2019年12月、安倍政権はスイートルームを多く擁する「世界レベル」の高級ホテルを50カ所程度新設する方針を明らかにした。「財政投融資を活用し、日本政策投資銀行による資金援助で全国各地に整備する」と述べた。30年までに訪日外国人旅行者を6000万人とする政府目標を意識したとみられる。全国にホテルを展開するアパグループ代表の元谷外志雄氏は、この政策を「訪日客は高級ホテルではなくリーズナブルなホテルを望んでいる。五輪で一時的に需要は伸びても、その後空室だらけになる」と指摘する――。

■ホテルの部屋は狭いほうがいい

訪日客の増加とオリンピック開催を理由に、政府はホテルの増設を進めていますが、現状すでにホテルの空室が目立つ「オーバーホテル現象」が起こっています。このままホテルの建設を増やしていけば、オリンピック後にはさらに深刻な「第二次オーバーホテル現象」が起こるでしょう。

アパグループ代表 元谷外志雄氏

ここ数年で訪日客の数は急激に伸長しました。しかし、今後も安定して伸びていくとは限りません。実際に、19年は日韓関係の悪化で韓国からの観光客が大幅に減った影響で、訪日客は対前年比でほぼ同じという統計が出るでしょう。政府は高級ホテルを増やせば、「30年までに訪日外国人旅行者を6000万人に増やす」という目標達成に向けて巻き返せると考えたのではないでしょうか。

■東京では常に月間稼働率100%

ホテルが供給過多の中、われわれのアパホテルはありがたいことに東京では常に月間稼働率100%という状況にあります。それは「新都市型ホテル」を掲げ、地下鉄の駅3分以内の交通アクセスのいい都心部に展開してきたからこその結果だと思います。一方で、プールや大浴場、スポーツジムなどの施設が併設された大規模な高級ホテルは、広大な土地を確保しなければならない以上、立地の悪いところに造らざるをえません。でも、辺鄙な山の上にホテルを造っても誰も行かないじゃないですか。ホテルは立地産業なんです。

価格帯の問題もあります。訪日客もいくら海外から来たからといって1泊3万や5万も払ってホテルに泊まる人は多くありません。政府は高級ホテルがたくさんできれば訪日客が増えると考えていますが、見当違いです。

ホテルはいったん造ってしまうと、その先30〜40年は使わなくてはなりません。オリンピックや万博といった一過性のイベントをめがけて、政府が補助金まで出して50軒も造らせるのは無計画にもほどがあると思います。イベントが終わった後は経営が苦しくなるのは目に見えており、賛成できません。

政府は多くのスイートルームを配置することを推奨していますが、部屋は狭いほうがいいに決まっています。部屋を大きくすると炭酸ガスの排出量が増えて環境に優しくないですよね。アパは炭酸ガスの排出量を一般都市ホテルの3分の1に抑えています。特に欧米の人々は環境問題に敏感で、求められているのはスイートルームではなく環境に優しいコンパクトな部屋なのです。

アパホテルはコンパクトな部屋に大きな壁掛けテレビや大きなベッドを置き、照明は事務所並みの明るさです。そうすると、ベッドの上で本を読んだり、書類を広げたり、地図を見たりと、ベッドを寝るためだけでなく多目的に使うことができる。照明のスイッチを探すためにいちいち歩き回らなければならないスイートルームよりも、ベッドサイドにスイッチをまとめたほうがずっと使い勝手がいいじゃないですか。

高級ホテルと違い、駅近でリーズナブルなアパホテルは、ビジネスマンから国内観光客、訪日外国人まであらゆる人に利用してもらうことができます。一時的な行事のために後先を考えず補助金を出すくらいなら、もっと有意義な税金の使い方がたくさんありますよ。そもそも、本当に今の日本にホテルが必要な状況ならば、民間が自ら計算して建設を推し進めるはずです。以前は6〜7%だった金利も今は0.5%程度にまで下がっている。十分補助金みたいなものですし、それで民間がやらないのなら、それは儲からない投資だということです。

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元谷 外志雄(もとや・としお)
アパグループ代表
石川県生まれ。慶應義塾大学経済学部通信教育部に入学するとともに、小松信用金庫(現・北陸信用金庫)に入社。27歳で独立し、71年、信金開発(アパグループの前身)を設立。現在、マンション、ホテル、リゾート事業など、18の企業からなるアパグループの代表を務める。
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(アパグループ代表 元谷 外志雄 構成=万亀すぱえ 撮影=横溝浩孝)