インタビューに応じた琉月さん

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〈残念だけどるな生きて帰ってきたわ。明日も出勤してるから初回指名まってるね〉──水商売歴1年足らずのホスト男性が7月1日、こんなツイートをしたところ、賛否を巻き起こしている。彼はメディアで大きく報じられた事件の被害者だったからだ。事件は5月23日に起きた。この日、東京・新宿区のマンションで、20歳の男性の腹部を刃物で刺し重症を負わせたとして、元ガールズバー店長・高岡由佳容疑者(21)が殺人未遂容疑で逮捕された。

【動画】琉月さんを刺したガールズバー店長・高岡由佳容疑者のコスプレ姿

「好きで好きでしょうがないから刺した」「刺したあと、相手が“好きだ”と言ってくれて幸せだった」という衝撃の供述に加え、警察に連行される高岡容疑者がうっすらと笑みを浮かべていたこと、ぐったりと横たわる被害者のそばで、両足を血に染めた高岡容疑者が平然とたばこをくゆらす写真がSNSで拡散されたことから大きな話題になった。

 しかしその後、被害者の容態や当日何が起きたのかは明らかになっていなかった。そんな中でネット上に現れたのが、冒頭の被害者本人である琉月(るな)さんのツイートだった。

 琉月さんのツイッターには笑顔でポーズをとる彼をバックに「不死鳥るな」と大きく書かれた写真がアップされているほか〈痛みに負けルナ〉〈肝臓刺されたからしばらくお酒のめません〉など、自ら事件をネタにするような内容も散見される。

 そのため「生きていてよかった」といった労りのコメント以外に、「刺した女も悪いが、刺されるようなことをした男にも責任がある」「付き合ってたんでしょ?」「あんな目にあったのにまた復帰するとか頭おかしい」と辛辣なコメントも多く寄せられているが、本人は〈みんなは刺された真実の理由は知らないのですか?〉と反論していた。

 琉月さんのいう真実とは何なのか。あの日本当は何があったのか。彼が勤務するホストクラブ『Fusion-by youth-』へと向かった。

 この店は、東京・歌舞伎町の中でも人気ホストクラブが軒を連ねる、通称「ホストクラブ通り」の中にある。営業開始時間は朝6時だ。早朝にもかかわらず、20代前半らしき大勢の女の子たちがお気に入りのホストたちと、嬉しそうに酒を酌み交わしている。

「はじめまして」といって現れた琉月さんは、折れそうなほど線が細く、表情もまだあどけない。服装もダメージジーンズにシャツというラフなもので、SNSでのアグレッシブな姿からは想像がつかないほどに幼く見える「ハタチの男の子」だった。

 お酒を運んだり、会話を盛り上げようと笑い声を上げたりする様子からはとてもメッタ刺しにされて入院していた姿は想像できない。しかし、肝臓を深く刺されたため、入院直後から、予断の許されない状況だったという。

「意識を取り戻すまで5日間かかりました。医療が進歩していたから助かったものの、助かる確率は2割程度だったそうです。最初は声が出なくて話すこともできず、寝たきりだったから、しばらくはひとりで歩けなかったし、事件があってから食べられなくてかなり痩せてしまって……刺されたときのことを思い出したり、これからどうするかを考えたりすると不安と恐怖で眠れなくなり、カウンセリングにもかかっていました」(琉月さん、以下同)

 彼を悩ませたのは、「ホストへの復帰」だった。

「僕が復帰してから“メンタル強すぎ”とか、“まだホスト続けるの”といってくる人たちは多いけど、本当はホストを辞めようと思っていました。やっぱりお客さんのことが怖くないといったらウソになるし、しばらくはお酒も飲めない訳ですから。だけど自分には、ここしか戻る場所がなかったんです。親がいなくて施設で育って、7人いる兄弟とも音信不通だから、この店の先輩たちがはじめてできた家族みたいな感じで……」 

 琉月さんは栃木県那須烏山市でうまれた。一家が離散したのは小学生の時だったという。兄弟は別々の施設に預けられ、中学を卒業後は建設関係の職人として働くも、人間関係がうまくいかずに退職し、一時期は家もお金もないホームレスになっていたという。そんな彼を“拾って”くれたのが、同店の幹部だった。

「その人は去年の11月、面接に行ったときから、すごくよくしてくれて、ご飯を食べさせてくれたし、寮にも住めるようにしてくれた。入院中には同僚たちと一緒に毎日お見舞いにきて、“お酒が飲めないなら俺たちが代わりに飲んでやる”って言ってくれて、もう一度戻りたいなって思いました。事件のことは店のお客さんは皆知っていること。だったらここで隠すのではなく、すべてを明かしてホストを再開しようと思ったんです」

 復帰の初日、久々に店の扉を開けた流月さんは、心の中で「ただいま」とつぶやいたという。

 事件当日のことは、発生から1か月以上だった現在でも明かされていない。流月さんは、今回の取材を受けた理由を「報道も噂もウソばかりだったから、真実を伝えたかった」と明かす。

