あの巨大企業で起きた「59歳女性アルバイト死亡」の深層 遺族に話を聞いてみると…

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ジャーナリスト・横田増生氏の『潜入ルポ Amazon帝国』で明らかになった衝撃の事実――小田原物流センターでは、稼働から5年で5人のアルバイトがセンター内で死亡していた。59歳の女性アルバイト、内田里香(仮名)もそのひとり。遺族は「アマゾンからの連絡は一切なかった」と言う。

なぜ早く救急車を呼ばなかったのか

内田が亡くなった翌日に出勤したアルバイトはこう話す。

「朝礼では、緊急に病院に搬送された人がいるんですが、倒れたワーカーさんを発見してから病院に搬送するまでに時間がかかりすぎた、とは言っていました。けれど、誰かが亡くなったという話は一言も出てきませんでした。

とはいえ、毎日顔を合わせている仲間が亡くなればすぐに伝わります。亡くなったのが内田さんであることは、彼女と面識のあった人ならほぼ全員知っていたんじゃないでしょうか」

朝礼で「搬送するまでに時間がかかった」という話が出たということを聞く前から、私が内田の亡くなった経緯を聞いていて私が繰り返し疑問に思っていたのは、なぜもっと早く救急車を呼ばなかったのか、ということである。

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アルバイトは、作業場への携帯電話の持ち込みが許されていない。しかし、アルバイトでもリーダー以上となると携帯電話を持っている。

内田が倒れているという報告を受けた最初のリーダーが、すぐに救急車を呼んでいれば、もしかしたら内田は助かっていたのかもしれない、との思いが憤りとともに何度も頭を駆け巡った。

なぜ、電話をかける先が、スーパーバイザーやアマゾン社員である必要があったのか。

死因となった、くも膜下出血についてネットで調べると、倒れたらすぐ救急車を呼ぶことが重要だ、とあり、「できるだけ早く治療を始めると、より効果が高く、後遺症もより少なくなる」と書いてある。

死因が何であろうとも関係ない。

話は簡単である。

目の前で意識を失って倒れている人を見たら、119番に連絡する。

なぜこれができなかったのか。

私が物流センターで働いていたとき、いろいろなポスターが貼ってあった。労働者の働きぶりを監視しているようなポスターが数多く貼られていると書いたが、それと同じぐらい多いのが健康に関するポスターだった。

トイレに貼ってある、おしっこの色で自分の健康を確認しましょう、というポスターから、機械の巻き込み事故や転落事故の最新の労災認定の国内の統計数字や、熱中症対策のために水分を補給しましょう──などなど。

アマゾンは、アルバイトの健康に大きな関心を寄せていますよ、というメッセージにも読める。

さらに、休憩室には、「倒れている人を発見したら」というポスターもあった。

「発見者は、すぐ近くにいるリーダー、スーパーバイザー、アマゾン(携帯電話保持者)に連絡」、「リーダー、スーパーバイザー、アマゾンは、呼吸をしてない、返答がない(意識がない)場合は、すぐに119番通報を行う」とある。加えて、「呼吸停止10分で、蘇生可能性50%。救急車は8分で到着(全国平均)。救急車の手配と心臓蘇生法開始が救命の鍵」と書いてある。

人が倒れたら、その後の迅速な対応が、生死の分かれ目になることは、アマゾン内で情報として共有されていたわけだ。しかし、現実に内田に行われたことは、これとはまったく逆のことである。

言行不一致の理由は何なのか。

人命より大事なもの?

アマゾンの正社員として首都圏の物流センターで13年から16年まで働いた山本英樹(仮名)は、ポスターの文言と現実の間に横たわる大きな溝についてこう説明する。

「アマゾン社内では、物流センターでアルバイトの方が倒れたときの連絡系統というのが厳格に決まっているんです。

発見者からリーダー、次にはスーパーバイザー、その次は"アマゾニアン(アマゾン社員を指す)"に連絡を上げていかなければなりません。そのうえで、センター内にある、安全衛生部やセンターのトップであるサイトリーダーに報告して、はじめて119番に電話して救急車を呼ぶことができるんです。

アルバイトであるリーダーやスーパーバイザーが、アマゾニアンの頭を飛び越して救急車を呼べば必ず叱責の対象となります。

内田さんが倒れたという報告を受けたとき、リーダーやスーパーバイザーが考えたことは、おそらく、内田さんの生命のことより先に、アマゾニアンへ報告しなければならないのが気が重い、ということだったでしょうね。

センター内で人が倒れれば、どうやって改善するかという書類を書かされるのです。内容がアマゾンの気に入らなければ、何度も突き返されます。それに、アマゾンの承諾なしに救急車を呼べば、電話した本人がつるし上げられるだけでなく、派遣会社の責任も問われます」

