8月14日、朝鮮人民軍の戦略軍司令部を視察し、軍人らの歓迎を受ける金正恩朝鮮労働党委員長(写真=時事通信フォト)

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トランプ米大統領と北朝鮮の間で、激しい言葉の応酬が続いている。8月21日には米韓合同演習が実施予定で、緊張はさらに高まることが予想される。最終的に「米朝戦争」が起きる可能性はあるのだろうか。元航空自衛官の宮田敦司氏は「冷静に分析すれば、危険度が高まっているとはいえない」という。北朝鮮のシグナルを読み解く方法とは――。

■2隻の空母を朝鮮半島近海に派遣か

韓国メディアは8月2日、米空母2隻が8月中旬に朝鮮半島近海へ展開し、韓国軍と訓練を行う方向で検討が進められていると報じた。

空母の派遣は8月21日から開始される米韓合同演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」(以下、UFG演習と表記)に合わせたものと思われるが、実際に2隻の空母が朝鮮半島近海に派遣された場合、再び今春と同じような状況が訪れる可能性がある。

空母の派遣については在韓米軍関係者が否定しており、実際に派遣されるかは現時点では不透明だが、過去にUFG演習終了直後に空母をはじめとする米海軍と韓国海軍が訓練を行ったことがある。

UFG演習は毎年8月に実施される定例の演習で、コンピューターシミュレーションを用いて、戦争発生時の兵力動員態勢の確認などを行うとともに、米韓両軍の即応能力や相互運用性を高めることを狙いとしている。

■毎年の「恒例行事」の米韓非難

演習では、韓国政府と地方自治体の職員ら約40万人が参加した危機管理訓練も行われる。昨年は8月22日から9月2日まで実施され、米軍約2万5000人、韓国軍約5万人が参加した。演習期間中、韓国では市民らを対象にした防空訓練も行われた。

今春に実施された約31万人が参加した米韓合同演習「フォール・イーグル」よりも小規模だが、北朝鮮はUFG演習についても「われわれへの先制攻撃を狙った訓練」といった趣旨の声明を発表している。

もともと北朝鮮はすべての米韓合同演習を非難している。このため米韓合同演習が行われるたびに、軍事的緊張が高まる状況が繰り返されてきた。今年も「例年通り」北朝鮮は米韓を強く非難するとともに、弾道ミサイルの発射を行うなどして緊張状態を高めるだろうと推測していたが、案の定、今月8日のトランプ米大統領の「炎と憤怒(fire and fury)」発言以降、激しい言葉の応酬が続いている。

■対米非難が「減った」年があった

「グアム攻撃計画を策定する」と伝えられる現在の北朝鮮の危険度は、実際はどの程度のものなのだろうか。手がかりとなるのは、これまで繰り返されてきた数々の“強硬発言”とその時の状況である。本稿では、過去5年のUFG演習にともなう北朝鮮の主な強硬発言をまとめることで、今回の“危機”の本当の危険度をみていきたい。

2016年:「決戦準備」を常時堅持

昨年(2016年)は、8月22日に朝鮮人民軍総参謀部が「われわれの領土、領海、領空に対するわずかな侵略の兆候でも見せれば、先制核攻撃を容赦なく浴びせる」「軍第1次攻撃連合部隊が、演習に投入された全ての敵の攻撃集団に先制的な報復攻撃を加えられるよう、決戦態勢を常時堅持している」とする報道官声明を発表している。

声明の2日後(2016年8月24日)に北朝鮮東部の咸鏡南道新浦(シンポ)付近の日本海で潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射している。

2015年:北朝鮮が「準戦時状態」を発令

2015年は、北朝鮮外務省が8月21日に声明を発表し、朝鮮人民軍総参謀部が平壌時間20日午後5時に韓国国防部(国防省)に対して、「48時間以内に拡声器を使った宣伝放送を中止し、すべての心理戦の手段を撤去しなければ、軍事行動に出る」と通告した。

