あなたの職場の「最年長社員」はどんな人だろうか。スターバックスのスタッフで最年長の山田勝子さん(76)は、2019年から週2回、東京都町田市の店舗に立っている。山田さんは「縁があって出会うことができた人との関係は大事にしたい」と働く喜びをかみしめる。連載ルポ「最年長社員」、第6回は「カフェ店員」--。
撮影=門間新弥

■「かっちゃんと呼ばれるのは小学生以来です」

「戦中派」という言葉はどれくらいぶりに聞いただろうか。

「私は戦中派だから変な言葉遣いでしたらごめんなさいね。こないだも、エプロンを前掛けと言ったり、死語を使うことも多くて」

スターバックス コーヒー ジャパンの最年長パートナーとして働く山田勝子さんは開口一番そう言った。先日も「それって“爪で拾って箕(み)でこぼす”ですよね」と若いスタッフに言うと、怪訝(けげん)な顔をされたという。1943年生まれの76歳、第2次世界大戦中に生まれた。昨年11月から南町田グランベリーパーク店のスタッフとして、フロアでの接客やホイップ作りやコーヒー計量などの仕込み、食器の洗浄や掃除などを行っている(※)。

「かっちゃんはうちの看板娘なんです」

50歳以上も年下の、孫の年齢ほどの社員がそう言葉を挟むと、山田さんは白い歯を見せて笑った。

「かっちゃんと呼ばれるのは小学生以来です。最初はちょっと戸惑いましたが、だんだん慣れてきました」

若いスタッフが多いスターバックスで、山田さんは「かっちゃん」となって、どうして働くようになったのだろうか。

※取材当時

■第一印象は「どう見ても20代30代のよう」

きっかけはスカウトだった。

2019年9月末に開催された認知症啓発イベントに、スターバックスはコーヒーブースを出店していた。ブースでは認知症の当事者がバリスタとなって、コーヒーをサーブしていて、山田さんは当事者をサポートするボランティアとして参加していた。

そこにいた町田金森店の店長・林健二さん(49)は山田さんの働きに一目惚れした。

「声の明るさ、動きの機敏さ、気の利き方、どう見ても20代30代のようだと思ったのが第一印象です。山田さんは高校生ボランティアに自発的に明るく指示を与えたり、認知症当事者にもさりげないあたたかなフォローをしていました。一方、『スターバックスさんのご厚意でコーヒーをサーブしています』と私たちを立ててくださることも忘れていらっしゃいませんでした。その細やかな心配りに心をつかまれました」

スターバックスが従業員の行動指針として大切にしていることのひとつが、「自ら考え、行動し、表現する」ことだという。まさにそれを体現しているかのような山田さんの働きぶりに、店長は惚れ込んだ。これは運命であり縁だと思い、声をかけた。

「新しくオープンする店があるので働きませんか?」

2カ月後にオープン予定だった南町田グランベリーパーク店では、幅広い世代や属性の人に働いてほしいと考えていたところだった。

■50年間、働いたことがなかったが…

電話番号を聞かれたが、山田さんは、「若いイケメンがおばあさんをからかっている」のだろうと本気にしなかった。だが、翌日すぐに電話がかかってきた。

「一緒に働きましょう」と店長は熱っぽく誘った。

「私の年齢をわかっているんですか」

山田さんはそう言って、断ろうと思った。すると、店長は「冗談ではなく、僕は本気です」と言った。

山田さんは自分のことを必要とされてうれしく思う半面、この年までほとんど働いたことがないために、仕事が務まるのだろうかという不安も抱いていた。しかも若者が多いスターバックスでの接客だ。

撮影=門間新弥

「私はほとんど働いたことがありません。それに働くとなったら、髪の毛を染めたり、シワとりしたりしなくちゃいけないですかね」

山田さんが尋ねると、店長は笑った。

「そのままでいいです。ありのままの姿でどうぞ来てください」

山田さんは現在ひとり暮らしだが、2人の子どもと4人の孫がいる。子どもらに相談すると、「いいんじゃないの」と励まされた。「自分が働くことで、地域の高齢者を元気づけられたら」と思い、思い切って引き受けることにしたという。50年ぶりの仕事であった。

■夫の介護経験から「今度は自分がお役に立つ番だ」

山田さんは静岡県生まれ、高校卒業後に東京の私大に進学した。卒業後は1年間ほど高校の社会科の教員として働き、25歳で結婚後は専業主婦に徹してきた。

子育てが終わり、趣味のテニスやゴルフ、レザークラフトなど趣味を楽しんでいたある時、夫が急に山田さんにこう打ち明けたという。

「会社に1人で行けないから、明日から一緒について来てくれないか」

長年通い慣れたはずの通勤電車の乗り換え方法が急に分からなくなったのだと不安そうな顔をしていた。その日から毎日、山田さんは夫を会社まで送り迎えをするようになった。さらに夫の症状は悪化し、とうとう仕事ができなくなり、介護生活となった。

