有人飛行テストの成功で喜ぶ、「嵐を呼ぶ男」イーロン・マスク。だがテスラの株価も、彼の報酬も超バブルなのかもしれない(写真:ロイター/アフロ)

明らかにおかしい。

米電気自動車メーカーのテスラの時価総額が、7月に入ってついにトヨタ自動車(7月6日の時価総額は22兆3809億円)を超えた。同時に、テスライーロン・マスクCEO(最高経営責任者)への超高額報酬(最大で6兆円以上)が支払われる方向で、着々と進んでいる(テスラ株の時価総額や売り上げ、利益などが定められた基準に達した場合の報酬で、今後分割して支払われる。2018年の株主総会で決定)。

だが、どちらもおかしくないか。

「報酬6兆円超」はどこがおかしいのか?


この連載の記事はこちら

まずは明らかにおかしいと言える、マスク氏への約6兆円超にのぼる報酬から論じてみよう。

この話はソフトバンクグループの孫正義会長兼社長、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長とはわけが違う。米マイクロソフトの共同創業者であるビル・ゲイツ氏とも、もちろん違う。

それは単純な話だ。創業者オーナー経営者という点は同じかもしれないが、立ち上げからの資本保有の価値が上がったのではなく、報酬が6兆円超だからである。ストックとフローの違いである。

報酬がストップオプション(決められた価格で株を買う権利)であろうが、株式そのものであろうが、関係ない。株価が下落した場合のリスクがなく、上昇時だけもらえる仕組みである、フローの所得だからである。

これは、問題外だ。この報酬スキームが承認されていること自体がおかしいのだが、それにも背景がある。

つまり、この決定を認めた株主たちは、今、株価が上がればいいわけで、短期的に業績がよくなり、マスク氏も6兆円のうちの一部を取得できるようにすればよいからだ。業績が良くなれば、株価は暴騰し、自分たちも売り抜けられるから、今さえよければよい。会社の持続性や6兆円超にのぼる巨額の金額でも、自分には関係のない、未来の話だ。コストもリスクも負っていないので、何でもいいのである。

市場が、こうした行動を許すような株価上昇を、短期の業績回復だけで実現させてしまうのは大きな問題なのだが、はやくからの出資者ではなく、市場で株を売買している人々はさらに短期志向である。だから「将来のことなどどうでもいい」のは、売り抜けたい出資者たち以上のものがある。
結局のところ、市場も投資家も株主も、創業者、経営者も、みな利害が一致して短期志向なのであり、その結果が、報酬6兆円超のスキームを実現させたのである。

テスラの株価は「絶対に非合理」とは言えない

さて、こうなると、もはやテスラの業績をまじめに長期的に考えるのも馬鹿馬鹿しくなるが、この際だからやってみよう。

2019年のテスラの生産台数は年間40万台弱だ。同社のカリフォルニア工場が新型コロナウイルスの影響でフルに稼動できない中でも、上海工場が順調で、足元では生産台数を確保している。

株価と業績面の関係をあらわす代表的な指標であるPER(株価収益率)は、今後(2022年度)の成長した利益に基づいても70倍前後と予想されている。ということは、そこからさらに利益が4倍程度にならないとPERは20倍を切らない計算だ。さらに、高株価が維持されるには、この利益以上の水準が持続する必要がある。

これが実現するかどうかは、それぞれの判断だろう。

テスラ好き、マスクの信奉者は「当然実現する」と思うだろうし、懐疑派は「あり得ない」と否定するだろう。

したがって、「テスラの株価は高すぎる、トヨタグループの生産量の約30分の1なのに、あり得ない」、などと言っても始まらない。

普通に考えればそうだろうが、極度に楽観的、革命は起こる、と信じている人々に対して、それを非合理と切り捨てることはできない。確率は低いけど、僕らにとってはテールリスクだけど、まあ理論的にゼロ、不可能とはいえないね、ということだ。

では、この「夢のようなシナリオ」がどのように実現するかを考えてみよう。テスラの株価が将来、足元の業績から見て割高でない、将来の成長力の高さに依存しなくても株価が業績から正当化されるためには、2つの壁がある。

台数はもちろん、明らかな壁だ。テスラが1000万台を生産、販売するということが実現するシナリオとはどのようなものとなるか、考える必要がある。

テスラ支持者はこういうだろう。自動車はすべて電気自動車になる。既存のメーカーは、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジンの車のシェアが高いだけで、電気自動車だけに限れば、テスラはすでに世界一のメーカーだ。世界がすべて電気自動車になると考えれば、テスラはすでに世界一も同然だ。とすれば、現時点でいかなる自動車メーカーよりも時価総額が大きくて当然だ。

そもそも電気自動車が100%になるかどうかさえ、かなり意見が分かれるところだが、仮にこれが実現するとしよう。環境規制、世界的なブームにより、あり得ないシナリオではない(実際、単なるエコというファッションであり、発電もバッテリーも環境負荷は高い。だがエコとして正しいかどうか、社会として望ましいかどうかは別だ)。

すべて電気自動車になると、テスラはどうなる?

