トヨタ自動車の豊田章男社長が、6月にデンソーの取締役に就くことになった(撮影:風間仁一郎)

トヨタグループ各社の決算発表が集中した4月26日。この日のトップバッターを務めたデンソーから衝撃的な人事が発表された。トヨタ自動車の豊田章男社長がデンソーの新任取締役に内定したというもの。今年6月の定時株主総会および総会終了後の取締役会を経て、正式に着任する。

名古屋市で開かれた記者会見では「今回の人事はグループ連携の一環なのか」との質問が出た。デンソーの有馬浩二社長は「特段の連携強化ではなく、弊社独自の歴史がある。トヨタの偉い方がわれわれの取締役になって議論をしてきた流れがあり、豊田社長も『今のタイミングならいい』ということで入って頂くことになった」と答えた。

豊田家出身の役員兼任は章一郎氏のみ

有馬社長が引き合いに出したのは、章男社長の父である豊田章一郎氏(現名誉会長)と1999年から社長を務めた現相談役の張富士夫氏だ。章一郎氏は取締役を1964年から2015年まで50年にわたって務めた。張氏は2003年から2015年まで監査役を12年間務めている。トヨタ出身者がデンソーの役員を兼任したケースはほかにもあるが、豊田家出身では章一郎氏のみだ。


有馬社長は「グループの連携強化」を否定し、同社広報も「特定のカーメーカーとのつながりのために来てもらうわけではない。次世代のモビリティ社会を作って行く中で大所高所から助言をもらう」とする。

しかし、デンソー側の説明を額面通りに受け取ることは難しい。トヨタグループは近年、豊田社長が音頭を取る形でグループ内の連携強化や事業の再構築に取り組んでいるからだ。ある領域で強みのある会社を「ホーム」と位置づけ、事業を集中させている。

デンソーはトヨタの一部門だった「電装部」が分離独立して1949年に「日本電装」として創業。現在トヨタはデンソーに23.7%出資する筆頭株主だ。トヨタとデンソーは昨年、主要な電子部品事業をデンソーに集約することで基本合意。今月には、2020年4月にトヨタの広瀬工場における電子部品の生産をデンソーに移管し、電子部品の開発機能もデンソーに集約することを発表した。

トヨタはハイブリッド車(HV)を中心とした電動技術の特許を2030年まで無償開放する方針を打ち出し、HVシステムの外販でデンソーが担う役割も大きい。デンソーとアイシンが今月共同で設立した会社は電動車用の駆動モジュールの開発・生産を行う。世界各地で今後加速する自動車の電動化をビジネスチャンスと捉えた動きだ。

グループ内の連携は電動化領域に限らず、自動運転にも広がる。トヨタ、デンソー、アイシン精機の3社は昨年、自動運転のソフトウェア開発を行う新会社を共同で設立。今月には、トヨタとデンソーがソフトバンクグループとともに米配車大手のウーバー・テクノロジーズの自動運転開発部門への共同出資を決めるなど、協調して動くことが増えている。


4月26日の記者会見で「(豊田章男社長のデンソー取締役就任は)特段の連携強化ではない」と説明するデンソーの有馬浩二社長(記者撮影)

そんな中、デンソーが今回の取締役人事について、「グループ連携の強化」と大手を振って言いにくいのはなぜか。それはトヨタ以外の顧客の存在があるからだ。

デンソーの車載事業の売上高のうち、トヨタグループ向けは52%、グループ外は48%とほぼ拮抗している。デンソーはいまや年間売上高が5兆円を超える世界トップクラスのサプライヤーだ。サプライヤーと自動車メーカーは技術情報を密にやりとりしており、ライバルメーカーのトップが取締役会メンバーに入ることを手放しでは喜べないだろう。また、供給する部品の価格面でもトヨタグループ向けと非グループ向けが同等でなければ、顧客離れを招きかねない。

「トヨタ優遇」の懸念を払拭できるか

26日にデンソーが東京で開いたアナリスト向け説明会では、「トヨタ以外の顧客にとって、(今回の取締役就任は)ガバナンスなどネガティブな面もあるのではないか」との質問も出た。デンソーの松井靖経営役員は「確かにトヨタ以外のお客からトヨタ優遇と思われる。きちんと説明していく」と答えたものの、説明ぶりはやや苦しかった。

デンソーの2019年3月期の売上高は、5兆3628億円で前期比5%の増収となったものの、営業利益は3162億円と同23%減となった。将来の成長領域に向けた先行投資がかさんだことやソフトウェア関連の品質費用を引き当てたことが響いた。2020年3月期は、強みとする安全製品の拡販や車両の電動化を追い風に増収増益を見込む。

「100年に一度」と呼ばれる自動車業界の大変革期を乗り越えるためには、経営のスピードアップは不可欠だ。デンソーからトヨタに打診して実現したという今回の人事。はたして吉と出るか凶と出るか。