「勉強しない!」と決めることも主体性だ(写真:プラナ/PIXTA)

授業中、退屈そうにしている生徒。それを見て、教師は内心「あいつ、やる気がないなあ」と嘆く。しかしその状況を客観的に捉えれば、「教師の授業がつまらないんじゃない?」という疑問も湧く。しかしその状況、生徒が悪いわけでも教師が悪いわけでもないかもしれないという調査結果を示す研究が進んでいる。

やる気のなさを批判するのは逆効果

東海大学情報教育センター専任講師で博士(工学)の白澤秀剛さんは、大学生および高校生を対象に、「主体性」の本質を定義し、それを学校教育を通じて伸ばすための方法を見いだすために、数千人単位の調査を行った。

「やる気があれば勉強ができるようになるのなら、ダイエットだって全員成功しているはずです。そうなっていないってことは、やる気は自分の意思ではコントロールできないということです。自分の意思でコントロールできないことに対して批判をされても、逆効果になる可能性が高い」(白澤さん、以下同)

主体的な学びを実現する方法として、いわゆる「アクティブ・ラーニング」という概念が流行した。学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」という表現が使われる。では、学校でアクティブ・ラーニングを行えば、生徒の主体性が伸ばせるのか。白澤さんは「これまでの調査結果からは、単純に課題解決型授業をすればいいとか、グループワークを取り入れればいいという考え方にはならないと予想できます」と言う。

アクティブ・ラーニングを通して主体性を伸ばすためには、アクティブ(主体的)に学ぶようにしかけをつくって、成果が出るように誘導し、主体的学習を継続して行うための成功体験を得るように、かなり綿密な授業設計が必要とのこと。形だけまねしたアクティブラーニングは「アクティブラーニングに名を借りた、単なる放置である」と手厳しい。

文部科学省的な文脈では「学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連づけながら、見通しを持って粘り強く取り組み、自らの学習活動を振り返って次につなげる」ことを「主体的な学び」と表現しているようだが、白澤さんはそこにも疑問を呈する。

「『今はやらない』と決めることも主体性ですよね。面倒くさいけど取りあえず覚えるというのも主体性ですよね。嫌なことを避けるのも、本人の意思に基づいて決めたことなら主体性ですよね。それらの主体性を否定しておいて、都合のいい部分だけを主体性と呼ぶのは無理がある」

白澤さんは、約2000人の高校生を対象に、「いい悪い」ではなく「どこに主体性を向けているか」を評価するアンケート調査を行い、269の学習行動を抽出した。さらにそれを分析すると、「獲得行動」と「回避行動」の2因子が抽出された。

獲得行動とは、「満点や高得点を目指して練習問題を何度も行う」「勉強してもわからない内容があるときは先生に質問する」のような、何かをできるようにするために行う主体的な行動である。回避行動とは、「努力しても無駄と感じたときは勉強を諦める」「授業中に当てられないように、わからないふりをする」など、ストレスや葛藤を回避するために行う主体的な行動である。

それぞれの因子の「多い」「少ない」の掛け合わせで、生徒の学習への向き合い方を「成長志向」「完了志向」「参加志向」「防衛志向」の4つに分類した(図参照)。

(編集部註:外部配信先では図を全部閲覧できない場合があるので、その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


学校によって生徒の主体性の出方が違う

「成長志向」は勉強ができるようになるための努力を進んで行い、ストレスを避けようとすることが少ない状態。大人からすれば「あの子はやる気がある」と見える。

「完了志向」はテストでいい点数をとるための努力はするが、余計なことはしたくない状態。他者評価を気にする傾向が強い。

「参加志向」は、学ばなければいけないという意識はあるので授業には出ているがそれ以上のことはしない状態だ。

「防衛志向」は一般的には「やる気がない」といわれてしまう状態。学習への恐怖を感じ、自信を失っている状態であることが多いと考えられる。

学力が同じくらいの複数の学校で調査を行い比べると、学校によって4つの分類の割合が違うことがわかった。成長志向の生徒が多い学校と、防衛志向の生徒が多い学校に二分されるのだ。この調査を各学校で行えば、その学校の生徒がどのようなタイプの主体性をもっているのか、傾向が一目瞭然にわかる。

4つの主体性分類と授業外学習時間をかけ合わせてみると、当然ながら「成長志向」の生徒の平均学習時間が最も長く、「完了志向」「参加志向」「防衛志向」と続く。一方、一般には最もやる気がないと見なされがちな「防衛志向」の生徒の中にも、勉強時間の長い生徒が一定数いる。白澤さんは「優秀すぎる"浮きこぼれ"の生徒が、学校での学習に意欲をなくしているのだろう」と推測する。

数学・英語・国語の3教科の成績と、4分類の関係を見ると、回避行動の多い「完了志向」「防衛志向」の生徒は数学の成績が低いことがわかった。

「数学は単元が明確に切り替わり、毎回が学び直しになるからだろう」と白澤さんは分析している。英語に関しては「完了志向」でも成績はそれほど下がらない。国語は4分類による差がほとんどない。「英語や国語の場合、それまでの学習の貯金が大きいからでしょう」と白澤さん。

