練習する北朝鮮ペアのリョム・デオク(右)、キム・チュシク組=2日、韓国・江陵(写真=時事通信フォト)

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韓国・平昌(ピョンチャン)の冬季五輪に北朝鮮が参加している。北朝鮮が過去に冬季五輪で獲得したメダルは2つ。今大会では、フィギュアペアに期待がかかっている。直前まで国際大会にほとんど出ないにもかかわらず、五輪などの大舞台で結果を出せるのはなぜなのか。独自の育成方法の秘密とは――。

■北朝鮮代表の冬季五輪メダル数は2つ

韓国・平昌(ピョンチャン)で開催中の冬季五輪。隣国の北朝鮮は、1月9日に正式に今大会への参加を表明した。北朝鮮代表が冬季五輪に参加するのは、2010年のカナダ・バンクーバー冬季五輪以来、8年ぶり。出場回数としては9回目(全23回中)となる。

今大会に参加する北朝鮮代表の選手数は、合計で22人(フィギュア、アイスホッケー、ショートトラック、アルペンスキー、クロスカントリーの計5種目)となる予定だ。この数は、1992年の仏アルベールビル冬季五輪の20人を上回る歴代最大規模となる。

北朝鮮の歴代メダル獲得数は、それぞれ銀メダル1個、銅メダル1個。初めて冬季五輪に出場した64年インスブルック大会では、ハン・ピルファ選手がスピードスケート女子3000メートル部門で銀メダルを獲得した。これは、アジア女性として初の冬季五輪メダル獲得であり、スピードスケート部門においてアジア勢が初めてメダルを獲得するという快挙でもあった。その後、92年アルベールビル大会では、ショートトラック女子代表のファン・オクシル選手が500メートル部門で銅メダルを獲得。北朝鮮に史上2つ目のメダルをもたらした。

今大会の北朝鮮選手たちの実力のほどはどうなのだろうか。データが少ないために予想は難しいが、ホスト国である韓国のメディアの多くは「北朝鮮選手団がメダルを獲得できる可能性はほぼないだろう」と、厳しい分析・評価をくだしている。というのも、アイスホッケー、ショートトラック、アルペンスキー、クロスカントリーではいずれも、国際大会で目立った成績を残していないからだ。

唯一メダル争いに見合う実力を備えていると評価されているのは、フィギュアペアのリョム・デオク−キム・チュシク組だ。同ペアは、17年2月に札幌で行われたアジア大会で3位に入賞している。その後、世界フィギュア選手権(ヘルシンキ、3月末開催)に初出場を果たし15位にランクイン。同年9月には、ドイツで行われたISUネーベルホルン杯に出場し、16チーム中6位の成績をおさめた。そうして五輪出場資格を得たものの、北朝鮮が参加の意向を示してこなかったために申込期限までに出場申請をせず、資格を失効。今回、IOC(国際オリンピック委員会)が救済措置を取ったことで五輪出場が実現した。

同ペアは、18年1月26日に台湾・台北アリーナで開催されたISUフィギュアスケート4大陸大会にも出場。結果は、ペア部門で銅メダル獲得という快挙だった。この成績はジャイアントキリングといっても過言ではない。韓国では五輪本番を目前に、自国選手たちの成績がふるわないことも相まって、北朝鮮ペアに期待を寄せる論調も目立ち始めている。

ニューヨーク・タイムズは昨年、「北朝鮮の核危機を解消するための次の手段は、外交官からではなく、ビートルズの音楽にあわせて演技する北朝鮮のフィギュアスケーターから生まれるかもしれない」(17年9月2日掲載「North Korea Skaters Seek Olympic Bid, and Diplomats Cheer」)と、このペアを取り上げた。記事の中では、「オリンピックは莫大な費用と慢性的な腐敗で汚れてきたが、IOCは国家が敵対的で断絶されている状況でも、スポーツが人々をひとつにまとめることができるという理想を実現しようとしている」とし、IOCの決断を評価している。

■世界的名コーチにカナダで師事し特訓

リョム・デオク−キム・チュシク組は、五輪参加資格がかかった昨年9月のネーベルホルン杯に備え、かなり綿密な用意を進めてきたという。6月中旬から2カ月間、カナダのモントリオールでトレーニングを行った。指導を行ったのは、フランス系カナダ人で、数々の世界大会でメダルを獲るメーガン・デュアメル選手らを育てた名コーチ、ブルーノ・マルコート氏である。

マルコート氏は前出のニューヨーク・タイムズの取材に答え、「リョム・デオク、キム・チュシク両選手が非常に熱心に練習に取り組んでいる」と証言している。「私たちは五輪に出ることができるか」「技術や実力はどのレベルにあるか」「五輪に出るためには何が必要か」など、ふたりが毎日のように一生懸命に質問してきたと、当時のことを振り返っていた。

