ずっと義父母の介護をしてきた長男の嫁でも相続財産をもらえる制度ができました。しかし注意すべき点も……(写真:Ushico/PIXTA)

義父母の介護をしてきた長男の嫁が、相続財産をもらえるようになる――。そんな話がテレビで話題になっています。ご覧になった方もおられるのではないでしょうか。

これはどういう話なのか? 落し穴は? 備えておくべき準備は? そのポイントについて、今回の記事では取り上げたいと思います。

介護を続けた長男の嫁は本当に金銭請求できるか?

長男の嫁として伊藤家に嫁いだ英子(仮名)さんは、結婚当初から夫である則夫(仮名)さんの父母と同居し、暮らしてきました。子ども3人に恵まれ、それぞれが巣立っていきました。そして、結婚して32年目、夫の則夫さんが急な病気で亡くなったため、この家には則夫さんの父母と英子さんだけが残ることとなりました。この頃には英子さんは60歳になっており、義父母は85歳前後となっていました。

則夫さんが亡くなる3年ほど前から、義父母は歳なりの認知能力の低下を見せ始めていました。日常生活に支障を来すほどではなく、英子さんが毎日根気よく面倒をみてきましたが、則夫さんの死をきっかけに、義父母とも急速に衰え出したのです。

則夫さんには弟と妹がいましたが、2人とも実家から遠く離れた都市に住み、年に1回顔を見せに来る程度。1度に2人もの高齢者の世話をすることとなり、英子さんは心身ともに疲労困憊ですが、義理の弟や妹には助けを求めることもできません。

すでに歩行困難となっていた義母を介護施設に入れましたが、その半年後、義母は静かに息を引き取りました。

義母の葬儀で集まった義弟と義妹は、英子さんに感謝するどころか、義母を介護施設に入れたことを責め、「環境を変えたことが死を早めた原因では?」と言い出す始末。英子さんは、ぐっと奥歯をかみしめ、誰の目から見ても認知症の症状が進んだ義父の手をやさしく握りました。これからは、他人の手を借りることは許されない、義父は自分が最期まで看取ろう、そう心に誓ったのです。

それから数年後、義父は心臓の病気で亡くなりました。英子さんは自分に誓ったとおり、義父を最期まで自分の力で世話をし、看取ることができ、達成感から少し放心状態にありました。

最後の数年は、予想以上に長く厳しいものとなりました。徘徊はしょっちゅうですし、自分の排便排尿を部屋中にまき散らすこともありました。英子さんを認識して、感謝してくれることもありません。英子さんは、つらくて泣き出してしまったこともしばしばありました。

でも、則夫さんという夫と生涯を共にし、その親である義父母にはお嫁に来た頃からやさしくしてもらった、孫もかわいがって育ててもらった、一緒に旅行も行った、いろいろな思いがあって、英子さんは義父母を自分の親と思ってこれまで生きてきたのでした。

遺産分割協議ができるのは相続人のみ

そんな両親を見送って、一息ついたとき、義父の葬儀で実家に帰ってきた義弟と義妹がこんなことを言い出しました。

「母さんは大した財産なかったけど、父さんは銀行にまとまった預貯金や自宅なんかの不動産があるから、ここできちんと遺産分割協議書を作って相続することにしよう」

遺産分割協議とは、遺言がない場合に相続人全員で話し合って、亡くなられた方の相続財産の分け方を決めることを言います。遺言がない場合は、遺産分割協議によって相続人が相続財産を取得しますから、逆に言いますと、相続人でない人は、遺産分割協議に参加することもできませんし、相続財産を取得することもできません。

また、従来「寄与分」という制度があり、被相続人に対し、無償で療養看護等の特別の貢献を行った者に対し、「寄与分」という上乗せの取り分を認めているのですが、この制度の対象は「相続人」に限定されているのです。つまり、ほかの「相続人」と比べ、親の介護など特別の貢献を行った「相続人」に対しては、多めの取り分を認める、という制度です。

英子さんの場合、長男の嫁、という立場ですから、相続人ではありません。遺産分割協議に参加することもできませんし、「寄与分」制度の対象外であるため、寄与分を主張して何らかの相続財産をもらうこともできないのです。

