大前研一『勝ち組企業の「ビジネスモデル」大全』(KADOKAWA)

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これから世界で勝てる企業の条件とは何か。ビジネス・ブレークスルー大学学長の大前研一氏は、「今までの秩序を破壊できる中国企業が有望だ」という。その代表例は中国のアリババ・グループ。AI技術を使った融資システムは驚異的で、大前氏は「このシステムがあれば、今や銀行は日本中に1つだけあれば十分、ということになる」といいます――。

※本稿は、大前研一『勝ち組企業の「ビジネスモデル」大全』(KADOKAWA)Part1「大前式『21世紀のビジネスモデル』の描き方」を再編集したものです。

■中国企業に先を越される日本

現代はデジタル・ディスラプション、つまりデジタルテクノロジーによる破壊的イノベーションの時代です。そんな時代において、これまで通りのやり方、今までの秩序を維持している日本企業は、米国や中国の先進的デジタル企業=“まったく新しい染色体を持った企業”に一気に先を越され、市場とお客さんを根こそぎ持っていかれてしまうのは目に見えているでしょう。

いまだに20世紀の発想とやり方を引きずっている日本を横目に、21世紀に向かってすごいスピードで動いているのが中国であり、アリババやテンセントのような企業です。

今アリババ・グループは、これまでの経営者、よその国ではまずできないようなことをやっています。スマホとQRコードを使ったオンライン決済システム「アリペイ(Alipay=支付宝)」だけでなく、最近では「顔認証」による決済システム「smile to pay(笑顔でお支払い)」サービスのテスト運用を開始したと発表して、世界を驚かせました。もはや支払いのためにスマホを取り出す必要もない、ということです。

もう1つアリババの強みは、お客さん(ユーザー)の数です。アリババは約8億人のユーザーを抱えていると言われていますが、ただ漫然とした8億人という塊ではあまり意味がありません。アリババがこの8億人に関する長年にわたるさまざまなビッグデータを蓄積・解析して活用できるようにしたことが重要なのです。それがアリババの提供しているサービス「芝麻信用」(セサミ・クレジット)です。ネットショッピングや決済などの行動履歴、蓄積したデータベースを活用して各ユーザーに、その人の信用度の高さを示す350から950までのクレジットスコア(信用評価点)をつけているのです。

■中国人が約束を守るようになった理由

「芝麻信用」のシステムの素晴らしい点は、ビッグデータの解析によって本当に信用度の高い人とそうでない人が明確になるという点です。日本のように、ある程度の年収があってクレジットカード会社に年会費をたくさん払えば、ゴールドカード会員やプラチナカード会員になれるという曖昧なものではないのです。

アリペイや芝麻信用の普及によって、中国人のライフスタイルやマナーにもさまざまな変化が起こっています。そのなかの面白い変化の1つが、「約束を守るようになった」ということです。かつては電話やネットでホテルやレストランを予約しても、当日その人が現れないということが多かったのですが、今、中国では、ほとんどの人が予約を守るようになったというのです。

その理由は、予約をした時点でアリペイで全額決済してしまう、つまりお金を先に払ってしまうから、ということが1つ。もう1つの理由が、みな「芝麻信用における信用格付けを落としたくない」と考えているからです。

面白い逸話としては、適齢期の女性が集まって合コンをする時、クレジットスコアが800以上の男性しか参加する資格がないなどと篩(ふるい)にかけている、という事例も伝わってきています。特にクレジットスコアの高い人は、自分の現在の信用度を落とすまいと、必死になって約束を守るように頑張っているのです。

■日本に銀行は“1つ”あれば十分

アリババのすごさをもう1つ挙げるとするならば、それはAI技術を使った「融資」のシステムです。アリババ傘下のアント・フィナンシャル社が、ビジネスでお金を必要としている人に銀行のようにお金を貸すサービス「網商貸」を行っており、このシステムの処理スピードが驚異的なのです。