では、そのとき、自動車の世界はどうなっているか。

電気自動車オンリーになるためには、世界全体での政策、政治的な意思決定が必要である。コストはどう考えても割高だし、利便性は悪いし、実用性、汎用性においてはリスクがある。成熟国の大都市を除けば、電気自動車に、政策的補助がなければ、基本的に購入に動くインセンティブは自動車購入者にはない。したがって、世界的に、電気自動車を強制し、かつ経済的なインセンティブが与えられるだろう。

これは技術革新競争ではない。そして、政策や政治の動きというものは、遅いし、誰の目にも明らかなので、その流れに追いつけない、ということはあり得ない。したがって、政策の流れができれば、すべての自動車メーカーがその流れに乗っていくだろう。

現在、テスラが先行してきたのは、その流れが明白でなかったために、ほかの自動車メーカーが全力で電気自動車シフトをしなかったからだ。もし、すべての自動車が電気自動車になるのであれば、その流れはすべてのメーカーで加速する。そうなると、テスラが、いまのポジションを維持できる、と考えるのは難しくなる。なので、このシナリオは、テスラにとって厳しいシナリオとなる。

しかし、ビジネススクールでイノベーターのジレンマを学んだ人々は、こう反論するだろう。既存のプレーヤーは、イノベーションに気づいても、既存の顧客、技術を維持することが合理的であることから、思い切ったシフトができない。テスラは電気自動車しか持っていないので、全力でいける。これにより、イノベーターは交代し、新規参入者が勝つのだ、と。

既存メーカーには本当に脅威なのか?

しかし、これは違う。なぜなら、政策によって流れが決まるのであるから、技術の合理性、顧客の志向とは無関係だから、既存のプレーヤーが遅れることはない。

同時に、技術的には、既存の大手自動車メーカーなら、電気自動車を作ることはできる。技術的に遅れることはない。むしろ、それが問題で、誰でも参入できる、実際、テスラが参入できたわけだから、技術的に遅れるということはない。

よく「バッテリーの技術は違う」と言われる。だが、これは誰もがわかっていることで、多くのプレーヤーが狙っている。しかも、バッテリー技術の進歩は、実現すれば、自動車だけでなく、多くの領域に波及するから、もともとバッテリーに強いメーカーの方がアドバンテージもインセンティブもある。テスラがポジションを利用して、そのようなバッテリー技術を独占しようとしても、現実的にそうはならないだろう。

そもそも、電気自動車もガソリン車も車は車だ。用途が革命的に変わるわけではない。技術革新により、未来は今想像もしなかったような車の使い方が生まれるわけではない。だから、既存メーカーにとって特に怖くはないのだ。

むしろ、自動運転やカーシェアの方が革命を起こす可能性がある。

もちろん、既存のメーカーはこれをわかっているから、そちらへの投資競争は激しい。自動運転については、米グーグルなどの先端AI技術のプレーヤーが主導するのか、あるいは自動車メーカーが主導なのか、それが大きな違いだが、両グループが共同でやることになるのは間違いがなさそうだ。どのメーカーが勝ち残り、どのメーカーが衰退していくかというのはあるが、それはテスラも既存のメーカーも、同じ土俵に乗っていると言える。

カーシェアはもっとも恐ろしいインパクトがあり、自動車メーカーがすべて潰れるリスクがある。なぜなら、世界での自動車の必要台数が、5分の1以下になるという試算もあるくらいで、ともかく、総台数が激減するから、産業全体が危うい。

このとき、テスラは、まだ生産台数が少ないから生き残りやすいという考え方もある。一方で、財務的にリスクをとりすぎているから、やはりトヨタの方が有利だ、との両方の見方もある。いずれにせよ、テスラの高い株価を正当化するのとは逆の方向だ。テスラは所詮、重厚長大産業の古い産業、古い商品の領域のプレーヤーなのである。

「ステイタスブランド」というおいしいポジション

しかし、より大きな壁となるのは、テスラ車の価格の維持、1台あたりの粗利益率の維持の難しさだ。

そもそも、なぜテスラは今高いのか。それはバッテリーが、という答えが来るだろうが、間違いだ。

ここでの問題は「どうみても割高なのに、なぜテスラ車を買う人がいるのか」という問題である。

答えは、当然、ブランドだからである。

テスラ、というブランドを買っているのである。

テスラに乗っている、ということがステイタスなのである。環境意識が高い、世の中でもっとも進んでいる、人とは違う、自分もイノベイティブだ、など、自己主張のために買っているのである。

