「辞める選択はない」ボディビル・合戸孝二の過酷な競技人生
27日、TBS「バース・デイ」では、ボディビル・合戸孝二を特集。「選手生命をかけた壮絶な戦い」と題し、己の限界に挑み続ける56歳の過酷な競技人生を伝えた。
ボディビル日本選手権を最年長で過去4度優勝している合戸は、ボディビルをはじめて37年目。静岡県藤枝市にある自身のジム「マッスルハウスジム」で12歳年下の妻・真理子さんと日々ハードなトレーニングに明け暮れている。
だが、そんな合戸の左目は全く見えていないという。それは合戸が38歳のトレーニング中、負荷を極限までかけ続けた結果、眼球内の血管が圧迫され、出血。直ちに治療すれば視力を失うまでには至らなかったが、その過程でステロイドを使用することになるため、これを拒んだ合戸はボディビルを継続。その後、世界選手権で4位に入賞するも左目の視力はなくなった。
それほどまでにボディビルに情熱を燃やす合戸だったが、2016年には、左腕に力が入らなくなったことから過去14年連続で出場してきた日本選手権を欠場。神経の障害により、その後も左腕の痺れや背中の痛みに苦しめられ、これまで欠かさず行ってきたトレーニングができない日も。
「生きててもしょうがないのかなと。自分が自分でなくなってしまうから」という合戸は、「苦渋の選択で完璧な状態で出れないなら自分じゃないんで。そんな姿をみんなに見せたくないという気持ちがあった」と振り返った上で、「(引退という言葉も)よぎってました。ボディビル人生終わりだなって」と明かした。
それでも昨年2月、合戸は160kgでベンチプレスができるまでに回復した姿を見せた。「気持ちが折れた分、戻してやろうという気持ちがさらに強くなった。努力すれば幾つになったってこうなるんだよっていう。情熱さえあればね」と語ると、復活の舞台となった昨年10月の日本選手権では4位に入り、健在をアピールした。
合戸は、番組のカメラに「上出来ですよ。今日がスタートです。また56歳から」と話すも、大会後に受けた検査では胸郭出口症候群と診断された。原因は筋肉の異常な発達やハードなトレーニングによるものだが、神経の場合、通常1年程度での回復などあり得ないという。それでも合戸は「目の時もそうだし、それを言われたから辞めるという選択はないです」とキッパリと言い切った。
ボディビル日本選手権を最年長で過去4度優勝している合戸は、ボディビルをはじめて37年目。静岡県藤枝市にある自身のジム「マッスルハウスジム」で12歳年下の妻・真理子さんと日々ハードなトレーニングに明け暮れている。
それほどまでにボディビルに情熱を燃やす合戸だったが、2016年には、左腕に力が入らなくなったことから過去14年連続で出場してきた日本選手権を欠場。神経の障害により、その後も左腕の痺れや背中の痛みに苦しめられ、これまで欠かさず行ってきたトレーニングができない日も。
「生きててもしょうがないのかなと。自分が自分でなくなってしまうから」という合戸は、「苦渋の選択で完璧な状態で出れないなら自分じゃないんで。そんな姿をみんなに見せたくないという気持ちがあった」と振り返った上で、「(引退という言葉も)よぎってました。ボディビル人生終わりだなって」と明かした。
それでも昨年2月、合戸は160kgでベンチプレスができるまでに回復した姿を見せた。「気持ちが折れた分、戻してやろうという気持ちがさらに強くなった。努力すれば幾つになったってこうなるんだよっていう。情熱さえあればね」と語ると、復活の舞台となった昨年10月の日本選手権では4位に入り、健在をアピールした。
合戸は、番組のカメラに「上出来ですよ。今日がスタートです。また56歳から」と話すも、大会後に受けた検査では胸郭出口症候群と診断された。原因は筋肉の異常な発達やハードなトレーニングによるものだが、神経の場合、通常1年程度での回復などあり得ないという。それでも合戸は「目の時もそうだし、それを言われたから辞めるという選択はないです」とキッパリと言い切った。