あなたは「借金」をしたことはあるだろうか?

ジュースを買うために10円借りた、事業を興すために1億円借りたー。
金額の多寡を問わなければ、借金をしたことがない人の方が少ないのかもしれない。

筆者が住むベトナムの平均月収は、2012年と少し古いデータになるが、200万ドン(日本円だと1万円程度)。さらに都市部と、人口の8割を占める農村部の貧富の差は大きく、これよりも下回るだろう。発展の最中にある国とは言え、お金の問題を抱える人は多い。

子どもの養育費…急な病気やケガ…災害で住居が破損した…。
お金さえあれば、と考える状況は多い。

しかし!この国には、そんな苦労人を救う大人気テレビ番組がある。
タイトルは「自分を乗り越えろ」、これが我々日本人の想像の斜め上を行くおもしろさだったのでぜひ紹介したい。

苦労人を救え!借金を返させるベトナムの大人気テレビ番組



司会はクインリン氏、農村部に人気のあるタレントだ。

私 「農村部に人気って、そういうジャンルがあるの?」
友人「ありますよ。クインリン氏は苦労人だと知られていて、彼でなければ農村部向けの番組は成立しないと言われています」

※番組の解説のため、ベトナム人の友人に協力してもらっています。

農村部向けの番組、という響きそのものが斬新だ。
しかし人口の8割ともなると、最初からそこに焦点を当てた番組があることもまた同時に納得。



今回の場所は北部にあるハイフォン市の、とある農村。
「最近出来た橋で街の交通の便が良くなりました」といった街の紹介が入る。



私 「おっ、日本の国旗!」
友人「ODAによって建設したって言ってますね」


そして…今回の主役であり挑戦者、ファムさん。


街外れの小学校で教師をしている男性だ。


彼には二人の子どもがいるが、奥さんが2008年の事故で車椅子生活となり、決して楽な暮らしではない。教師以外でもバナナ農園で働き、奥さんの世話をしてと、働きづくめだ。


積もりに積もった借金は700万ドン。これは日本円だと3万5千円程度だが、地域や職業によっては三ヶ月分の給与にもなる。日本人にとっての40〜50万円と考えると簡単に返せる金額ではないことが伝わっていただけるだろう。


この紹介映像は、挑戦の場となる野外スタジオでも流される。


家族の苦労話に涙ぐむ観客。

借金を返すためのゲームは…えっ、バナナの収穫!?



さぁ、そんな借金を返してもらいましょう!ということで用意されたものがー、


バナナの植木…??

友人「この番組のゲーム内容は毎回、挑戦者が普段やっている仕事を模したものなんですよ」
私 「あぁ、さっきバナナ農園で働いてるって紹介されたね」

ほかにも唐辛子摘みや草履づくりなど、農村部の視聴者たちに身近な内容である点が人気の理由。
借金を返したいなら、普段やっている仕事で返せということらしい。

その制限時間が毎回1分30秒であることから、この番組は巷で「1分30秒」と呼ばれるのだとか。


そしていきなり湧いて出てきたパートナー役。

私 「誰?これ誰!?」
友人「ゲストです」
私 「いや誰!?」

挑戦者には毎回サポーター役が付けられる。
今回も含め、大体は地元の人や友人だが、たまに応援に駆けつけた芸能人だったりするとのこと。

友人「歌手や女優はよく足を引っ張って観客からブーイングを受けます」
私 「だったら最初から出るなよ…」


そして、いざチャレンジ開始!


普段通りの動きとパートナーとの連携でサクサクと進めるファムさん!


なんと30秒以上余らせた54秒で成功しー、


350万ドンを獲得〜!!

私 「あれ、借金は700万ドンじゃないの!?なんで半額??」
友人「挑戦は二回あるんですよ、まずはこれで半分ってこと」
私 「あぁ、そういうこと…」


二回目の挑戦までの間、余興としてスポンサーの社員によるゲームが行われる。

友人「これで勝ったら300万ドン、負けても100万ドンもらえます」
私 「挑戦者が必死に350万ドンを手に入れたそばでいいのかこれは」


排水管状のプランターに水を入れて、


最後に排水された水量を競う…って、ゲームとしてややこしいなこれ!


開始!

私 「もうちょっと簡単に出来なかったの!?」
友人「あ、ほらほら!」
私 「なに!?」


友人「諦めてバケツ運んでショートカットしてますよ!」
私 「なんで!?」

友人「なんでって、全然排水されなかったから」
私 「リハーサルしてねーだろこれ絶対!」


最終的にプランターそのものを傾けていた。


盛り上がる観客!純粋だなぁ…。

二回目のゲームは…ニッチすぎ!生徒の下校のサポート!?



二回目のゲームが設営される。


私 「これなに?…泥に木の板に自転車に…要素詰め込みすぎだわ!」
友人「あー、これは、『生徒の下校を手伝う』っていうゲームです」
私 「ごめん、それを聞いても全く分からない」


友人「農村部は通学路が悪路なことが多くて、それで学校へ行かない子どもが多いんですよ」
私 「ほうほう」
友人「で、そんな子どもの登下校をサポートすることが、『いい先生』のイメージなんです」
私 「理解したけど、それがゲームになるんだね…」


しかも、渡るだけではなく、足をキレイに洗うまで終わりじゃない!


司会「キレイですかー!?」
観客「キレイでーす!!」

友人「あぁ…やっぱり農村の人たちは優しいですね〜」
私 「ごめん、今君が何に感心してるのか分からない」
友人「だって全然汚いじゃないですか、それでもこの人達はキレイだって言ってくれているんですよ」
私 「お、おう…」

失敗しても大丈夫!これでもかとお金を渡して番組は終わる。



しかしながら、1分30秒には届かず…!

私 「でも失敗してんじゃん!」
友人「大丈夫です、3秒、5秒、7秒のカードがあって、選んだ時間分だけ延ばせるんですよ」
私 「あーそれなら安心…と言っても、1分36秒だから、7秒じゃないとアウトだよね?」
友人「大丈夫です、絶対に7秒を引きます」
私 「『絶対に』?」


本当だ、7秒だー!!

私 「なんで分かったの??」
友人「いやこれ失敗ないんで」
私 「は?」
友人「今まで10回見てますが10回成功してます」

なんとこの番組、ここまでゲームを押しつつも、友人が知る限りすべて成功しているらしい。
仮に失敗したとしても、最後にスポンサーから報奨金をもらえるので借金は確実に返せるとのこと。

私 「だったらゲーム意味ないじゃん!」
友人「楽しいじゃないですか?」
私 「いや、楽しいけどもさ!」



ゲームの賞金に加えて、スポンサーからの報奨金!


そして、校長先生や教育委員会からのカンパ…!


さらにはその場の観客までもカンパ…!!


それだけじゃ済まない、豆乳一年分…!


最終的に、700万ドンの借金が1億3600万ドンの獲得で、1億2900万ドン(およそ65万円)の貯金になりました。一気に年収5年分…!


それを資金に夢だった雑貨店を開くファムさん一家、よかったね!

私 「うんうん…いろいろとおかしくないか?」
友人「ベトナムのテレビってそういうもんなんです」

いかがでしたでしょうか?

私もこの構成や展開にはカルチャーショックの連続でした。
ゲーム性があるようでないけれど、苦労人を徹底的に幸せ者にする番組。
存在そのものが、ベトナムの人口の8割、およそ7000万人近くの人々の「夢」なのかもしれません。

「自分を乗り越えろ」は、こちらのテレビ局のウェブサイトから観ることができます。
TRT Online

(ネルソン水嶋)