横浜DeNAベイスターズ中後悠平投手(写真:TBSテレビ提供)

華やかなプロ野球の世界。活躍した選手には名誉と莫大な報酬がもたらされる一方で、競争に敗れ、表舞台から去りゆく選手がいる。そんな「戦力外通告」を受けた選手をドキュメンタリーで描いてきたのが、TBSテレビの『プロ野球戦力外通告〜クビを宣告された男達』だ。

12月30日(日)夜11時からの放送回で通算15回目を迎えるこのシリーズ。プロ野球選手の姿は特別な存在ではなく、不況の中では誰の身にも起こりうる“究極のリアル”でもある。放送を控え、番組に関わるサイドストーリーを取材班が3回にわたってリポートする。

第2回はアメリカ球界にわたった中後悠平(なかうしろ ゆうへい)投手が戦力外通告を経て、迎えた激動の2018年シーズンをお届けする。

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「練習場所があることは、本当にありがたいですよね」

神奈川県横須賀市にある横浜DeNAベイスターズの総合練習場で、二度の戦力外通告を乗り越えてきた男が、清々しい汗を流しながら自主トレーニングに励んでいた。その練習後、インタビューを受ける傍らには、3歳になった長男の笑顔がはじけている。

年末恒例となったこの取材も3回目。「今年も、なんとか、首の皮一枚つながりました」と中後悠平が苦笑する。2018年は、彼にとってこれまで以上に激動の1年となった。そしてそこには、プロ野球選手として闘い続ける中後と、今まで語られることのなかった家族との知られざるエピソードがあった。

中後に告げられた二度目の戦力外通告

2015年に千葉ロッテマリーンズから戦力外通告を受けた中後は、その翌年からダイヤモンドバックス傘下のマイナーリーグでプレーし、メジャー昇格に挑んできた。その姿は『プロ野球戦力外通告〜クビを宣告された男達』(TBS系列)をはじめとして、さまざまなメディアで既報の通りだ。

しかしその挑戦は、2年半で突如幕を閉じることとなる。2018年6月17日、遠征先での試合を終えて荷物をまとめていた中後は、監督室に呼ばれた。そこで、プロ野球人生で二度目の戦力外を告げられることとなった。

「今年に限ったことではなく、覚悟はずっとしていましたよ。遅かれ早かれ、悪かったらクビを切られることは分かっていたので。一年一年の勝負の中で、今年は結果を残せていなかったので、そろそろあるかなと」

2Aからのスタートとなった今シーズン、中継ぎ投手として24試合に登板し、1勝1敗で防御率は5.29。決して良いとは言えない成績だった。日本とは違って、シーズン中に選手を解雇するのはアメリカでは日常茶飯事だ。

生存競争の激しいマイナーリーグにあって、結果を示せていなかった中後は、シーズン途中での解雇は頭の片隅に常にあった。かくして、中後のメジャー昇格への夢は終わりを告げることになった。

解雇を告げられた遠征先からの帰路。

片道13時間の道のりをバスで移動しなければならない中後は、いつもなら狭い座席に身を埋めて眠りにつく。しかしこの日は、さすがに眠りにつくことはできなかった。6月というシーズン途中での自由契約に、次のチームが見つかるのだろうか。マイナーで頑張ってきた自分を、評価してくれているチームがあるのだろうか……様々な思いが頭を駆け巡っていた。


二度目の戦力外通告を受けた時を振り返る中後悠平。『プロ野球戦力外通告〜クビを宣告された男達』(TBS系)は12月30日(日)夜11時から放送です(写真:TBSテレビ提供)

「中途半端な時期に辞めたら、なかなか仕事なんてないでしょうし。メジャーの残り29球団のうち、どこかから今年だけでも話をもらえたら……という気持ちでしたね。見てくれている人もいるんじゃないか……と微かな望みを抱いていました」

バスが出発して5時間ほど経った時、重苦しい気持ちを抱えた中後のスマートフォンが鳴った。それは、日本に残してきた妻・光からだった。妻にはクビになったことはすでにメッセージで伝えていた。

しかし、その電話の内容は、戦力外通告を受けたこと以上に、中後にとって衝撃的なものだった。敬愛する義父が、癌と宣告されたことを告げる電話だったのだ。

「『いつ日本に帰ってくるの?』『まだアメリカで頑張るの?』とか、そういう電話だろうと思っていたんですよ。でも、お義父さんが癌と言われたという内容で。クビを言い渡されたことよりも、そっちのほうの衝撃が大きかった」

父の日に「2つの宣告」を言い渡された中後

中後が、自身の戦力外と義父の癌という2つの宣告を言い渡された2018年6月17日。奇しくも、その日は父の日。車窓から見える夜景が、やたらと目に染みた。

両親が遠方に暮らす中後にとって、義父は尊敬できる第二の父親のような存在であり、良き理解者でもあった。中後が千葉ロッテから一度目の戦力外を通告された時、前年に結婚したばかりの妻のお腹には、一つの命が宿っていた。

