ポスト・コロナの「新たな常識」/石塚 しのぶ
私が日ごろ生活しているロサンゼルスは約三週間前からいわゆる「ロックダウン」になり、不要不急の外出を控えるようお触れが出されているが、つい先日のニュースではなんと、「カリフォルニア州がコロナのピークを迎えるのは五月中旬」という州知事の見解が発表され憂鬱な気分を禁じえない。しかしそんな中でも、北米では早くも「コロナ後の世界」についてあれこれと予測をしている人たちもいる。そのうちのひとり、トロント大学のリチャード・フロリダ教授の見解に興味をひかれたので以下に要約する。
2020年4月7日の時点で世界の全人口の3分の1が「ロックダウン」状態にあるといわれている。今から二カ月もすれば、「コロナ・クライシス」の第一フェーズは過ぎ、町は少しずつ息を吹き返し始めるだろう。
ただし、「何もなかったかのように」回復するわけではない。パンデミックの歴史を見ると、気候が暖かくなると沈着し、そして季節が変わるとまた感染が始まり・・・というふうに何回かのピークを繰り返して収束していることがわかる。1918年のスペイン風邪の流行も、約3年をかけて1920年にようやく予防・治療法が定着した。しかし、当時の記録によると、人々が公共の場で「安全」であると感じるまでにはさらに2、3年がかかったという。これと同様に、私たちも「新たな常識」に慣れていかなくてはならない。
人やモノの動きが再開し、経済が一刻も早く回復に向かうため、「新たな常識」として提言したいことが四つある。
1.「防護グッズ」の開発
医師、緊急隊員、医療助手、看護師、スーパーの店員さんや倉庫・配達作業員など「フロントライン・ワーカー」の安全を守るため、マスクや手袋をはじめとした「防護用品」が必要になる。
ただし、守られるべきなのは彼らだけではない。アメリカの就業人口の三人に一人は、人に接近することを余儀なくされる仕事や、不特定多数の人と接する仕事に就いている。店舗のレジ係や販売員、航空会社の客室乗務員やグランド・スタッフ、ライドシェア・ドライバーやタクシーの運転手、エステティシャンや美容師、レストランの厨房スタッフや給仕スタッフ、庭師、工事現場作業員、配管工や大工さんなど・・・枚挙にいとまがない。現時点ではマスクが不足しているため、多くの人がマスク着用をあきらめるか、手作りのものを着用するかしているが、本来ならば医学的に効果のあるマスクやその他の防護用品が必要だ。
コロナ後の世界では、空港や交通機関の中、学校やその他の多くの人が集う場所では、防護用品の配布が「常識」になると考えられる。必ずしも無料ではなく、有料で提供するという選択肢もあると思うが、とにかく防護用品の着用・使用が「必然視」されるようになるということだ。SARSの流行の際には、マスクや手袋、その他の防護用品の使用と手洗いの習慣づけが結果的には感染を9割がた抑制することにつながったと報告されている。
しかし、ひとつの問題は、今日、市場に出回っているマスクその他の防護用品はデザイン性に乏しくあまり見栄の良いものでないということだ。それが生活者が着用を躊躇する理由になっている。この非常時に多くのアパレル・ブランドが自社の製造ラインを活用してマスクの製造に乗り出しているが、これらのブランドがデザイナーを起用し、ファッショナブルで親しみやすい防護用品を開発したらどうだろう。また、アマゾン、UPS、フェデックス、ウォルマート、インスタカート、ウーバーなどといった配達・輸送業に従事する会社は、自社の従業員が着用するユニフォームにデザイナーを投入して、見る人の目にも心地よく、着る人の自尊心を満足させるようなワークウェアを考案すべきだ。
2.ソーシャル・ディスタンシング
どれだけ早いタイミングで予防ワクチンが開発されるかにもよるが、少なくとも今後12か月から18カ月の間は、社会的距離の確保(ソーシャル・ディスタンシング)が「新たな常識」になると考えられる。オフィスや工場、店舗など、人が集まる場所では、人々が距離をとって働き、買い物をし、あるいはくつろぐことができるよう、空間デザインの刷新が必要になる。もちろん、大きなことでなくすぐできる小さなこともたくさんある。たとえば、お店のレジの周りの床にテープを貼り、並んで順番を待つ人たちの立ち位置を示すなどといった工夫はもう既に行われている。
大がかりな刷新が必要となる空間もある。たとえば空港だ。セキュリティ・チェックや出入国審査、税関や手荷物受取所、ゲートなど、人の流れを円滑にし、混雑を避けるための工夫が必要になる。スポーツ競技場や映画館、劇場、ショッピングモールなども、人が安心して利用できるようにするには相当の変更が要求されるだろう。レストラン、フィットネス・センター、ヘアサロンやネイルサロンも同様である。
それと同時に、「パーソナル・サービス(個別サービス)」がより主流化する。これは当然の流れだ。コロナ・クライシス以前にも、レストラン業界における「デリバリー」へのシフトはすでに始まっていたが、これがさらに加速化する。いちはやくコロナ・クライシスから脱却した中国ではもう起きている現象だ。ヘアサロン、ネイルサロン、エステ、フィットネス・サービスなどは、「出張サービス」の需要が高まることを予期すべきだろう。また、レストランやバーは、先に述べたデリバリーのほかに、家庭での小規模なパーティに対応する「ケータリング」のニーズが増えることを想定すべきだ。ミュージシャンやその他のパフォーマーにとっても、ホーム・コンサートやホーム・パーティの需要に応えることが新たな収入源になる。
3.検温の習慣化
空港、オフィス、映画館、劇場、スポーツ競技場、学校、学校の学生寮など、あらゆる公共の場で検温が常識となる。これはもうアジアの一部では実装されている。たとえばシンガポールでは、オフィスビルに入館する際の検温が当たり前になっているという。
4.「リモート」化と「ネット」化
ロックダウンのおかげで、何百万という人が在宅勤務を強いられている。これが、コロナ以前からすでに始まっていた「リモート」化に拍車をかけることになった。ロックダウンが終了しても、人々はバスや電車や地下鉄といった公共の交通機関を極力避けるようになるだろう。在宅勤務を奨励する職場も増えるはずだ。
アメリカには「リモート・ワーカー(テレワーカー)」を対象とした町おこしの取り組みも存在する。オクラホマ州タルサでは、「タルサ・リモート」と銘打ち、全米からリモート・ワーカーの誘致を行っている。ニューヨークやシアトル、サンフランシスコ・ベイ・エリア、ロサンゼルスなど、ここ20年間の「テック・ブーム」をきっかけとして発展してきた都市は人口が密集し、住民は家賃をはじめ生活費の高騰にあえいでいる。これらの都市は、今回のコロナ・クライシスで最も影響を受けた地域でもあり、雇用機会の喪失によって移住を余儀なくされる人たちも出てくるはずだ。今後、より住みやすい環境を求めて地方都市への注目が高まってくることは間違いない。
カンファレンスやその他のビジネス・ネットワーキング・イベントも、少なくとも今後1年から1年半の間はウェブが主要媒体になるはずだ。これらの変化に向けて準備すべきは「今」である。コロナウイルスから身を守るため日々あらゆる注意を払いつつも、企業は我々の社会、経済や、関わるすべての人々の生活を守るために動き続けねばならないのだ。