このようなステイタスブランドの利益率はものすごく高い。なぜなら、価格は高ければ高いほど、ステイタスとして意味があるからである。普通の人には入手できないほど高い。それを持っているのはごく限られた人である。誰もが買えれば、ステイタスブランドにはならない。

そうであれば、そのブランドになりたい、そのようなブランドを作りたい、と誰もが思うであろう。もしコストは低く、販売価格がべらぼうに高ければ、楽に儲かって仕方がない。

実際、ファッションブランドはほとんどがそうだ。もともとアパレルの粗利はものすごく高く、販売価格に対する小売店の仕入れ値は、物にもよるが著しく低い。例えば「バーゲンで7割引!」という商品をネットで見つけても、実際売るほうは、売れれば「ぼろ儲け」という場合もある。

工業製品でこういうことは、普通はあり得ない。それなりにコストがかかるし、安くできるのであれば、安く作って売るところが出てくるし、テレビなんてどのブランドでも同じだ、パソコンもそうだ、スマホは今後そうなるかもしれない、ということだ。

自動車は、かつてはステイタスブランドの筆頭で、自己表現の手段の最たるものであったのである。

それが廃れてきた。それが「若者がデート用に車を買わない」「高い車が売れない」ということであり、利益率の高い車は、日本で言えば、極端な反しバブル世代以上、中高年が、若いころの夢を実現するために買っているだけとなっているのである。後は、起業家などの成金が異常に高い車を乗り回して喜んでいるような具合だ。

では、そういうフラッシーな人々を嫌悪するサークルに生きている富裕層、ビジネスの成功者は何に乗るか。かつてはカルフォルニアではプリウスだったが、一般的になりすぎて、また安くなりすぎて、それがテスラに取って代わられている。

そういうポジションにテスラはいるのである。

だから、ほかの電気自動車はエコと燃費だけを売りにしているので、しょぼいデザイン、あるいは既存の車のボディに乗せているのに対して、テスラは新しい斬新なデザインで、ほかと区別がつく、街中で誰もが、あれはテスラだ、と認識できるデザインにして、非常に高い価格設定を実現しているのである。

では、これは世界一の生産台数を誇るメーカーになったらどうなるか。

あり得ないことがわかるはずだ。

価格は一般化せざるを得ないし、ステイタスブランドではなくなる。ポルシェよりもフェラーリ、それよりもランボルギーニが意味があるのは、手に入らない、生産台数が限られているからに過ぎない。

テスラも、簡単に作れるものであるのに、テスラという未熟なメーカーが作っているから、なかなか生産台数が増やせない。だからこそ、ステイタスブランドでいられるのであって、普通に効率的に生産できれば、ステイタスではなくなるから、激しい値崩れを起こすであろう。そうでなければ、台数は売れないし、そうなれば、利益率は下がり、普通の生産台数の少ない自動車メーカーになるだろう。

したがって、テスラは「生産台数トップ」の壁も「利益率を維持する壁」も高すぎて越えられない。ファンダメンタルズ、業績から行けば、いつになっても、現在の株価は正当化できるようにはならない。したがって、現在の株価は明らかにバブルなのである。

しかし、バブル的な株価が維持されている企業はこの世にたくさんあるので、すぐにテスラ株が暴落するわけでない。投資家たちが大方売り抜けて、バブルに飽きたら、バブルあることをやめ、崩壊するだけのことだ。

テスラ株はいかなる意味でもバブル

最後に、「自動運転などの技術革新でテスラがほかを圧倒する。真に技術のアドバンテージを持っているから、世界一になる」、というシナリオが残っているじゃないか、という声もあるかもしれない。そう信じたい人々もいるかもしれない。

しかし、それもあり得ない。前述のように、そうであれば、トヨタの方が、同じ自動車という用途の中で、実験や進歩、革新を得ていくわけだから、経験値、実績値、既存の顧客の多さというのがアドバンテージになるはずだ。

いや、むしろ「身軽な技術だけに絞った、研究開発に絞った方が強い」、というかもしれない。だが、そうであれば、テスラはメーカーであり、すでにトヨタと同じように不利だ。アルファベットのようなグループ、あるいは、それだけに絞った新興企業が有利なはずで、テスラではない。

テスラもトヨタも、誰と組むか、ということであり、その組み方で勝敗が決まる。その意味では、テスタとトヨタと五分五分というのなら、まだ合理的かもしれない。ただし、それなら株価も五分五分であるはずで、テスラの株価は、現在の10分の1以下になるはずだ。

よって、テスラの株価は、いかなる意味でもバブルなのである。