若き天才ピアニストの異名を持つ反田恭平。その注目度は日々増している(C)Andrea Monachello

 若き天才ピアニストの異名を持つ反田恭平(22)が11月23日に、通算2枚目のアルバムとなるラフマニノフ『ピアノ協奏曲第2番/パガニーニの主題による狂詩曲』をリリースする。デビューリサイタルを異例のサントリーホール大ホールでおこない、今年10月にはTBS系番組『情熱大陸』でも特集されるなど注目を集めている逸材で、超絶技巧で聴くものを魅了する。前作でみせた“リスト”との共鳴に対し、今作では作曲家でもありピアニスト、さらに指揮者までもこなすラフマニノフの楽曲にコンチェルト(協奏曲)で挑戦した。同じ20代の指揮者であるアンドレア・バッティストーニとともにイタリアでレコーディングした「ピアノ協奏曲第2番」はレコーディング前夜に倒れるというアクシデントのなかで敢行した。今回は「温かいラフマニノフ」を目指したという今作について、王道楽曲に挑戦することへの心構え、ピアノを弾く時に大切にしていること、ロマン派の特徴などについて話を聞いた。

重要なのは“体幹”

反田恭平

――反田さんの作品や演奏、素晴らしいと感じると同時にその若さに驚きです。

最近ちょっと髭を生やし始めたので上に見られてしまうのかもしれませんが、同級生はちょうど就活中、大学4年、22歳です。

――少し上の歳に見てもらいたいと思うような時期なのでしょうか。

 デビューアルバム「リスト」の時が、ジャケットで若く見させる為に髭もなしのサラサラヘアーで撮影したんですけど、今は僕の強い要望で暗黙の了解で髭を生やしています(笑)。

――8月30日から9月1日にかけておこなわれた3夜連続ピアノコンサートの感触はどうでしたか?

 本当に貴重な体験でした。個人的には3日連続リサイタルというのは初めてだったんです。伴奏やデュオなどの公演で3日間たまたま本番が続くという事はあったのですが。デビューリサイタル以降はちゃんとしたソロのリサイタルをやっていなかったので、体力面の問題、集中力の問題があったり…。でも、意外といけたんです。弾いているとあっと言う間でした。

――やはり集中力がそうさせたのでしょうか。

 最初は正直「大丈夫かな…?」というのはありました。来年のツアーもありますし、ある程度は自分の体力の事も知りたかったので、6日間を承諾したんです。結果、意外にも問題なく集中できて、最後までいけました。

――体力面でも大変と思います。モスクワのジムでの体力トレーニングが活きた?

 絶対にそうですね。やってなかったらちょっと不安でした。

――時間的にはどれくらいジムでトレーニングを?

 週に2、3回くらいしか行ってないんですけど、気が済むまでやるので。だいたい10kmくらい走って、それからマシーンでトレーニングしたり。だいたい2、3時間ですね。そもそも身体を鍛えようと思ったのは、大ホールで弾くアーティストになるにはちょっと考えなければ…という事で鍛え始めました。

反田恭平

――ジムでサンドバックを叩いているようですが大丈夫ですか? ピアニストにとって指はとても大事ですし。

 僕は良いと思うんですけどね。

――けっこうロックですね…。

 日本に帰って地元に戻ると、『情熱大陸』を観てくれた人が、サンドバッグを殴ってた事に対して心配してくれて、みんなグローブを買ってくれると言ってくれるんです。

――それはもう素手で殴っていましたからね。

 やるんだったら素手でやった方がいいと思うんです。中手骨を鍛えたいんです。ここを太くして弾く力をつけたいので、そのためにグローブなしでやっていたんです。

――けっこうな力で叩いていましたよね。

 あのサンドバッグは100kgくらいあるし、すごく硬いんですよ。

――それを揺らす訳ですから、力が要りますね。

 そうですね。まずは構えて、ある程度揺らして、返ってきた振動で振られない体幹を作りたかったんです。趣味とはいえ真剣なので。Twitterやファンクラブのメッセージなどにもアドバイスが来るんです。「もう少し違う殴り方がありますよ」とか「そこはもうちょい足を開いて」とか、たくさんアドバイスを頂きました!