撮影=門間新弥

「私は専業主婦の時にスポーツや趣味など十分好きなことをして遊んできました。だから、つらいと思うことなく、思う存分に介護に取り込むことができ、主人に恩返しができたのだと思います」

どんな時でも前向きに楽しみたい。そう思った山田さんは重度の認知症であった夫を連れて、山登りに行ったり、バス旅行にも行ったりした。認知症の会にも入り、そのサポートも心の支えになった。

夫は6年前に75歳で亡くなった。それから、山田さんは「たくさん助けてもらったから、今度は自分がお役に立つ番だ」と思い、認知症の当事者や家族のためにボランティア活動を始めた。現在もスターバックスで働きながら、週に1回は参加している。

■介護活動からコーラスグループまで大忙し

山田さんは言う。

「皆さん仕事を始めるときはいろいろな条件を聞くのでしょうが、私が尋ねたのはボランティアを続けられる勤務時間にしてくださいということでした」

勤務時間は週に2回、10時から14時までを基本としている。山田さんは認知症だけではなく、高齢者施設での介護やコーラスグループでのボランティア活動を行っているため、家でのんびりする日にちはほとんどない。

撮影=門間新弥

スターバックスは高齢者や障害者に対しての理解が深い企業だ。障害者雇用にも積極的で、店内に飾られていた絵画は知的障害者の手によるものだった。

そのような理念の一致が、山田さんが50年ぶりに仕事をすることになり、「かっちゃん」となった理由であろう。

スターバックスは業務を限定した短時間雇用制度を導入し、シニア雇用を積極的に推進している。山田さんもその一人だ。

「若いスタッフは若い人の気持ちをくんだ接客ができるでしょう。私はお年寄りの方の気持ちが分かります。店舗が混雑していて疲れていそうな方にはお声をかけて、席にリザーブカードを置き、座って待ってもらうようにもしています」

■“最年長”だからこそできる接客の流儀とは

気をつけているのは、押しつけがましくならないようにすることだ。ボランティアをしてきた経験から、人は自分でできることを手伝われることでプライドが傷つくことも少なくないことを学んだ。だからお客さんの様子をよく見て、必要そうな人に「お手伝いさせていただいてよろしいでしょうか」とさりげなく声をかけてから動くようにしている。

(撮影=門間新弥)

山田さんは「一期一会」の精神で、心を込めて接客するように心がけているのだという。さらに相反するようだが、一度出会った人とは、長い時間をかけてつき合いたいと思っている。常連の客との会話も仕事の楽しみだ。

「人生でめぐりあえることのできる人はどれだけなのでしょう。縁があって出会うことができた人との関係は大事にしたいと思っています」

孫ほどの年齢のスタッフからは育児相談や恋愛相談を受ける。仕事以外でも、その姿勢は変わらない。50年前の教え子が今もときどき家に遊びにやって来る。ひとり暮らしの高齢者の知人には、毎月25日に必ず電話をかけている。

「あなたはひとりじゃない。あなたを気にしている人がこの世界にいるということを伝えたい」

それでも接客業であれば、大変なことや嫌なことなどもあるのではないか。そう尋ねると、山田さんは「認知症の人に出会ってから、ちょっとしたことでイライラしなくなりました」と笑顔を見せる。

■毎日が新しい日だと思って暮らすこと

「認知症の人を見ていると、日々が新たな一日なんだと思います。玉ねぎは皮をむくと白いきれいな部分が出てくるように、毎日まっさらな1日が現れるんです」

山田さんも毎日が新しい日だと思って暮らすようになった。だからこそ、スターバックスでも自分が最年長だという意識はない。

「姉は78歳の今も現役で薬剤師をしています。私もスターバックスからもう来ないでいいよと言われるまで働きたいと思っています」

撮影=門間新弥

仕事には体力が必要だとジョギングを欠かさず、ハーフマラソンにも参加した。スクワットは毎日30分行っている。店舗から自宅までは、50分間かけて歩いて帰ることもある。

「これまでも子どもが進学したり、孫が生まれたりと自分に幸せなことがあった時には、みんなにもいいことがあるようにという願いを込めて寄付をしてきました。スターバックスで働くことで自分は幸せになったから、少しでも幸せのおすそ分けをしたいという思いです。お店で出会ったお客さんとも、私が働くことで頂いた幸せを分かちあえたらいいなと願っています」

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河合 香織(かわい・かおり)
ノンフィクション作家
1974年生まれ。神戸市外国語大学卒業。2004年刊行の『セックスボランティア』で障害を持つ人々の性の現場を取材し、話題を呼ぶ。09年『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞受賞。
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(ノンフィクション作家 河合 香織)