スマホのアプリから融資申請を提出すると、コンピュータが瞬時に融資判断を下して数分で送金されるという仕組みで、この超高速融資システムは「3・1・0」と呼ばれています。融資申請の記入に必要な時間がスマホで約「3分」。融資の可否を判断する時間が「1秒」。AIが審査をするので、審査を行う人間は「0人」という意味です。こんなことが可能なのは、ビッグデータの蓄積・解析によって「この人にはいくらお金を貸しても大丈夫」という判断が瞬時にできるからです。

これは日本の銀行では逆立ちしてもできないことです。そんなシステムを導入したら、銀行員のほとんどは要らなくなってしまうからです。日本の銀行は今後数万人規模の人員削減をすると言っていますが、私に言わせれば、1年後にほぼ全員クビになっても問題なく回ると思います。今や銀行は日本中に1つだけあれば十分、行員も数人で十分、ということになります。

金融庁は銀行を合併させて何とか生きながらえさせようとしているようですが、今のままではとても生き残ることはできないでしょう。同じものを合併して何とか規模の経済(大きすぎて潰せない)が効いたのは20世紀までだ、ということが分かっていないのです。当事者と当局にそうした危機感、認識がないのが悲しいところです。

ここまで述べてきたことをまとめて考察すると、勝ち組企業のビジネスモデルはアリババやテンセントがフィンテック分野で体現しているようなモデルだと言うこともできます。「銀行になろうと思えばいつでも銀行になれる企業」です。

銀行は決済、融資、預金という3つの事業を展開するものですが、アリババは預金も2〜3%の金利は楽に提供できるので、店舗がなくても、あるいは店舗がないがゆえに、瞬時に世界最大の銀行になれるでしょう。国策でゼロ金利を出しているような国から、全ての預金を吸い寄せることができるからです。

■日本は再び「戦艦大和」を造ろうとしていないか?

冒頭でも述べたように、今のままでは近い将来、銀行はもとより、さまざまな分野において日本は中国に好きなように操られてしまうでしょう。

かつて日本は、それまでの考え方にとらわれていたために世界に太刀打ちできず敗者となる、という苦い経験をしています。日本は太平洋戦争時に、史上最大級の戦艦大和と武蔵を造りました。「モノづくりの力」にこだわり、磨き上げ、日本が持つ技術力を結集して莫大な労力と費用をかけて、世界に類を見ない巨大な戦艦を造ったのです。

当時すでに、航空母艦や戦闘機、爆撃機など、航空戦力が勝敗の鍵を握る時代になっていたにもかかわらず、日本の造船会社は高度な技術を持っていたため、それまでの延長線上で“いいモノ”を造ったのですが、その結果はご存じの通りです。

実際、大和も武蔵も素晴らしい戦艦でしたが、米国の航空母艦と戦闘・爆撃機に徹底的にやられて、大和は表舞台に出る前に、武蔵はフィリピンまで到達してあえなく沈没してしまいました。

何を言いたいのかというと、今の日本企業もいつまでも20世紀の発想、やり方にとらわれ、それを磨いていくことだけに気をとられていると、かつての大和や武蔵のように簡単に撃沈されてしまうだろう、ということです。

日本では企業による規模を求めた合併吸収が増えています。鉄鋼会社に銀行と、どの業界を見ても合併吸収の話ばかりです。もっとほかに考えるべきことがあるのではないか。今、多くの日本企業が持っている発想は、かつて大和や武蔵を造って世界と戦おうと考えていた頃とあまり変わっていないのではないかと思うのです。

私は日本企業にはもっと抜本的に今までと違うこと、やった経験がないことをやってほしい、と思っています。もはや技術を磨いていいモノを作っていさえすれば売れる時代、勝てる時代ではないのです。

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大前研一(おおまえ・けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長
1943年、北九州生まれ。早稲田大学理工学部卒。東京工業大学大学院で修士号、マサチューセッツ工科大学大学院で、博士号取得。日立製作所を経て、72年、マッキンゼー&カンパニー入社。同社本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、94年退社。近著に『ロシア・ショック』『サラリーマン「再起動」マニュアル』『大前流 心理経済学』などがある。

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(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一、BBT大学総研 写真=iStock.com)