英子さんが長年暮らしてきた義父母の家も義弟や義妹の財産となりますから、ひどい場合には出て行かざるをえないかもしれません。

現実的には、親と同居する息子の嫁が義父母の最期まで日常の世話や介護に尽力する、大変な貢献者である場合が多く見られるのに、実に理不尽な話です。

この理不尽を解消すべく、昨年の民法の改正により、2019年7月1日以降に発生する相続から「特別の寄与」という制度が適用できるようになりました。

従来の制度に比べ、こちらの対象者は特別な貢献をした「被相続人の親族」にまで広がったのです。

嫁は「相続人」ではありませんが当然「親族」ですから、無償で貢献した分を「特別寄与料」として、相続人に対し金銭で請求することが可能となったのです。この新制度のおかげで、無償の貢献が報われるという実質的な公平性が図られることとなりました。

この制度の流れですが、遺産分割協議は、複雑にならないように従来どおり相続人同士で行います。そのうえで、特別寄与者が特別寄与料という金銭を、各相続人に請求するという仕組みです。

税務上はどうなるのでしょう? このケースでは、特別寄与者である英子さんは、特別寄与料を遺贈により取得したものとみなされ、相続税が課税されます。また、英子さんは義父の一親等の血族ではないため、「2割加算」という制度が適用され相続税が2割増しになります。しかし、贈与税ではなく相続税の枠組みの中で解決できる点は、一般的に税負担が抑えられるため、大きなメリットと言えます。

特別寄与料を支払う相続人、このケースの義弟と義妹は、支払う特別寄与料を各人の相続税の課税価格から控除して相続税を算出することとなります。簡単に言いますと、特別寄与料を払うとその分は相続税が低くなる、ということです。

息子が生きているのに嫁がもらうと相続税が2割増し

英子さんのケースは、長男である夫が義父母より先に亡くなったため、相続人ではない英子さんが何とか相続財産の分配にあずかるには、特別寄与料を請求するしかありませんでした。

ところが、もし夫(息子)が生きていた場合、注意しなければならない点があります。

相続人が長男と次男の例で見てみましょう。長男が「自分の嫁が介護を頑張ったから、嫁にも取り分を」ということで、嫁が特別寄与料を請求する。嫁思いのいいご主人ですが、先ほどご説明したとおり嫁がもらう分については「2割加算」という制度の対象となるため、相続税が2割増しとなってしまいます。

長男が100、次男が100もらうところ、長男の嫁へ各人から20ずつ特別寄与料を払うとします。そうすると長男が80、次男が80、長男の嫁が40もらうこととなります。そして、嫁の40については2割増しの相続税がかかりますから、全体としての相続税額は大きくなってしまうのです。

そうであれば、長男の家というくくりで考えて、長男が嫁の分も足して120もらい、次男が80相続したほうが、全体としての相続税額は低く抑えられます。

財産をもらう人が増えると、税率が下がって相続税の合計額が低くなりそうな気がしますが、そういう制度ではありませんので、ご注意くださいね。

特別寄与料をもらうために備えておくべきこと

従来から(相続人限定の)寄与分制度はありましたが、実は「特別の貢献」があったとして寄与分が認められる例は大変少ないのが現実です。最高裁通達では「相続人に通常期待される程度の貢献は寄与分とはみない」ものとされており、「毎食ご飯を作って届け、日常的な世話をした」程度では、扶養義務の範囲内として、一般的に寄与料は認められないのです。

しかし、「被相続人に認知症状が顕著に顕れ、3度の食事、常時の見守り、排便への対応」をするようになってからは特別の貢献として1日当たり8000円、3年間で900万円弱を寄与料としたという判例があるなど、排泄への介助や徘徊への対応が分岐点となることが多いように見受けられます。

そのため、特別寄与料を請求する心づもりのある方は、ぜひ介護日誌をつけることをお勧めします。いつから会話がかみ合わなくなった、いつから徘徊するようになった、そしていつから排泄の世話をするようになった、などを記録しておくと大きな武器となるでしょう。