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人命救助よりアマゾンの決めた手順を守る方が大事だというのは、にわかには信じがたい。しかし、山本はこうつづける。

「各センターが気にしているのは、怪我人や病人などの数字です。たとえば、夏になるとどこのセンターでも熱中症のアルバイトが出るのですが、各センターの安全衛生部には、何人以下に抑えるという目標が本社から降りてくるんです。

私は、2度ほど、熱中症にかかったアルバイトと一緒に救急車に乗ったことがあるんですが、その間、何度も、安全衛生部の担当者から、医師から熱中症という診断は出ましたか、それともほかの理由ですか、と電話で結果を催促されたのを覚えています。

彼らが気にするのはアルバイトの体調ではなく、本社に報告する書類に記載する数字だけなんです。お亡くなりになった内田さんのことは残念ですが、小田原での対応を聞いても、私は何の不思議も感じません。アマゾンの社風がよく現われているな、と思うだけです」

遺族に話を聞いてみると…

内田の母親をアパートに訪ねたのは11月中旬の小春日和の午前中のことだった。

小田原市内にある団地の4階のドアの呼び鈴を押すと、80代の三橋佳代(仮名)が出てきた。内田との二人暮らしだったという部屋の間取りは2DKだった。部屋に上がると、懐かしい石油ストーブの匂いがした。

居間にある内田の仏壇に焼香をさせてもらってから、亡くなった当日の朝の様子を三橋に訊いた。

「いつも通りで、全然変わったところはありませんでした。残業があるならやってくるから、と言って家を出ていきました。体調を崩していたかですか? それはなかったですね。いたって健康な子で、アマゾンで働いて4年ぐらいになるんですが、その間、病気で休むこともありませんでした。ただ、ちょっと歯が弱かったぐらいですかねぇ」

内田は、地元の高校を卒業後、最初は生命保険会社に勤めたが、その後、藤沢市にある家電メーカーの工場で20年以上働いた。その間に、同僚の男性と結婚。だが、夫は北陸にある実家を継ぐために単身で藤沢を離れた。10年以上前のことだ。

それからは、母親と二人暮らしをしていた。内田のアマゾンでの収入は月14〜15万円で、それに三橋の年金の約10万円を合わせて暮らしていた。

内田が所属したのはワールドインテックの下請けの《日本郵政スタッフ》という派遣会社で、内田は、週5、6日間、働いていた。

勤務時間通りの午後6時に終わるとき、自宅に到着するのは7時半ごろ。1時間残業して7時に終わるときは、8時半ごろに帰ってきた。

自宅から鴨宮駅まで市バスに乗り、鴨宮駅からアマゾンの送迎バスに乗って、物流センターまで通った。直線距離にすれば5キロ弱のところを、片道1時間以上かけ通勤していた。

内田の9月の出勤時間が書かれたタイムシートによると、8時間労働が23日。それに1時間の残業をした日が5日ある。亡くなる前月の労働時間は、189時間となる。

アマゾンからの連絡はない

母親の三橋はこう語る。

「コーヒーが大好きでね、あの日も、朝食に食パンとコーヒーを飲んで出かけましたが、こんなことになるなんて、本当にびっくりしました」

内田が亡くなった当日、どのような連絡を受けたのだろう。

「娘が倒れたって、日本郵政スタッフの方から電話があったのが午前10時半ごろでした。容体を訊いたら、はっきりはわからないということだったんで、とりあえず、バスとタクシーを乗り継いで、娘が搬送された小田原市立病院まで行ったんです。

到着したのは12時前でしたね。治療室に行ったら、もうダメだ、って先生に言われました。私が到着するのが間に合わなかったんですね。日本郵政の人からは、娘が職場で倒れたので、応急措置をして、急いで救急車を呼んだ、という説明を受けました」

見せてもらった死亡届には、「死亡したとき 平成29年10月10日 午前11時50分」とあり、「発病(発症)又は受傷から死亡までの期間 約3時間」と記載してあった。亡くなる3時間前にくも膜下出血を発症したということなら、9時前後に内田は倒れたことになる。

死亡届を見ながら、私が取材で聞いた話を三橋に伝えた。内田が倒れてから、複数の人間が物流センター内で電話をたらいまわしにして、救急車を呼ぶまでに1時間前後かかっていることなどを。

「そんな話は聞いてないねぇ……」

アマゾンからの連絡は一切なく、日本郵政スタッフの担当者が、9月分と、10月分の給与を持ってくるからという連絡があっただけなのだという。そのほかに受け取ったのは、香典の3万円だけ。

「娘が亡くなってから毎週1回は、お寺に行って、花を供えているんですよ。もうすぐ四十九日が来ます」と言って三橋は薄く微笑んだ。アマゾンを恨むでもなく、娘の死に悲嘆にくれるわけでもなく、その淡々とした口調が印象に残った。