白澤さんは、日ごろ大人たちから受けている「声がけ」が生徒たちに暗示をかけ、主体性を左右している可能性を指摘する。「どうせ無理だよ」「君はその程度だよね」という言葉を頻繁にかけられていると感じている生徒は「完了志向」に最も多い。それ以上に「どうせ無理だよ」というような言葉を日常的にかけられていると感じている生徒が全体で約3割弱にも上ったという結果に白澤さんは驚きを隠せない。

「大人はきっと、悪気なく無意識にそういうことをつい言ってしまうんでしょうね。気をつけてほしいと思います」

また、ある学校の調査で、特定の学年で「成長志向」の割合が急激に減り、代わりに「防衛志向」が激増するという現象が確認された。短期間の間に何があったのかを調べてみると、学校として新学年でのクラスが学力順に決まるクラス分けテストを行っていたことがわかった。

序列化され、下位に位置してしまった生徒たちが回避行動を増やした可能性が考えられる。同様に、大学生を対象にした調査では、自己効力感が下がると獲得行動が減少し、回避行動が増える傾向も見えてきている。

一気にゴールできない「やる気すごろく」

では、どうしたら「成長志向」の状態に導くことができるのか。大学生を対象にした小規模な追跡調査の結果、「努力をした結果として成績が伸びる」というよりも「成績が上がった結果として努力するようになる」と表現するほうがふさわしいとわかった。勉強を頑張ってもすぐに成績が上がるわけではない。しかし前の学期の成績がいいと、次の学期の学習における獲得行動が増えることがわかったのだ。

さらに、主体性の変化には明らかなパターンがあることがわかった。半年間という期間では、「防衛志向」の学生がいきなり「成長志向」に変わることはなかった。「参加志向」の学生が「成長志向」に変わることもなかった。「防衛志向」の学生は必ず一度「完了志向」の状態に移行してから「成長志向」に移行するようなのだ。

さらにいえば、「参加志向」になってしまった学生は、回避行動を増やして「防衛志向」の状態になってからでないと、それ以上の変化が見込めない。

一気にやる気が出るスイッチなど存在せず、いちど「振り出し」に戻り1マスずつ進む必要がある。いわば「やる気すごろく」だ(図参照)。


このことから白澤さんは、やる気のなさそうに見える生徒や学生には、無理に積極的な授業参加や努力を求めるのではなく、いったんは逃げることを認めてあげることが有効なのではないかと訴える。

「逃げてもいいから、イヤイヤでもいいから」などとまずは回避行動を認めたうえで、「最低限これだけは暗記しよう」などと成果の表れやすい努力を促すことが、好循環に入るきっかけになるかもしれないと提唱する。

ただし「無理やり詰め込もうとすると、回避行動が強くなってしまうので、学習行動を学習させることに意識を向けるといい」とのこと。具体的には、小テストで10点満点中2点でも、ほんの少しでも学習行動をしたのならば、「ほら、やったから2点とれたよね」という部分に焦点を当てると獲得行動が増える可能性がある。つまり小さな成功体験を演出し、積み上げてあげることが大切なのだ。

さらに、「完了志向」から「成長志向」へと移行するには、「外在化手法」が有効ではないかと白澤さんは言う。

回避行動をとってしまう生徒を変えようとするのではなく、生徒に回避行動をとらせてしまう要因を「ウイルス」や「妖怪」のようなものだと想定し、それを無力化する方法を具体・個別に考えるのだ。例えば「(授業で)難しい内容が15分以上続くと"放心ウイルス"が活性化する」などと分析し、「難しい内容は10分以内にまとめる」などの方策を発想する。

やる気なんてなくていいからやってみよう!

「調査の結果から、"やる気"というのは、単なる"状態"だと、私は思うようになりました。意志をもっていて、行動できていて、プラスのフィードバックが得られている状態にあることを"やる気がある"といっているだけです。本人の意思で出したり、誰かの働きかけで出させたりするようなものではありません。

そこを理解してやらないと、子どもを余計に苦しめることになりかねません。『やる気って状態だから、自分で出そうと思っても出るもんじゃないよ。やる気なんてなくていいから、やっつけ仕事でもいいから、ちょっとやってみよう』と働きかけるほうが効果的です」

現在、白澤さんは教育ベンチャーと協力して、全国の学校をまわって同様の調査を行いながら、これまでの調査結果からわかったことを現場の教師たちに共有する講演も行っている。白澤さんはこうも証言する。

「このようなメカニズムを知ると、これまで『あいつ、やる気がないなあ』と嘆いたり、つい生徒の態度を責めたりしてしまいがちだったちする教師たちが、『どうやって獲得行動を増やせるか』と発想するように変わります」