『ワルに学ぶ黒すぎる交渉術』多田文明(著)プレジデント社刊

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本連載をまとめた『ワルに学ぶ黒すぎる交渉術』(プレジデント社)が好評だ。詐欺・悪徳商法評論家である多田文明氏が自身の「被害実体験」を交えたワルの手口をリアルにレポートしたもので、読めば、被害を防止する「転ばぬ先の杖」となるだけでなく、ビジネス(営業や上司対策など)に使える。「人の心の動き」を読むためのテクニック集ともなっている。今回紹介するのは……。

■「いい第一印象」で儲けるワルたちの手口

10年ほど前、私は詐欺・悪質商法を撃退する方法を思いついた。それは、あれこれ買わせようとする悪徳業者に対して、「お金がない」と言うことだ。

相手がこちらをいくら騙そうとしても「金がない」のだから、取れるものは何もない。それゆえ、「フリーターで、ローンを組めない」と言えば、ワルたちはたいてい去ってくれたものだった。

しかし、今は事情がかなり変わってきている。

お金をさほども持っていなくても狙ってくるのだ。とりわけ今、注意喚起されているものに、「荷物転送を装ったアルバイト詐欺」がある。

手口はこうだ。

まず、ワルたちはSNSでの書き込みや口コミ、ネットの求人サイトなどを通じて、不特定多数にアルバイトの情報提供をする。これに興味を持った応募者が連絡すると、情報提供をしたワルは仕事内容をこう告げる。

「あなた宛に送られた電化製品、電子機器を所定の場所に送る(転送する)仕事です」

アルバイト料は荷物を1回転送するにあたり、なんと3000〜5000円ほど。応募者は送り先を書いて送るだけの、自宅でできるコスパの高いおいしい仕事だと思ってしまう。

ただし、当然のことながら業者は罠を仕掛ける。応募者に対して言うのだ。

「商品には高額なものがあり、持ち逃げされたら困るので、まずあなたの身元を確認させてほしい」

もっともらしい言葉で、運転免許証や健康保険証を写真に撮って送信するように指示する。応募者は通常のアルバイトだと思っているので、それにすんなりと応じてしまうことが少なくない。

後日、応募者のもとに本人宛の荷物が届き、業者の指示のままに荷物を転送すると、アルバイト料がきっちり銀行口座に振り込まれる。お金が入ったことから、応募者はきちんとした会社なのだという印象を抱き、繰り返し荷物を転送するバイトを続けてしまう。

■「第一印象」でいかに1億を稼いだのか?

ワルたちの目的は何なのか?

実は、応募者のもとには、しばらくして次々と身に覚えのない電話利用料や電話機の代金などの請求がやってくる。カラクリはこうだ。

現在、ネット上では、格安スマホなどの購入や契約が簡単にできるようになっており、ワルたちは応募者の個人情報と身分証明書の画像を使って、不正に電話契約をすることができる。

こうしたネット上の契約では、基本的にクレジットカードが必要であるが、この時、応募者とは別の第三者の他人名義の番号を使用していることが多い。

応募者はウラでこのようなことが行われていることを知らない。だから、淡々と家に届いた荷物や契約書類を次々に転送してアルバイトをしてしまう。

だが、ワルは不正に第三者のクレジットで契約をしているので、携帯電話の代金などの請求は引き落とされることはなく、数カ月を経て、(契約時に住所が書かれた)応募者のもとに請求書がやってくる。そこで、初めて詐欺行為に利用されていることを知るのだ。

応募者が、知らぬ間に不正行為の片棒を担がされてしまったと気づいても、時すでに遅し。請求はほぼ免れない状態となる。

不正な方法ですでに取得された携帯電話は、裏の世界で振り込め詐欺などに使われたり、電話機本体をリサイクルショップや質屋などに転売されたりしてしまう。すでに神奈川県警により、男ら3人が逮捕されているが、アルバイトら400人を使い、4000台ものスマートフォンなどの契約をして、1億円以上を稼いでいたという。

今回の事例では、様々な手口を組み合わせて、応募者を騙しへと落とし込んでいる。ワルたちの立場で言えば、荷物転送のアルバイト料を払うという「損して得取る」手法を繰り返しながら、信頼を取り付ける。第一印象をすこぶるいいものとして相手に植え付け、その後に「本性」をむき出しにして金を奪う。

このアルバイト情報を他人に紹介すれば、応募者たちも紹介料が手に入るため、口コミで話が広がっていった。詐欺の手口は、単体で機能させるよりも、それを複合させることで、より大きな騙しの力が発揮されてしまうことになる。

こうした荷受け詐欺では、応募者の「お金を稼ぎたい」という気持ちが巧みに利用されている。つまり、「お金が稼ぎたい」という思いの裏には、「お金がない」「お金に困っている」という現実がある。それをワルたちは、手玉に取っている。