さらに北朝鮮外務省は、「わが軍と人民は単純な対応や報復ではなく、人民が選択した制度を命懸けで守るため、全面戦も辞さない」という声明も発表している。この時は、北朝鮮が南北軍事境界線付近の前線地帯で、開戦の前段階である「準戦時状態」に入ったと宣言したため、演習を一時中断して米韓両軍は厳戒態勢を敷いた。

2014年:韓国は「火の海になり灰となる」

2014年は、朝鮮人民軍総参謀部報道官が演習開始の前日(8月17日)に次のような声明を発表した。

「われわれが決心すれば、侵略の本拠地は火の海になり、灰になる」

「米国と南朝鮮が宣戦布告してきた以上、われわれのやり方の最も強力な先制攻撃が、任意の時刻に無慈悲に開始される」

「われわれの善意による全ての平和的提案に、危険な戦争演習で応えた米国と南朝鮮の行為は高い血の代価を払うことになる」

それから1週間後(8月14日)、北朝鮮東部の元山一帯から300ミリの新型多連装ロケット弾とみられる短距離の発射体3発が日本海に向けて発射された。北朝鮮はこの年は6月下旬以降、短距離ミサイルやロケット弾を日本海に繰り返し発射している。

2013年:南北合意締結で静観

例年と異なり、強硬発言がなかった。北朝鮮は開城(ケソン)工業団地の正常化合意や離散家族の再会に向けた議論などを優先し、激しい非難は避けている。

8月14日に開城工業団地の正常化で合意したほか、離散家族再会に向けた南北赤十字会談の23日開催を受け入れるなど、関係改善に向けた議論の進展を考慮し、静観の姿勢を示した。このように、相手が自国に利益をもたらす場合は、非難が減少する。

2012年:金正恩が作戦計画に最終署名

2012年8月25日、朝鮮半島東部の前線を視察中の金正恩が軍幹部らを集めた宴会で演説し、「この地で再び望まない戦争が起きれば、米国と南朝鮮(韓国)は破滅する」と述べている。

また、金正恩はUFG演習について、「砲弾が北朝鮮の領土・領海に及んだ場合、直ちに全面的な反撃に移行せよとの命令を全軍に発令し、作戦計画を検討し、最終署名した」と述べた。

■北朝鮮を強く刺激しない単純な内容となる

北朝鮮はUFG演習を含む米韓合同演習については、演習の実施そのものが「北朝鮮への攻撃」と解釈しているようだ。これは、演習名目で米軍の兵力が韓国とその近海へ展開することが、最悪の場合、北朝鮮への侵攻につながる可能性があると考えているように思える。

今回のUFG演習に関してはどうか。これまでUFG演習直後に訓練に参加した空母は1隻だったが、今回は2隻展開することが予想されている。1個空母打撃群の艦艇は潜水艦を含む10隻前後だが、空母打撃群が日本海へ2個展開しての訓練は、北朝鮮を強く刺激しないような単純な内容となるだろう。

筆者は、北朝鮮の強硬発言は計算されたものであると考えている。過激な対米非難は米朝関係に影響を与えるため、指導部の意向に沿わない感情的な声明を勝手に発表するわけにはいかないからだ。

実際に北朝鮮が危険を感じた場合は、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」から米国を名指しした記事が減少する傾向がある。このため、レベルを調節して強硬発言の応酬を続けているうちは、米軍による先制攻撃も北朝鮮軍による先制攻撃も行われない。ここ何日かの一連の発言も、その域を出ないと思われる。

■「対米非難」がなくなると、むしろ危険

むしろ、これまでの傾向に反して、北朝鮮が米国に対する非難を一切行わなくなった場合のほうが危険だ。北朝鮮の指導部内で何らかの政治的な動きがあった可能性を意味するからだ。

過去の米朝関係を俯瞰してみると、米朝間の緊張状態は軍事面だけでなく外交面でも意図的に作られる傾向がある。こうした緊張状態の醸成には、強硬発言も寄与する。UFG演習にともない、今春のような強硬発言の応酬というチキンレースのような様相を呈したとしても、北朝鮮側は、米国が空母や戦略爆撃機などによる軍事的圧力を加えることはあっても、武力行使に踏み切ることはないと認識しているだろう。

