いまや超巨大コンテンツへと成長した「Netflix」。成功へと登りつめたその戦略とは(写真:wellesenterprises/iStock)

アカデミー監督賞受賞の「ROMA/ローマ」から、リアリティ番組「KonMari〜人生がときめく片づけの魔法〜」まで、幅広いジャンルで話題作を生み出し続けるネットフリックス。その成功の秘密はどこにあるのか。ネットフリックスがハリウッド作品への依存から脱却し、オリジナルコンテンツの制作に乗り出した2012年の出来事をジーナ・キーティング著の『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』から一部抜粋し再構成のうえお届けする。(文中敬称略)

ハリウッドとの蜜月の終わり

2012年までにネットフリックスの最高経営責任者(CEO)のリード・ヘイスティングスと最高コンテンツ責任者(CCO)のテッド・サランドスは、ハリウッドとの蜜月の終わりを確信した。ネットフリックスを阻止するために、映画スタジオ大手は最新DVDのリリースを遅らせると同時に、デジタル配信権料の引き上げに踏み切ったからだ。

映画スタジオ幹部の1人はロイターの取材に応じて「われわれはネットフリックスについてすっかり勘違いしていましたね。数年前にデジタル配信権を売ったときには、いずれ脅威になるかもしれないなんてこれっぽっちも思っていませんでした」と語っている。

ハリウッドからのコンテンツ獲得が難しくなり、ライバル勢が同じデジタル配信という土俵に入ってくると、サランドスとヘイスティングスはコンテンツ予算の配分先をコンテンツ獲得からコンテンツ制作へシフトさせ始めた。

オリジナルコンテンツへの最初の大型投資は、イギリスの政治テレビドラマのリメークだった。リメークを模索していたのは映画監督デヴッド・フィンチャー。『ソーシャル・ネットワーク』『セブン』などで知られ、アカデミー監督賞にノミネートされたこともある大物だ。

ドラマ初挑戦ということもあり、テレビ各局は一斉にフィンチャーにラブコールを送った。そんな中、ネットフリックスはどうにかして目立たなければならなかった。それまでに同社が自主制作したドラマは2012年配信の『リリハマー』という風変わりな作品しかなく、正面から張り合える状況ではなかったからだ。

フィンチャーは、ソニーのスタジオを借りて各社のプレゼンを聞こうとした。だが、サランドスは通常ルートを避けて、フィンチャーのオフィスを直接訪ねて売り込みをかけた。契約者データをフィンチャーに見せて、「ネットフリックスの予測アルゴリズムを使えば、多くの視聴者にアピールできます」と説明した。

ネットフリックスは、無数のデバイスに組み込まれたアプリによって膨大な顧客データを蓄積していた。どのように映画を探しているのか? どこで見ているのか? 何時に見ているか? 1日何時間見ているのか? どのシーン・人物を何度も早送りしているのか? どの視聴者にとってどの俳優が魅力的なのか?――こうした契約者の視聴パターンを細かく把握できるようになっていたのだ。

データによればフィンチャーと主演のケヴィン・スペイシーには興味深い共通項があった。両者とも一般視聴者の間では知名度はいま一つだが、フィンチャー監督作品を1つ見た視聴者はフィンチャー監督作品をすべて見たがり、スペイシー出演作品を1つ見た視聴者はスペイシー出演作品をすべて見たがった。

共通項はほかにもあった。フィンチャーとスペイシーのファンはそろって『ハウス・オブ・カード』に興味を持っていたのだ。これは1990年にイギリスで放送された政治テレビドラマで、実はこれこそがフィンチャーがアメリカ向けにリメークしようと考えていた作品だったのである。

1億ドルを用意した

2018年、サランドスは当時を振り返ってインタビューの中で次のように語っている。「われわれにとって未来とは未知の世界を開拓することです。ここで役立つのがビッグデータです。新しいオリジナルドラマを制作しようというとき、ビッグデータを活用すれば適任の監督・俳優を割り出せるし、潜在的視聴者の人数も割り出せるんです。その1回目が『ハウス・オブ・カード』でした」