 発生直後、各メディアは事件の起きた東新宿のマンションを「2人が数日前から同棲を始めた部屋」と報じた。またネットに拡散された現場写真では、血まみれで横たわる男性が全裸に見えるため、「性行為中に男性のところに他の客から電話がかかってきたため、激高した高岡容疑者に刺された」という話まで、まことしやかに広まった。

「そもそも僕は、この店に入ってから同僚たちと寮で暮らしているんです」と琉月さんは否定し、彼女との出会いから事件の経緯までをこう話す。

「半年前、高岡さんが勤務していたガールズバーに偶然遊びに行ったのが出会いでした。そこからしばらくは連絡をとっていなかったんだけど、4月の頭に、僕が働くホストクラブに来てくれて、頻繁に通ってくれるようになりました。彼女に誘われて、“ねこカフェ”に行ったり映画を見に行ったりすることもありました。お店ではいつも指名してくれて、そのおかげで5月には初めてナンバーワンを獲得しました」

 ふたりは確かに親しかったが、それはあくまで「ホストと客」という関係性だったようだ。また、「激高しやすい」「エキセントリック」と報じられた高岡容疑者だったが、琉月さんの前では別の顔を見せていた。

「とにかく良い子だった、という印象しかないんです。ぼくはあまりお酒が飲めないんですが、高岡さんもそれを分かっていて“私の卓では飲まなくていいよ”と気をつかい、営業成績が伸び悩んでいると、接客のアドバイスをしてくれました。そんな風にお金を使ってくれる彼女の要望にできる限り答えたい、と思っていたところ、“部屋に大きい荷物が届くからお昼頃から片付けを手伝ってほしい”と言われていたんです。それが5月23日でした」

 朝営業のホストクラブは昼頃には終わるはずなのだが、その日は、仕事が長引いてしまったという。

「彼女の部屋に着いたのが午後3時でした。片付けは手伝えたのですが、朝早くから仕事していて、かなり疲れていたのでお風呂を借りて仮眠をとらせてもらいました。僕、お風呂あがりはパンツ1枚で寝るんです。写真が全裸に見えたのは角度の問題で、パンツは穿いていました。事件は寝ている間に起きたんです。

 お腹に違和感があり起きると、包丁が刺さっていて血だらけになっていました。不思議なことに痛みはなかったのですが、驚いたのと恐怖を感じたのとで、ベッドにいた彼女を突き飛ばして逃げ出しました。部屋の中を彼女が追いかけてくるんです。“殺される”と思って無我夢中で逃げました。玄関まで逃げて、ひきとめられたんですが、そこも振り切って、エレベーターに乗って……エントランスについたところで意識を失いました。あとのことは覚えていません」

 報道によれば高岡容疑者は「刺したあと彼に“好きだ”と言われ、うれしかった」と供述しているという。

「確かに逃げている時に“私のこと好き?”と聞かれて、咄嗟に“好きだ”と言いました。でもそれには理由があります。これ以上刺されたら死んでしまうと思ったし、救急車を呼んでほしい一心で、そう言ったんです。彼女が僕に好意を持っているというのは分かっていました。そう言ったらやめてくれると思ったんです」

 実際、救急車を呼んだのは高岡容疑者ではなく、通りかかった近隣住民だった。高岡容疑者は、「彼が死んでいくところを見守りたかったからずっとそばにいた」と供述している。意外なことに琉月さんは高岡容疑者を「恨んではいない」という。

「あの子のなかにも僕を刺す理由があったと思う。ホストをはじめて1年足らずの僕が営業成績を出せたのはやはり彼女のおかげでもあった。そういった彼女の“頑張り”に、僕が報いていなかったのかもしれません……」

 高岡容疑者とは、お互いの弁護士により連絡をとることを禁止されている。そのため彼女に現在の心境を伝えることはできないが「刺されたのが、他の人じゃなくて、俺でよかった。今後は誰に対しても同じことはしてほしくない」と思っているという。

 事件をきっかけに琉月さんの人生には、大きな変化が訪れていた。

「病院に運び込まれたあと、連絡先が分からなかったことから、警察が肉親を捜してくれたんです。それで、音信不通だった兄と姉に会うことができました。5年ぶりに会った2人は、全然変わってなくって“生きててよかった”って、言ってくれました。今後は兄姉と連絡がとれるようになったのは、すごく嬉しい」

 取材後、琉月さんに「傷を見せてもらえないか」と聞くと「写真はだめですが…」と、微笑みながら、シャツをまくりあげた。体に十文字状に走った傷は、縦は正中線にそって胸の真ん中からへそ下まで、横は下腹部を横断するように切られている。深く刺された肝臓部分は、まだ大きくへこみ、縫合のあとが赤いみみず腫れになっていた。

 明るい笑顔に反して、傷は想像以上に大きく痛々しいものだった。

◆取材・文/宇都宮直子