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“平成”最後の放送となった4月27日の「サワコの朝」のゲストは、女優の倍賞千恵子さん。21歳の時に「下町の太陽」で歌手デビューし、同作が山田洋次監督の手で映画化されるとその主演を務めました。その後、昭和から平成にかけて172本もの山田洋次監督作品に出演。高倉健さんとの「幸福の黄色いハンカチ」や渥美清さんとの「男はつらいよ」をはじめ、今も語り継がれる名作を辿りながら“令和”に語り継ぎたい大切な事をお話していただきました。

スタート地点は童謡歌手!倍賞千恵子の幼少期から松竹歌劇団まで

映画デビューを機に芸能生活をスタートさせた倍賞さん。実は、歌手歴の方が長いそうで「小さい時に童謡歌手をやっていました。疎開先にいた頃から歌ってたかな」と言うと話題は幼少期の話に。都電の運転士を務める父のもと東京・巣鴨で育った倍賞さん。童謡歌手時代は、歌を習いに表参道に通っていたと言い「父の電車に乗れるといいなって思って。確率がものすごい低いんだけど、会ったときに窓開けて!と言うと開けてくれて...。夏だったんだけど、その風を浴びながらお父さんが運転している電車の中で凄く誇らしいというか、嬉しかったのを覚えている」と振り返りました。

疎開先で「赤城の子守唄」を歌っていた倍賞さんは、小学校に学校放送が出来た際に初めてマイクの前で歌ったといいます。その時に歌った思い出の「木の葉のお舟」を聴きながら当時の思い出を回顧しました。その後は、両親からの勧めで松竹音楽舞踊学校に進んだ倍賞さん。歌に踊りにお芝居にと芸事に励む三年間で「私は、三味線が好きでした」と言うと卒業後に入った松竹歌劇団での出来事を披露してくれました。「私は1年目で映画へ行ったので妹・倍賞美津子の方がソロで活躍していました。網タイツ履いて足上げた瞬間に客席に靴を飛ばしちゃった事があるの。でも、それは靴の紐をきちんと結んでいなかった私がいけなかったわけで、そういう時は、共演者の全員の部屋を謝りに回るんです」と厳しい規則があったことを明かしました。「でも、二度としないと思うようになるし、挨拶の仕方とか社会的なことを初期に教えてもらって凄く良かったと思っています」と、松竹歌劇団への感謝を語りながら当時の話に花を咲かせました。

出演映画の3分の1は山田洋次監督作品!渥美清さん、高倉健さんら名優との秘話を披露

松竹映画からのスカウトを受け、映画の世界へ入った倍賞さん。「見るのは嫌いじゃなかったけど、カメラの前でお芝居するっていうことが頭の中に全然なかった」というと「卒業して、さぁ!これからあの大きな舞台で歌ったり踊ったりできるんだっていうことがもう楽しくてしょうがない時だったから、どうしてそっちへ行かなきゃいけないの?と思ったけど(先生が言うことは)絶対でしたから」と映画の道を歩み始めた意外な心境を吐露。時には「海に向かってバカヤロー!映画なんて大っ嫌いだ!」と叫んだこともあるほど葛藤した胸の内を明かしました。数々の役をこなしていく中で、その"バカヤロー"が少なくなっていったという倍賞さん。これまでに172本出演した映画の3分の1が山田洋次監督のものだというと、話は1作で終わる予定だったという「男はつらいよ」のエピソードに。

「渥美清さんは人間としてどうあるべきかを教えてくれた」と言うと、辛い時には理由も聞かずに一緒にいてくれ、それだけで満たされたという存在の大きさを話しました。サワコと共に映像を見ると「動いてるもんね。まいっちゃう」と今は亡き渥美さんの姿に感極まる一幕を見せた倍賞さん。「"男はつらいよ"という山田さんの作品を通じて、渥美清さん演じる寅さんの体を通して、社会とか人間のあり方を学んだ。私は人生の学校を27年かけて卒業したけども教えてもらって良かった」と話しました。また、名作「幸福の黄色いハンカチ」で共演した高倉健さんとの秘話も披露。「両方タイプの人」というと渥美さんに続き病については明かさなかった高倉さんとのエピソードもお話していただきました。

「サワコの朝」はインタビューの達人・阿川佐和子が土曜の朝に素敵なゲストを迎えて送るトーク番組です。MBS/TBS系で毎週土曜あさ7時30分から放送中。ゲストの心に残る音楽と秘蔵トークをお楽しみに!

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