誹風末摘花』といった江戸期の川柳を読む中で遭遇した意味のわからない言葉を辞書や文献で調べ、『いろごと辞典』の元となった『いろの辞典』を20年かけて編纂されました。

『いろの辞典』のあとがきに先生はこう記されています。

「色」と言うと、軽視はおろか軽蔑さえされることも多い。しかし、「色」はそれ自体がすべての人に関わる大切なことであり、すべての人の人生の中に大きな位置を占めるものである。だから「色」の本にはユーモアがあり、人生の機微が潜んでいる。

すべての人間にとって欠かせないものでありながら、公に語ることがはばかられてきた性愛。しかし、隠す必要があったからこそ豊かな婉曲表現が生まれ、ユーモアのインスピレーションにもなったのです。

『いろごと辞典』は、江戸の性風俗や春画に興味のある方はもちろん、日本文化を愛する多くの皆さまにぜひ手に取っていただきたい書籍です。