プロ入りした時は独身だった中後にも、すでに守るべき大切な家族が増えていたのだ。それでもまだ、自分の可能性に挑戦したい気持ちが胸にあった。逡巡する中後の背中を、義父が力強く押してくれた。

「結婚して、子どもができて、ロッテをクビになって、それでも野球をするなんて、普通の親やったら許せないですよ。でもお義父さんは、『まだやれるんだから、どこでもいいからやれ。気が済むまでやれ。どうにかするから』と言ってくれて。

アメリカの話をもらった時もすごく前向きに応援してくれて。『家のことは任せろ、子どものことも任せろ、どうにかなる』って、ずーっと言ってくれて」

中後のアメリカ行きに際し、妻と生まれたばかりの長男は、神奈川県三浦市に住む義父と義母が面倒を見てくれることになった。そしてオフに中後が帰国中には、その家で同居させてもらいながら近所の野球場や公園でトレーニングを積んでいた。

中後を実の息子のように気にかけ、影になり日向になり支えてくれていた。そんな義父に、中後はメジャーで活躍する姿を見せることで恩返しをしたいと考えてきた。

「アメリカにおる時も、義父は慣れないインターネットを使って、その日の試合で僕が投げたかどうか、抑えたかどうか、いつも戦績を調べていたらしいです。僕には連絡してこないんですけどね。でも、陰で応援してくれていて。最近は僕がずっと打たれていたんで、抑えた時は『今日はうまい酒が飲める』と喜んでくれていたみたいです」

人生で二度目の戦力外通告により、野球で恩返しをするという願いは叶わなくなったかに見えた。そんな矢先、思わぬオファーが中後のもとに飛び込んできた。左のリリーフピッチャーの補強を考えていた横浜DeNAベイスターズが、中後に興味を示したのだ。


時折、笑顔を見せた中後悠平。『プロ野球戦力外通告〜クビを宣告された男達』(TBS系)は12月30日(日)夜11時から放送です(写真:TBSテレビ提供)

アメリカでの戦力外通告からわずか11日後、横須賀にあるベイスターズの総合練習場で、シーズン途中での異例の入団テストが行われた。野球人生をかけたマウンドに、中後は立っていた。

ベイスターズの一員として新たなスタートを迎えた中後

持ち味のキレの良いストレートとスライダーを中心に、中後は好投を見せた。終わってみれば、打者7人に対して三振2つ、ヒット性のあたり一本に抑えていた。

そして、今年7月4日にベイスターズは中後の獲得を発表した。横浜DeNAベイスターズの投手として、中後は新たな人生のスタートラインに立ったのだ。球団は家族全員が住む神奈川県が本拠地。そして何より、義父はベイスターズの大ファンだった。

戦力外通告を受けて帰国して以降、中後は入団テストやトレーニングの合間を縫って、毎日のように義父を見舞っていた。会うたびに、義父の病状が進行していることにも気がついていた。

「ほぼ毎日病院に行ってたんですけど、会うたびに体も痩せていって、声も出ないようになって。最後はロクに声もかけられずに、何も言えず……悲しいですよね」

それでもなお中後は、ベイスターズのマウンドで投げる勇姿を、義父に見せる日が来ることを願わずにはいられなかった。メジャーでその姿を見せることはできなかったが、今度こそ結果で恩を返したい、自分が励ます番だ、そんな強い思いを胸に秘めていた。

だが無情にも、そんな中後の願いも叶うことはなかった。実の父親のように慕っていた義父が、この世を去ったのだ。癌の宣告を受けてから、わずか1カ月程度の出来事。やりきれない思いが口をついた。

「ホンマに、恩返しの『お』の字すら返せてないですよね。実の親以上に世話をしてくれて、ホンマに……何も言えないっていうか。ホンマに何もできなかったですよね……」

中後は、ごく身近な人間に言っただけで、球団に伝えることを差し控えた。義父が天に召された日は、一軍に合流しての練習日と重なっていた。

一軍に上がれるかどうかの瀬戸際にいた中後にとって、大事な時期でもあった。中後の心は揺れていた。練習に参加すれば、義父との最後の別れとなる通夜にも葬式にも参列することは叶わなくなる。その気持ちを見透かしたかのように、妻と義母がこう言って背中を押した。

『せっかくもらったチャンスなんだから行ってきて。そっちのほうがお父さんも喜ぶから……』

「だから、練習に行くことを決めたんです。それに行ったおかげで、その3日後ぐらいに一軍にあがれたんですよ」と中後が反芻した。


良き理解者だった義父との別れは中後にとっても耐えがたいものだった。『プロ野球戦力外通告〜クビを宣告された男達』(TBS系)は12月30日(日)夜11時から放送です(写真:TBSテレビ提供)

