「走り」と「学び」の関係性について語った山縣亮太【写真:松橋晶子】

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連載「ニッポン部活考論」―秀才スプリンターが実践した「文武両道」のカタチ

 日本の部活動の在り方を考える「THE ANSWER」の連載「ニッポン部活考論」。今回は「部活と勉強」を取り上げる。登場してくれたのは、陸上男子短距離の山縣亮太(セイコー)だ。

 リオデジャネイロ五輪男子4×100メートルリレーで銀メダルを獲得。100メートル日本歴代2位タイの10秒00の記録を持ち、夢の9秒台に挑戦を続ける26歳は、日本人相手に25戦無敗と目下、無類の強さを誇る。特に、日本人スプリンターの課題とされる海外の大会でもタイムが落ちないという強さは、特筆すべきものがある。

 東京五輪で100メートルのファイナリストの期待がかかる男は、広島の名門進学校、修道中・高を経て、慶大に進学した。その裏では「学び」に対して強いこだわりを持ち、それが「0.01秒」を縮めることと戦い続ける競技生活に生きているという。そんな秀才スプリンターが思う「走り」と「学び」の関係性とは――。

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「走ること」と「学ぶこと」。両者において、どんな相関性があるのか。勉強について、山縣は「そんなに得意だった訳じゃない」と謙遜するが「性格的に凝りやすい。がっと入り込んでしまう。要領が良いタイプではない部分もあって、やり始めると止まらなくなるタイプだった」と“学びのキャリア”を振り返る。

 幼少期は地元・広島で野球と陸上に打ち込み、「走り」に専念した小5で100メートル全国大会8位。非凡な素質を見せていた傍らで、学習塾に通っており、親の勧めもあって中学受験した。合格したのは修道中。一貫校の修道高は総理大臣を始め、政治家、実業家など著名人を多数輩出し、東大合格者も出る名門だ。

 中高6年間。中学時代から全国大会に出場し、高2の世界ユース選手権4位入賞するなど、部活に打ち込む一方で勉強を疎かにすることはなかった。300人いる生徒で成績は50番以内と上位に入った。

「その時は完璧主義なところがあった。年齢とともに完璧じゃない、人間らしさに魅力を感じ、価値観も変わって来るものだけど、当時はとにかく“何でもできることがカッコいい”という理想があって『(勉強も部活も)やってやろう』と思っていた。得意科目は社会、世界史でしたね」

 スポーツ強豪校ならば、部活優先で勉強が後回しにされることも少なくない。しかし、「部活と勉強」には共通項があり、学業の“学び”は決して無駄にならなかったと感じているという。

生物の勉強は競技に生きないけど…アプローチに共通する「PDCA」とは

「例えば、生物の勉強が競技に生きることはほとんどない。でも、そういうことより“自分の能力を伸ばす”という発想に立った時、そのアプローチの仕方は似ている。PDCA(ビジネス用語で、計画<plan>→実行<do>→評価<check>→改善<act>を繰り返すサイクル)がまさにそう」

 陸上短距離の練習は、自分との闘いだ。最も良いと思う理想の走りを掲げ、実際に1本1本走り、今のフォームはどうだったのか。内省しながら、次の1本で良化を目指す。道具を使ったり、相手がいたりする競技と異なり、外的要因でパフォーマンスが左右されることが少なく、より「PDCA」の質が競技力の向上に影響を及ぼす。

 勉強も「PDCA」は同じ。正しく知識を得て、試験で良い点を取るためにどんな方法が必要か。道筋を立て、評価・改善を繰り返す。暗記物はメモを取って覚えるタイプという山縣は「陸上でもメモを取って繰り返し見て、知識を定着させるとか。自分の能力を伸ばすという点においては勉強と似ている」と明かした。

 そもそも、書いて覚える原点は小学校時代にあった。担任が「学問ノート」なるものを作り、1日1ページ以上、科目は何でも構わないから勉強した内容を書くことを日課とされた。人によっては10〜20ページ書く者もいた。「それをとにかくやっていた」と言い、こうした“書き癖”は今なお、競技で実践している。

 こうして、勉強で培った“能力の伸ばし方”を陸上に応用することは競技人生に生きたという。何より、自分で決めたことに手を抜かずに成し遂げるという実行力は、どちらにおいても重要だ。

「そうすることで、粘り強くなる。陸上でも“頑張りどころ”というものがある。うまくいかず答えが見えないところから、本気を出して答えを見つけないといけない。僕でも、ふとした瞬間に気が緩んだり、満足したりしてしまうことがある。もうひと息、頑張らないといけない時、勉強と向き合っていた経験が“頑張る習慣”を自分に与えてくれると思う」

 培った学びの習慣は、考える習慣につながった。AO入試で慶大に合格。陸上の強豪ではあるが、コーチがいない特殊な環境だ。その裏には明確な狙いがあった。

「陸上の視点に立ってみると、そういう環境がとても良かった。コーチはいない分、選手が主体的にメニューについて意見を出し合い、考える場ができている点が魅力的だった。足が速くなるために選手がそれぞれに考えを持ち、例えば、自分は空手をやって生かそうと試したこともある。そういうことを思う存分に実践できる場所。それが凄くいいなと」

 自分の頭で考え、行動する。それが結びついているのが、日本人にしては珍しく海外での大会に強いことだ。「まだまだ発展途上と思う」と前置きをした上で持論を語る。

ちょっと前の自分に言いたい、「もうちょっと、勉強を習慣化しておけよ」って

「例えば、海外に出た時、なぜ日本の短距離選手が記録を出せないか、ずっと理解ができなかった。環境、サーフェスなど、要因はいろいろと言われるけど、本来は出せたはずのタイムが出せなくなってしまうことが分からない。自分なりに安定性を意識して競技に取り組むようになった。それが結果として出てきていると感じている」

 山縣はリオ五輪の100メートル準決勝で当時の自己ベスト10秒05をマークしたことが証明しているように、海外、レース展開、大舞台を問わず、強さを発揮。それは、従来の日本人スプリンターと一線を画す。海外に行くと、結果が残しにくい原因については「自分のパフォーマンスを理解し切っていないんじゃないか」と考えている。

「隣のレーンに立っている選手の国籍、人種、あるいは食事が違うとか、いろんな要素を細かく分け、自分のパフォーマンスをコントロールできるかどうか。体の状態、技術、メンタルはどうか。そういうものが安定していれば、海外に行っても結果が出せると思う。空気が違う、食事が違うことなどは僕は大した問題になったことはない」

 こうした背景があり、山縣は今、速いだけじゃなく、強いスプリンターとしての地位を築きつつある。その一部となったのは“学び”から培ったものだ。今、勉強する意味を見い出せない青少年アスリートたちに向け、こんなことを考える。

「勉強というは学ぶことを習慣にするもの。そのために必要な取り組みだと思う。どういう学習内容かは関係ない。学び続ける姿勢がなければ、上に行けない。自分のキャリアでも思うのは伸び悩んだ時、そこから抜け出せた時はハングリー精神があった。その粘り強さを身に着けたのが勉強の場。そうして論理的に考える癖がつけば、陸上、スポーツにとっても凄くいいことと思う」

 目標を立て、課題を見つめ、挑戦と反省を繰り返し、成長していく。そんな作業は、9秒台を目指すそれと似ているように感じる。山縣は「それは、あると思います」と言って笑い、こう続けた。

「ちょっと前の自分にも言いたい。『もうちょっと、勉強を習慣化しておけよ』って。そうすれば、あの時の時間のロスはなかった、もっと早く答えに辿り着いていたなと思うところがあるから」(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)