車の運転に熟練したドライバーなら青信号が黄色に変わったあと何秒後に赤信号になるかが、なんとなく感覚でわかるものです。これは、人の脳には「時間を把握する能力」が備わっているということを意味するのですが、脳がどうやって時間を把握しているかは、謎のままとなっています。心理学者のハワード・エイチェンバウム氏らの研究チームによると「時間を把握する能力」が「記憶」を担う海馬で機能している可能性が高いことが、動物を使った実験で示されたそうです。

Time and space in the hippocampus. - PubMed - NCBI

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25449892

New Clues to How the Brain Maps Time | Quanta Magazine

https://www.quantamagazine.org/new-clues-to-how-the-brain-maps-time-20160126/

エイチェンバウム氏ら研究チームが行った実験は、ラットが一定時間トレッドミルで走ると報酬を与えるということを繰り返し、ラットが時間を感覚的に身に付けることができるかを調べるというものでした。たとえば、報酬を得るために走る必要がある時間を15秒に設定し、何度も課題を繰り返していくと、ラットは最終的に15秒の時間間隔を理解するようになったそうです。このとき、海馬のニューロンの状態を確認すると、ニューロンの発火が特定のパターンで15秒間続くことが明らかになりました。



また、どのニューロンが活性化したかを観察するだけで、ラットが何秒トレッドミルの上にいたかを予測できるほど、ニューロンの発火は時間に正確だったことが確認されています。さらにトレッドミルのスピードを変えて実験を行ったそうですが、スピードの変化に左右されることはなく、ラットの走る時間に影響がなかったことも確認されています。これにより、ニューロンは単に走った距離だけをチェックしているわけではないことが示されました。このとき、報酬を与えるために走る時間を変更したとしても、海馬は新しい間隔に適用したニューロンの発火パターンを生成することがわかり、条件の変化に柔軟に対応できることも確認されました。

また、これらのニューロンは「環境」に依存していることも明らかになっています。ラットが一度記憶したパターンで時間の計測が必要となる場面になれば、ニューロンは決まったパターンで活性化します。しかし、他の条件が加わると同じニューロンであっても異なる動作をするそうです。たとえば、ラットを新しい環境に移したあとに探索させた場合、これらのニューロンに対して新しい発火パターンを構築するようになり、場所に応じて異なるパターンでニューロンが発火するようになることも確認されました。



過去に多くの研究者が「運動」「記憶」「色覚」などに関連する脳領域を特定してきましたが、時間を把握する場所については特定されていませんでした。そして、これまでの示されてきた研究結果を考慮しても「海馬が時間を把握しているとは考えにくい」として、多くの研究者はエイチェンバウム氏らの研究を批判的に見ています。

海馬を傷つけることは、新しい記憶の生成と時間の記憶を困難にするケースが多いことがわかっています。過去にロボトミー手術を受け、海馬を含む内側側頭葉を切除したことで知られる患者のHM氏は、手術後に担当医に対して、毎日何度も自己紹介を行うようになり、記憶障害に陥ったと記録されています。また、HM氏をはじめとした患者たちの多くは、物事やその順序を記憶することですら困難になったとのこと。

エイチェンバウム氏は、これらの患者の例を考慮しても「海馬は『記憶』および『時間』の双方に関係している可能性が高い」と結論づけています。