中後のプロ一軍のマウンドへの復帰は7月20日、実に1421日ぶりのことだった。その姿を見せることは叶わなかったが、中後には義父からかけられた忘れられない言葉がある。もしかしたら義父は、自分に残された時間を分かっていたのかもしれない。

「ベイスターズへの入団が決まったことを報告して、ハマスタまで見に来てくださいって伝えたんですよ。そうしたら『十分、お腹いっぱいだよ。これから先、頑張れ。これでまた夢を掴んだ。チャンスだ。絶対モノにしろよ』と言ってくれて……」

理解者である義父に返しきれない「恩」

どんな時でも中後の理解者となり、支え続けてくれた義父には、返しても返しきれない恩がある。中後は、「自分はまだ結果を残した選手ではない」と唇をかみしめる。その一方で、自分の可能性を諦めることなく、挑戦し続けてきた中後の姿が、義父にとっては十分すぎる恩返しになっていたのかもしれない。

そして波乱に満ちた中後のプロ野球人生において、何より欠かすことのできない存在がいる。妻の光だ。幼い息子2人を抱えながら中後を支え続ける妻・光。戦力外通告から一軍のマウンドに立つまでの怒涛の日々を振り返る時、中後はどんな状況でも気丈に振る舞う妻に、感謝せずにはいられなかった。

本来ならば、実父の病気と夫の戦力外通告を同時に受け、いちばん辛かったのは妻なのではないか。そして、実父に残されたあまりにも短すぎた時間を支えるだけでなく、夫が野球に集中することができるように気を配り続けたのだ。

「妻がいちばん辛いんですよ、ホンマは。ダブルショックですよ。僕がクビになって、お義父さんは癌って言われて。いちばん辛いのに、頑張って支えてくれてね。辛いって言葉じゃ収まりきれないと思う」

そんな妻と息子たちの存在は、中後を鼓舞するには十分なものであろう。義父が天に召された今、これまで以上に、中後は自分の背負っているものの重さを噛み締めていた。

「今度は僕が家族をしっかり養っていかないといけないなって。日本におった時とメジャーに挑戦した時、そして今、ベイスターズでマウンドに上がる時、その時々で僕の立場って全然違うんですよ。

プロに入団した時は独り身で、でも今は家族がいる。もっと言えば、一度目の戦力外通告を受けた時に長男がお腹にいて、アメリカにいる時に家族がもう一人増えた。家族を持って、背負って投げる。その心境は全然違いますね」

ロッテから戦力外になった直後に生まれた長男は3歳、メジャー挑戦中に生まれた次男は1歳になった。長男は、中後が野球をやっていることを理解できる年齢になった。ベイスターズと同じ青色のユニフォームのチームを見ると、全部が父親のチームだと思っているという。こんなエピソードがあった。中後が二軍での調整中に、一軍の試合のテレビ中継を家族で見ていた時のことだった。

「テレビを見ながら、『あれ?お父ちゃんがいない……』って。それで僕の方を見て、『あ、いた』って(笑)。こら、傷つくやんか!って」

そう言って中後は、父親の顔をのぞかせながら苦笑した。来年には、次男も中後が野球選手であることをうっすらと分かるようになっているかもしれない。だからこそ、二人の息子の目に、自分の挑戦し続ける姿を、マウンドでの勇姿を、しっかりと焼きつけたいと考えている。

中後にとっての義父への恩返し

妻や息子たちのためにも、天に召された義父のためにも、来季の活躍を誓う中後。千葉ロッテをクビになった時26歳だった中後も、来年には30歳になる。幸いチームと来季も契約を結ぶことができた。

今季は8試合に登板して防御率は3.68とまずまずの成績を残した。来年、いよいよ勝負の年。今、中後の胸中にはどのような思いがよぎっているのだろうか。


義父や愛する家族への恩返しを語った中後悠平。『プロ野球戦力外通告〜クビを宣告された男達』(TBS系)は12月30日(日)夜11時から放送です(写真:TBSテレビ提供)

「野球で結果を残して家族みんなを安心させることが、誰もが喜ぶことだと思うんです。きっとお義父さんは天国から見ていて『やってみろ。俺は見てるぞ』みたいに言うんじゃないかと。おいしい酒でも飲みながら、僕のピッチングを見てくれていると思うんです。お義父さんは横浜ファンだったので、横浜スタジアムで投げて活躍している姿を見せられたら、それがいちばんいい恩返しになるといつも思っています」

来年の横浜スタジアム。守るべき家族のために力投をする中後と、ありったけの声援を送る妻と息子たち。

そしてその光景に、横浜の夜空から義父が優しく微笑んでいることだろう。「今日はうまい酒が飲めるぞ、悠平」と言いながら。

(敬称略、文:津川晋一/ディレクター・スポーツジャーナリスト)

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