デ・ロンド2020:ロックダウン下のヴァーチャル自転車レース/純丘曜彰 教授博士
ヨーロッパ各国は、もうひどい惨状。都市はロックダウン、当然、自転車レースも、のきなみ中止。ところが、去る4月5日、日曜、伝統あるベルギーの「ロンド・ファン・フランデレン」は開催された。ただし、それはなんと、ヴァーチャルで、だ。
本来、このレースは、約270キロ、トラブルを起こしやすい石畳と急坂だらけで、6時間もかかる。200名近くの国際的な一流選手が出場し、このとんでもない悪路に打ち勝っても、全賞金の総額はたったの5万ユーロ(600万円弱)、1位でも2万ユーロ(約240万円)。だが、このレースは、百年以上も前から続いている。その優勝者の歴史あるリストに名を連ねることは、ライダーとして最高の名誉。ただ名誉のためだけに走る。だが、その名誉が、今年、消えかかった。
ここで代案として出てきたのが、ヴァーチャルレース。その名も「ロックダウン・エディション」。リアルレースに出るはずだったプロのトップライダー13人が名乗り出た。自転車をスマートトレーナーと呼ばれる架台にセット。これがコースの坂道などの負荷を再現してくれる。ヴァーチャルレースのプラットホームは、定評のあるBKOOL社のもの。これが各地でばらばらにこぐライダーたちの走りのデータを1つのレースとして再現する。
メカニックもいないし、サポートカーも、途中補給も無し。ボトルは自分で横のテーブルに並べておく。場所も、自室だの、廊下だの、けっこうなさけないところ。暑いからか、向かい風がないと気分がでないからか、前にはせこい扇風機。途中でそばに子供が来て、とうちゃん、なにやってんの、とか、話しかけたりする。在宅のテレワークと同じ。
これが、ライブストリームで世界配信。コースはラスト32キロのみで、45分ほどのレース。キャラクターのスーツは、それぞれ実際のチームのものだが、全員が同じ体型、同じ顔。石畳のはずが、きれいな二車線の舗装路だし、最近のヴァーチャルゲームなどと較べると、景色の描写も、かなりちゃち。自転車が走り抜けるヨーロッパの田舎の町や山の風景を楽しみにしている私からすれば、かなりのがっかりもの。
それでも、妙におもしろかった。ふつうのレース中継では、プラトンと呼ばれる群走で風をよけて走るので、個々のライダーの様子はよくわからない。ところが、今回は、ヴァーチャルの方はともかく、リアルカメラが、ヘルメットもサングラスも無しのライダーを個別に映し出すので、全身汗まみれで、負荷のかかる「急坂」をアップアップしながらこいでいる様子までよくわかる。
じつは、自転車競技、スポンサーも本業が危機的な状況にあって、レースが開催されない、宣伝にならないなら、もうチーム運営から降りたいという声が大きくなってきている。国に生活まで支えられている呑気なオリンピック連中と違って、ライダーたちも、中止だ、延期だ、しかたない、などと言っている場合ではないのだ。
6月7日から予定されていた、9ステージを擁し、イタリア・フランス・スペインに次ぐ第4のグランドレースと称される「ツール・ド・スイス」も、すでに中止が決定している。だが、代わりに、それより早く、「デジタルスイス5」が挙行されることが発表されている。
これは、1時間ほどのステージを5つ行うもので、日程は4月22日から26日まで、参加チームも「ツール・ド・スイス」と同じ17チームと、今回の「デ・ロンド2020」より、かなり大規模で本格的なものとなる予定だ。プラットホームは、チェコのROUVY。実写風景なので、BKOOLよりはるかにきれいだが、あくまで一人称視点なので、レースとしての見栄えはどうなのか。これが成功すれば、6月開催がペンディングになっている最高峰の「ツール・ド・フランス」もヴァーチャルで行われるかもしれない。
昨今、ゲームはFPS(First Person Shooting、一人称射撃)だらけ。ボタンをピコピコやって、敵を殺しまくる。かつて、ナムコの社長は、自社でシューティングゲームを大ヒットさせながら、そういうのを嫌って、もっと他の可能性はないのか、遊びって、もっと楽しくて、幸せになれるものじゃないのか、と嘆いていた。eスポーツがスポーツか、と疑問が呈されているが、指先でピコピコやるだけがeスポーツではあるまい。もう世界は戻らない。部屋にいても、スポーツはできる。みんなでエアロバイクをこいで、世界のトップライダーといっしょに楽しく走ろうよ。