――外国の方に比べて日本人は体が小さいですが、体格が演奏に及ぼす影響は大きいですか?

 単純に考えたら、大きい身長の方は足が大きい訳ですから、手も大きいんです。アジア人はロシア人と10cm程の身長差があるので、ある程度小さくなるのは当たり前なんです。僕も手は大きい方ではなくて一般的です。じゃあ、アジア人なりに何を考えたら彼らに匹敵するのかというと、まず“体幹”なんです。体幹である程度、筋肉の質量を上げて。そして“座り”ですよね。座って演奏する職業なので。上半身はある程度動いてもいいんです。ただ、おヘソの下がしっかりしていないと良い音が出ないんです。「良い音」と「大きい」音というのはまた違うんです。

――「質」としては全然違う?

 弾き方もそうなんですけど「大きい音」というのは意外にも100%の打鍵よりも“8割後半くらい”の加減の方が音が通るんです。時として、腕の質量のみで落とした方が大ホールなどではより響くんです。がむしゃらに弾くだけだと、だいたい前から20列目くらいで音が消えてしまうんです。

反田恭平

――ダイナミックに弾いている時でも力加減は8割くらい?

 そうなんです。そこはもう、改めて座り直してそこに構える。そもそもコンチェルトとソロとでは弾き方をまったく変えているんです。ソロの方はたった一人なので、何をしたって聴こえるんです。たとえ7割くらいの力量でも会場内に音は響き渡ります。ところが、コンチェルトとなると、バックに100人ほどのメンバーに自分が一人。「最低でも7割」を維持しなければ、ピアノの音は聴こえないんです。

 だからと言って、ピアノの音量だけこだわっていると音楽にはならない。通常旋律を奏でているのは右手の小指が多いのですが、メロディー以外、バスだったり、左手だったり、あとは内声(内声というのはだいたい右と左手の人差し指、親指あたり4本くらいでやったりするんですけど)をいかにコントロールして、「ここの部分でどのパートを出すか」とか「どの指をより深く落とすか」とか。そういう事を考えると、だいたい均等な割合で負荷がかかってくる訳なんです。

 なのでソロの場合だったら、右手小指を重心にして、コンチェルトだと全部の指を均一に揃えるパーセンテージでなければ面白くはないんです。そのためにはやっぱり指を鍛えなくてはならなくて、指を鍛えるんだったら、手っ取り早いのは、難しいですけど“体幹”です。力なしに「ストン」と落として音が出せるようになったら、それはある程度自分の音が出来るという感じなんです。体の構造と筋肉の話なのですごく難しいんですけど。

――確かに難しいですね。大きな音を鳴らす為に、100%の力で速く弾いたりするとどうしてもガタがきてしまうので、7割の力で大きな音が鳴らせるという事が分かると、それなりに指の運びが速くなるというところ、とても理にかなっていると思います。

 速いパッセージを弾くとなると、やはり指だけでは不可能なんです。和音を弾いたり、大きな音を出す為には上から下ろす。ただそれだけなんです。でも左右に広がるとなると今度は肘を使わなければならないんです。肘をいかに上手く横に誘導させるか。例えば下から上に動く時、まず肘を誘導させると簡単に指が動くんですよ。それこそ力5割くらいで音が出るんです。その為には今度は肩が必要でして。その上で、ただ、指を動かして、ピアノだけで弾いている訳ではなく、色々な面でフィジカルとメンタルを鍛えなければならないんです。

――結局、身体全てが必要ですね。

 そうなんです。全てをコントロールするのは脳なので、全てを脳で理解しないと弾けないんです。

――コンサートを観た時に、指使いが水面で石を跳ねさせる「水切り」のように見えました。それは先ほどの肘の動かし方の話に通じるのでしょうか。

 そうだと思います。作曲家にもよりますが、ロシア作品を弾く時なんかは難しいです。たとえばこれから勉強しようと思っているプロコフィエフ(=セルゲイ・プロコフィエフ:ロシアの作曲家、ピアニスト、指揮者)。あとストラヴィンスキー(=イーゴリ・フョードロヴィチ・ストラヴィンスキー:ロシアの作曲家)あたりの現代作品、邦人作品になると、弾く時に身体をまっぷたつに分けなければいけないんです。もちろん体幹があっての話なんですけど。右と左で客観視して、「右手が一つの楽器」「左手が一つの楽器」、2人で演奏しているようにしなければいけないんです。

反田恭平

――連弾のような感じ?