「これまで何か騙しにあったことはありませんか?」と尋ねると、「私はお金をもっていないので、詐欺には遭わないわ」と自信を持って言う人は多い。しかし、先の事例のように、「お金がない」ないからといって、決して騙しに遭わないとは言えないのだ。

ワルたちは、「取られるお金はないから騙されない」という警戒心の緩さにも乗じて免許証の写真を悪用して、勝手にスマートフォンの契約をする。そして電話が振り込め詐欺などの犯罪行為に利用されてしまう。

また、良かれと思って、アルバイト情報を他人に紹介することで、いつの間にか、悪の手先になってしまっている。すべてが「まさか」であり、驚きなのである。つまり、ここにあるはサプライズなのだ。

■オモテのビジネスでは「第二・第三印象」が大事

ところで、サプライズが有効なのは「ウラの世界」だけではない。「オモテの世界」でも通用する。

一般のビジネスにおいて、相手(顧客など)に予想もしない驚きを与えて興味を持ってもらいサプライズを起こすことで引き寄せることは可能だ。では、サプライズはどうやって起させるのか? キーポイントになるのは、ギャップである。

もちろんサプライズといっても、先の詐欺と一般のビジネスでは決定的に違う部分がある。それは、ワルたちが相手に対して悪のサプライズを行っているのに対して、ビジネスでは、良きサプライズを行う点にある。

悪のサプライズでは、最初にアルバイト料を払い、儲かっている状況を作り、そのウラで、不正に取得した免許証を利用して、応募者を罠にはめさせ大損する結果を作りだす。相手に不利益を被らせようとするサプライズである。

それに対して、他社との付き合いを重んじる一般のビジネスでは、相手にとっても利益になる良きサプライズをもたらしながら、ウィンウィンの関係で物事を進めていく。

これは、ゲイン・ロスという考え方でみるとわかりやすい。ワルたちは、先に「ゲイン」(利益)を与えておきながら、「ロス」(不利益)の結果をもたらすゆえに、悪のサプライズとなってしまう。それに対して、最初に「ロス」すなわち、致命的にならない程度のマイナスの状況を設定し、その後に「ゲイン」というプラスを作りだす。そのギャップにより、“良き”サプライズを起こすことができる。第一印象ではなく、いわば「第二・第三印象」で高い評価を得ようという戦術である。

たとえば、思い焦がれた人に告白したものの、そっけない態度を取られて、脈なしと落胆しているところへ、突然、プレゼントを持った彼が現れて、「付き合いたい」と言われる。劇的な「ロス→ゲイン」の動きにより、嬉しさと驚きは倍増する。

女性たちから結婚話などを聞くと、最初に出会った時はさえない人と思っていても、後にその人の男らしい部分に惹かれたとか、はじめは自分勝手な人の印象だったが、よくよく付き合ってみると、思いやりがあり、そこが魅力だったなどと話すことがあるが、これもまた、最初に印象がマイナスだったからこそ、後の印象がよくなったといえるだろう。

■すこぶる第一印象がいい人にはウラがある

ビジネス書の多くには、最初から相手に「好印象をもってもらうように努めなさい」と記述するものが多いが、必ずしもそれがベストとは限らない。

最初から好印象を与えようとし過ぎずに、ありのままの自分を見せながら接することも必要だ。そして徐々に好感度をあげていく。

たとえば、最初は「さえない部下だな」と思っても仕事をさせていくうちに、決断力があり実績も出す姿に、「なかなか、できる奴だ」と好印象を持ってもらうことができる。

また、ビジネス話を展開するにも、わざと不利益な話からしておいて、提案の印象を下げておいて、上げる話をするのもいいかもしれない。もしくは、上司ウケしようと最初から全力でやるのではなく、じっくり取り組んで後半追い上げるように働く。すると、相手は「思ったより、悪くないじゃないか」と、話に前向きになる場合もあるだろう。

同じ論理で、ある出来事から状況がマイナスになったとしても、それを挽回して、大きなプラスにすることは充分に可能だ。

こんなことはあった。小さな菓子店で、ケーキと300円ほどのお菓子1個を買ったものの、帰宅するとお菓子が入っていなかった。そのことを電話で告げた。

こういう時、たいがい店側は「今日は忙しいので、後日、お店に寄って頂ければ返金します」あるいは、「商品を取りに来てください」となるものだ。

ところが、電話にでた中高年と思しき男性は「今からお届けに上がります」という。数分後、初老の男性がやってきて低姿勢で、「大変申し訳ありませんでした」と、商品を2個差し出した。

対応の速さとともに、安い商品であっても、サービスを疎かにしない姿勢に驚いた。「お菓子を今日、食べられないのか」という、損をした気持ちになっていたが、もう1個の商品を手に入れて、得をしてしまった。

地元でこのケーキ屋が流行っている理由には、味がよいこともさることながら、まさにこうした点があったのかと思う。期待する以上の満足をサプライズの形で提供できるかは、その後の対応しだいということだろう。

(ルポライター 多田文明=文)