とはいえ、実際に彼らが五輪でメダルに絡めるかは未知数である。例えば9月のネーベルホルン杯では、用意していた「トリプルサルコウ」を、「ダブルサルコウ」に変更していた。「練習が完璧ではない」というのが、その理由だ。最終的に目標とする「クワトロサルコウ(4回転)」を演技に取り入れるまで、さらに長い道のりだとされる。15位となったISU世界選手権大会でも、優勝チームとの合計点差は約60点も離れていた。

コーチのマルコート氏は、ニューヨーク・タイムズの記事内で「二人の実力にはのびしろがある」と証言している。「やる気があり、ポジティブで、技術についてもスポンジのように吸収している」という。1月末の四大陸選手権で自身の最高得点を更新したのは、その証明なのかもしれない。リョム・デオク選手は、ネーベルホルン杯後のメディア取材でこう答えている。

「世界チャンピオンになるまで成長を続けたい」

北朝鮮のスポーツの歴史を顧みると、さまざまな国際舞台で数多くの“大番狂わせ”を演じてきた。サッカー、柔道、マラソン、重量挙げなど、その実例は枚挙にいとまがない。

北朝鮮では才能ある人材がひそかに優良なトレーニングを積んでいるというケースが少なくない。だが、五輪などの限られた大舞台にしか出場しないため、メディアも事前に実力を計れない。このため、結果を出せば自動的に“大番狂わせ”となる。

■「祖国のために」でやる気は段違い

また「祖国のために」というメンタルも、結果に影響しているだろう。北朝鮮では「先軍政治」などの言葉に標榜される通り、軍事を国の最重要課題としており、女性が軍隊に行くことも珍しくない。常に生活の中に生きるか死ぬかという状況が横たわっており、かつ“スポーツ英雄”になれば多大なインセンティブもついてくるとなれば、やる気の度合いは段違いになる。実際、メディアからはノーマークだった北朝鮮の女性アスリートが、世界的な大舞台で好成績を収めることは多々ある。彼女らが口々に言うのは「祖国のために、首領様のために」だ。

しかも、朝鮮半島の人々はもともと大の“負けず嫌い”である。冷戦期には、そうした愛国心や精神性に、東ヨーロッパなど共産圏のスポーツ先進国との人材交流が活発化したことにより、アジアのスポーツ大国として名をはせてきたという“伝統”もある。

北朝鮮におけるスポーツ選手の発掘・育成体制としては、「体育サークル」「青少年課外体育学校」「体育大学」「体育学院」「高等体育学校」「体育選手団(以下、体育団)」などがある。体育サークルは、運動に興味がある学生を中心に各学校で形成される、部活のようなものだ。青少年課外体育学校は、各地域にある体育館や学生会館を中心に運営されており、プロ指導者によって体系的な訓練を受けることができるスポーツクラブのような組織となっている。

一方、体育学院と各道(日本における都道府県)にある3年制の体育専門学校、そして平壌体育大学は、種目別のエリート専門訓練を受けられる英才教育機関になる。中央機関に設立された中央体育団、道内直轄市の体育団などは、エリートスポーツ機関として代表選手の育成を目的としている。平たく言えば一種の実業チームである。リョム・デオク−キム・チュシク組も、テソンサン体育団に所属している。

北朝鮮では、個人が学校の体育サークル活動などに参加しながら活動するのが一般的だが、有望と認められた際には専門的な学校に進学することができたり、各種大会に参加する機会が与えられたりする。そして最終的に、大学や実業チームの監督から抜擢され代表選手になるというプロセスを経る。

■スポーツ振興に注力する金正恩

金正恩は就任以来、スポーツ振興に力を入れてきた。例えば、13年5月には平壌国際サッカー学校を開校し、カリキュラムや名称決定に直接関与したとされている。同学校ではここ数年、全国から素質がある小〜中学生を募集したり、海外サッカー監督を招聘したりしている。またイタリアやスペインへ、学生30人ほどをサッカー留学に送りだしてもいる。

種目は違えど、リョム・デオク−キム・チュシク組も、そうした環境や育成プロセスによって育てられた選手だろう。有名海外コーチのトレーニングを受けられる事実を考えても、北朝鮮の期待の星であることは間違いない。

北朝鮮代表は、冬季五輪においてはまだ実績は少ないが、今回は“地元開催”というアドバンテージもある。北朝鮮選手団がどこまで活躍するか。政治や外交問題をいったん脇におけば、とても興味深い話題である。

(在日韓国人ジャーナリスト コナー・カン 写真=時事通信フォト)