「長編映画からテレビドラマへ転身するわけですから、フィンチャーにとっても大きな賭けでした。われわれは『これまでのテレビドラマとはまったく違う先駆的なものに挑戦できる』と言ったんです。最後には彼はとてもエキサイトしてネットフリックスを選んでくれました」

巨額の制作費も見逃せない。2シーズンの制作費としてネットフリックスはハリウッド基準でも破格の1億ドルを用意した。

フィンチャーにとって魅力的な要素は制作費以外にもあった。同社経営陣はコンテンツには一切関与せず、監督への全権委任を確約したのである。

『ハウス・オブ・カード』第1シーズンの配信(2013年2月1日)から1年以内に契約者数は3割以上増え、その後も勢いは止まらなかった。ネットフリックスは成功を追い風に、ビッグデータ主導のオリジナルコンテンツ制作を加速させていく。

ネットフリックスは制作現場の在り方を一変させた。ベテランプロデューサーの直感や過去の常識に縛られず、ビッグデータを信じて監督や俳優を選ぶことを基本にした。海外展開においてもビッグデータを全面活用した。

2016年、ヘイスティングスはオリジナルコンテンツの大幅強化を発表した。具体的には、新作とリメークを合わせて30本以上のドラマシリーズのほか、20本以上の長編映画や30本の子ども向けドラマシリーズ、多数のスタンドアップコメディ番組を制作する計画を明らかにした。

これはエンターテインメント業界全体への警鐘であり、消費者の好みや行動が激変する未来へのロードマップでもあった。

業界の大物は危機意識を持って反応した。『セックス・アンド・ザ・シティ』や『ゲーム・オブ・スローンズ』で知られるHBOは制作費を25億ドルへ拡大、テレビネットワーク大手CBSはコンテンツ予算を40億ドル投下、アマゾンはストリーミングサービス「プライムビデオ」用コンテンツに45億ドル支出――。いわば「エンターテインメント版の軍拡競争」が始まったのだ。

競争で優位に立ったのはストリーミングサービスを手がけるIT系巨大企業だ。株式市場から目先の利益よりも成長を目指すよう求められており、大胆に行動できるからだ。旧来型のメディア大手はまともに勝負できなかった。

「利益を出していない企業と競争するのは不思議だし、興味深いですね」とケーブルテレビ局FXのCEOジョン・ランドグラフは語った。「市場シェアを奪うために果敢に投資し、意図的に赤字を出している――そんな企業を相手にして勝負するんですよ。仮にうちが負けてつぶれたら? 敗因は利益を出していることだとしたら?」。

向こう10年の体制を固める

ネットフリックスは目先の利益よりも成長を優先する典型的IT企業だ。2018年までにコンテンツに130億ドル投資し、このうち85%をオリジナルコンテンツへ回す計画を策定した。

株式市場での高い評価をテコにして、ネットフリックスは一流プロデューサーや監督、脚本家を片っ端からスカウトした。大物がこぞってネットフリックスと手を握ったことで、ハリウッド全体を驚愕させた。これによってネットフリックスはドラマコンテンツの面で向こう10年の体制を固めたのである。


今後、ネットフリックスやHBO、アマゾンなどの有力企業がさまざまな形で競争を続け、エンターテインメント、メディア、IT各業界の勢力図を大きく変えていくだろう。

ただし1つだけ決して変わらないことがある。どれだけ各社が大金をつぎ込み、目もくらむようなテレビドラマを制作したところで、1日は24時間しかない。食べたり、働いたり、散歩に出かけたり、ソーシャルメディアをチェックしたり――。残った時間を各社で奪い合う競争でもあるのだ。

ヘイスティングスは予測している。ひょっとしたらそれはもう起きているかもしれない。

「死ぬほど見たい映画やドラマがあったらどうしますか? 夜更かしするしかないでしょう。つまり競争相手は睡眠。ここでもわれわれは勝ちつつあります!」

(翻訳:牧野洋)