今春の強硬発言をよく注意してみよう。いずれも「あらゆる挑発を我が軍隊と人民の超強硬対応で粉砕する」といったような、「米国が攻撃すれば、北朝鮮は反撃する」というものであった。つまり、米国が攻撃しなければ反撃しないということである。

南北定期協議(1994年3月16日)での北朝鮮の朴英朱首席代表による「ソウルはここから遠くない。もし戦争になればソウルは火の海になる。あなた方は生き残れないだろう」という、今もよく記憶されている発言は、むしろ例外といえよう。

■トランプ大統領は重要発言を「大安売り」

今回の双方の強硬発言は8月8日、国防総省傘下の国防情報局(DIA)の「北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)に搭載可能な小型核弾頭の開発に成功した」との分析が報じられ、トランプ大統領が記者団を前に「世界がこれまで目にしたことのない炎と憤怒に直面することになる」と北朝鮮を牽制したのが発端だった。

対する北朝鮮の朝鮮中央通信が10日に「中・長距離戦略弾道ロケット『火星12』型の4発同時発射で行うグアム包囲射撃を慎重に検討している」と応じた。

しかし、北朝鮮の弾道ミサイルがグアムを標的としていることは、北朝鮮側がわざわざ明かさなくとも、至極当然のことである。まさかとは思うが、トランプ大統領は、これまで北朝鮮の弾道ミサイルの射程距離に関して報告を受けていなかったのだろうか。

筆者は北朝鮮を擁護するつもりはない。しかし、両国はもはやブラフにブラフで応酬する形になっており、言葉上どこに真意があるのか分からなくなっている。

トランプ大統領はツイッターなどで強硬発言を乱発しているが、米国の歴代大統領でこれほど重要な発言を「安売り」した大統領はいないだろう。国家レベルの意思決定が必要な事項について、大統領がツイッターで「個人的に」発信するのは問題があるのではないだろうか。

■「戦費」をどのように確保するのか

そもそも、本当に武力行使に踏み切るのなら日本や韓国へ事前に通告があるだろう。米国が武力行使した場合は、北朝鮮から日本への報復攻撃が予想されるため、対応策を決定するための閣議を開かなければならない。

閣議を開けば、その内容は記者会見で明らかにされるだろうから、武力行使の可能性については一般国民にも明確に伝わる。つまり、日本政府が公式に発表しないかぎり、米国による先制攻撃はないといえる。

仮に、政府が全てを秘密裏に進めたとしても、陸上自衛隊は原発などの重要防護施設の警備、海上自衛隊は艦艇の緊急出港、航空自衛隊は迎撃ミサイル部隊の展開など、自衛隊全体で様々な動きがあるため、国民の目をごまかすことは不可能である。

トランプ大統領と北朝鮮の強硬発言の応酬は今後も続くだろう。ここまで述べた言葉の応酬だけならタダ同然なのだが、より現実的な問題として、米国が北朝鮮を攻撃する場合の費用、すなわち「戦費」をどのように確保するのかが問題となる。

戦争の行方は、国益とコストのバランスで決まるといってもいいだろう。国益に見合ううちは戦争を続けることが出来るが、コストがかさんだ場合は早期に終結させなければならない。

米国にとって北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)や核兵器が脅威なのは間違いないが、戦争に必要なコストと、金正恩政権崩壊後の政治的なリスクを考慮した場合、米国の国益とのバランスはとれるのだろうか。

北朝鮮に関する報道は、確たる情報が少ないのをいいことに、客観的事実に基づかない「イメージ」が先行する傾向にある。今春の「危機」でも、結果的に多くの専門家やジャーナリストが脅威を煽っただけで、何事もなかったかのように終結した。

今回の「危機」も、過去の「危機」と比較すると、それほど危険度が高いわけではない。結局、今回も何事もなかったかのように過ぎ去るだろう。

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宮田敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校修了。北朝鮮を担当。2008年日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に「北朝鮮恐るべき特殊機関」(潮書房光人社)がある。

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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司 写真=時事通信フォト)