 そんな感じですね。そこが難しい所です。古典派は逆に「左手が伴奏」「右手がメロディを奏でる」という風になっていますし。

――古典派とロマン派でそういう違いがあるのですね。

 ロマン派になってくると両方メロディになってくる事もあります。それが大きなスタイルの分かれ目だと思います。やっぱりそれを理解しなければいけないですし、それに見合った筋肉の質量が必要です。女性などでよくある「手が小さいから、力が出ないから」とか、そういうのは関係ないかなと僕は思います。もちろん、得意不得意というのはあると思うんです。ただ、それをいかに自分なりに練習して習得して、それを補うかが、その人が問われる事であって。

 例えば、僕の先生は身長は高いんですけど手は僕より小さいんです。僕の手の9割くらいです。そういう先生を見ていると、テクニックどうこうというより、出来ないのは前提で、いかにそれを補えるかであそこまで登りつめているので…。あの有名なマルタ・アルゲリッチ(アルゼンチンの女性ピアニスト)だって小さいですし。

――小さいという事で壁を乗り越えてきている部分が大きい?

 何かしら苦労しているんですよね。大きいと「出来ちゃう(弾けちゃう)からいいか!」みたいなのがどこかで多少あると思うので。普通は苦労しない所で苦労していると考えると、不得意とかはそんな関係なくて「やる気次第」じゃないかと思うんです。今、たくさん小さな子が習っていたりしていますけど、僕はそう言いたいですね。

――今回の記事を読んで手が小さいピアニストの方は勇気づけられるかもしれませんね。

(取材・村上順一)

インタビュー後編 »  王道楽曲への挑戦 反田恭平、目指したのは温かいラフマニノフ
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反田恭平(C)Andrea Monachello 反田恭平「ピアノ協奏曲第2番」 反田恭平(C)Andrea Monachello
作品情報

反田恭平「ピアノ協奏曲第2番」

『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番/パガニーニの主題による狂詩曲』
11月23日Release/COGQ-97/3,000+税/SACD Hybrid
▽収録曲
1.ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18
Piano Concerto No.2 in C minor Op.18
I : Moderato   II : Adagio sostenuto   III : Allegro scherzando
2. ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲作品43* 
Rhapsody on a Theme of Paganini Op.43
Introduction:Allegro vivace
Variation I:Precedente
Tema: L’istesso Tempo
Variation II:L’istesso tempo
Variation III:L’istesso tempo
Variation IV:Più vivo
Variation V:Tempo precedente
Variation VI:L’istesso tempo
Variation VII:Meno mosso, a tempo mederato
Variation VIII:Tempo I
Variation IX:L’istesso tempo
Variation X:Poco marcato
Variation XI:Moderato
Variation XII:Tempo di minuetto
Variation XIII:Allegro
Variation XIV:L’istesso tempo
Variation XV:Più vivo scherzando
Variation XVI:Allegretto
Variation XVII:Allegretto
Variation XVIII:Andante cantabile
Variation XIX:A tempo vivace
Variation XX:Un poco più vivo
Variation XXI:Un poco più vivo
Variation XXII:Un poco più vivo (Alla breve)
Variation XXIII:L’istesso tempo
Variation XXIV:A tempo un poco meno mosso

反田恭平(ピアノ)、アンドレア・バッティストーニ(指揮)
RAI国立交響楽団 東京フィルハーモニー交響楽団*
録音:2016年7月7日、Raiオディトリアム(トリノ・イタリア)
2015年9月11日、東京オペラシティ・コンサートホール[ライヴ]*