表彰式を前にポーズを決める羽生(C)共同通信社

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 男子では史上初の偉業も完全復活とはならなかった。

羽生結弦「SEIMEI」復活の裏に5歳下宿敵・チェンの覚醒

 9日のフィギュアスケートの四大陸選手権(韓国・ソウル)は男子フリースケーティング(FS)を行い、羽生結弦(25)が187・60点で、世界最高得点の111・82点をマークした7日のショートプログラム(SP)と合わせ299・42点で初優勝。世界選手権、五輪、GPファイナルなど主要国際大会6冠を意味する「スーパースラム」を達成した。

 フリーでは、2018年平昌五輪で連覇を達成した時のプログラム「SEIMEI」を演じたが、冒頭の4回転ルッツの着氷に失敗。4回転トーループでは転倒するなどミスが目立ち、自己ベスト(330・43点)更新はならなかった。

 平昌以降は若手が急成長。ライバルのネイサン・チェン(20=米国)に、昨年3月の世界選手権(埼玉)で22・45点差、同12月のGPファイナル(イタリア・トリノ)では43・87点差と、いずれも大差をつけられて後塵を拝した。昨年のGPファイナルで世界最高得点をマークしたチェンは、異次元の強さを発揮。これまでどちらかといえば不得手にしていたアクセルのレベルアップを図るなど、進化は増すばかりだ。

 ライバルの後手を踏む羽生を巡って一部では「引退」もささやかれているが、本人は王者奪還に意欲を見せている。

 22年北京五輪で日本勢初の冬季大会3連覇を見据える羽生は、ここにきて指導者や練習拠点の変更も視野に入れている。12年から師事するカナダ人のブライアン・オーサー・コーチと決別するというのだ。

「平昌五輪後、師弟の間で意見の食い違いが見られるようになり、演技構成を巡っては何度となく、衝突してきた。羽生は世界初となるクワッドアクセル(4回転半)に取り組んできたが、オーサー氏は教え子の故障防止を優先して、ケガのリスクが高い大技の実施に難色を示してきた。このままではチェンに追いつけないと判断した羽生は親しい関係者に、『何かを変えなきゃいけない』と漏らし、オーサー氏が所属する『クリケット・クラブ』(カナダ・トロント)から練習拠点を移すことを検討している」(フィギュアスケート記者)

■新たな指導者はロシアの皇帝「自分のモチベーションになっている」

 昨年11月のNHK杯のSP後の会見で「できればロシア人のコーチにも習ってみたい」と、指導者変更を示唆したことがあった。羽生はかねて「フィギュアスケートの原点はロシアだと思う」と、男女とも多くのトップスケーターを輩出する同国への憧れ、尊敬の念を口にしてきた。過去にフリーのプログラムで「ロシアより愛を込めて」を使用していたのも、「原点」に対するリスペクトからだといわれる。

 羽生がカナダ人コーチに代えて、新たに門を叩くのが、「ロシアの皇帝」の異名を持つエフゲニー・プルシェンコ(37)だ。プルシェンコは02年ソルトレークシティー五輪から4大会連続出場し、2個の金を含む4個のメダルを獲得。31歳で出場した14年ソチ大会では団体金メダル獲得に貢献するなど、フィギュア界のレジェンド的存在だ。17年3月に引退してからは、モスクワなどに自身の名を冠したアカデミーを創設してスケーターの育成に励んでいる。

「羽生が口にする『原点』とは、プルシェンコに他ならない。そもそも、五輪を意識するようになったのも、ソルトレークでのプルシェンコの滑りに感化されたからです。小さい頃から憧れの選手で髪形まで真似ていた。羽生は常々『五輪の各大会で演技の印象が異なり、どれも魅力がある滑りです。これは彼(プルシェンコ)独特のもので、自分のモチベーションになっている』と公言してきた。羽生は現役時代に安定感のあるジャンプと、モダンバレエを基にした表現力に定評があった皇帝に師事して、北京五輪での巻き返しを期している」(前出の記者)

 次の冬季五輪は、モスクワ経由北京行きか。