中村 修治 / 有限会社ペーパーカンパニー 株式会社キナックスホールディングス

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餮(とうてつ)という中国神話の怪物は、何でも食べる。

待ち合わせ場所は、多久聖廟。人妻の浩子が指定してきた。真夏の平日の真昼間。だだっ広い駐車場には、車がたったの3台。そのうちの2台が、ワタシたちである。浩子とは、フェイスブックのやりとりしかなかった。自称40代前半。子どもは2人。なにやら怪しい宗教に傾倒していることだけはわかっていた。

佐賀県の多久は、何もないところである。ひとつだけあるとしたなら・・・「多久のすずめは、論語をさえずる」ってくらい論語教育が盛んであることくらい。孔子の郷と呼ばれている。「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや」と、人妻に会いにやって来た。

聖廟の入口にある仰高門は、さほど高くない。その下に佇む浩子が大きく見えた。大柄の女性が苦手なワタシの歩幅は狭くなった。まわりには誰もいない。平時のど真ん中のこんな場所の待ち合わせ。間違うはずもなかった。

「はじめまして」
その声は、意外なほど小さかった。
「今日は、ありがとうございます」
笑顔で乗り切るしかないと思った。
別段、思惑もない。下心もない。ないない尽くしの人妻の旅である。

「多久といえば、ここですから・・・」
「浩子さんも小さい頃は論語を!?」
「えぇ、論語カルタをするのが多久の小学生の常識なんですよ」
「へぇ!?」
そんなの知っていたけど、知らないふりをしてみた。

「中村さんは、50歳代だから、天命を知るですね」
「天命なんかわかったら死んじゃいますよ、ワタシ・・・」
蝉の声が少し大きくなった。
「浩子さんは、40にして惑わずなのですか!?」
「そんなわけないじゃないですか!?」
孔子廟の上から饕餮(とうてつ)がふたりを睨んでいた。

離婚をしていた。実家で親と暮らしているからなんとか。2人の子どもは、保険の仕事をして養っているという。親戚や近所の人を勧誘しまくった。友達が減った。ときどき知人の男とも寝るけど、決して恋人じゃない。近所に、元旦那の家があるから気が重い。ホントお金が必要。今日の取材も、実は、お金目的である。中村さんさえ良ければ、これからホテルに行っても良い。聖廟の近くにある自然食レストランで、ぶっちゃけ過ぎの話を2時間ほど聞いた。

岐阜に良く出かけるという。なんたらという宗教の御本尊様がある。
元旦那は、飲酒で逮捕されていた。重篤な罪のようで、いまだ拘留中。

「仏法に導かれる時は、その人の人生の分かれ道と教えられました。誰一人として例外なく、その後何か災い災難に遭遇してゆきます。その時に再び折伏してあげることが大切だと言われました。」と切々と、浩子は喋り続けた。

「信心で解決できる事を伝えるのが折伏という私達が最も重要で責任のある修行とおしえられました。なので、驚きはないですが、ここで彼が信心できなかったら、さらにどん底に落ちるとこまでおちます。それを粛々と行うまでです。」

饕餮(とうてつ)は、どうやらひとのココロも喰らうらしい。
いまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん。