北野宏明(きたの・ひろあき)●1984年、国際基督教大学教養学部理学科卒業。91年京都大学で博士号(工学)取得。93年ソニーコンピュータサイエンス研究所(SONY CSL)へ。2008年よりCSL社長。ソニー執行役員コーポレートエグゼクティブを兼務。

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盛り上がる「第3次」ロボットブーム。ブームを牽引するのは「人工知能(AI)」だ。もはやネットの叡智には、プロ棋士もかなわない。進化するAIは、どんな新商品をつくるのか。アイボの「生みの親」が、すべてを語った。

■今度は「遊び」より「役に立つ」を目指す

ロボット事業への10年ぶりの再参入――。2016年6月29日の経営方針説明会で、ソニーの平井一夫社長は再びロボット事業を立ち上げることを発表した。

ソニーは1999年にペット型ロボット「AIBO(アイボ)」で、ロボット事業をスタートさせたが、経営の中核を担う規模には広がらず、2006年には生産を中止。ロボット開発からは事実上撤退していた。

今回の「再参入」のキーマンとなっているのが、かつてアイボの開発にも関わったソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明社長だ。ソニーの狙いはなにか。北野氏に聞いた。

――またアイボをつくるのか。

ペット型になるかどうかはわからない。平井社長が「お客様と心のつながりを持ち、育てる喜び、愛情の対象となりうる」と話しているような、遊び相手になるロボットをつくることも検討している。だが、それだけではない。ペット型とは逆方向でのロボットとしては、他社の製品でいえば「Amazon Echo(アマゾン・エコー)」に注目している。外見は円筒形のスピーカーで、顔や手がついているわけではない。しかし高度なAIを活用した「対話型アシスタント」の機能がある。7つの高性能マイクが内蔵されていて、ソファに座りながら「クラシックをかけて」「ニュースを教えて」と呼びかけると、自動的に音楽の再生やニュースの読み上げが行える。もちろんアマゾンの商品だから、購入履歴から商品を再注文することもできる。

――ロボット事業ではソフトバンクがヒト型の「ペッパー」を手がけている。ヒト型ロボットには取り組まないのか。

現時点では、AIが人間と自然な対話を続けるのは難しい。特にヒト型だと、「人間と同じように話してくれるだろう」と期待値も高くなってしまう。現時点では、ソニーがヒト型のロボットを手がける優先度は高くない。世の中の多くの製品は、単機能だ。用途に特化したロボット群という考えもある。アイボのようなペット型もその文脈で考えたほうが適切だろう。

円筒形のアマゾン・エコーは、あくまでも「音声で指示を出す道具」だ。対話が不自然であっても、道具として便利であれば受け入れられる。形状は重要な要素だと考えている。

――iPhoneにも「対話型」のAIの機能はある。それでも物理的な製品が必要なのか。

その点は明確に「プロダクトをつくる」と考えてもらっていい。アマゾン・エコーに7つのマイクが付いているように、カメラやマイク、センサー群の構成はロボットにおいて非常に重要だ。マイクやカメラだけであれば、スマートフォンにも内蔵されているが、センサーとしての構成を考えると機能は限定的で、必ずしも十分ではない。

これから起きるAIやロボットの普及は、社会基盤を大きく変えるだけのインパクトをもっている。我々がロボット事業を再び手がけるのは、機が熟しつつあるという認識に基づくものだ。企画している製品には、まだ市場が存在しないような、まったく新しいジャンルの製品もある。市場がどんな方向性で発展するかわからないため、「単発」での勝負は考えていない。複数の製品を次々と展開していく予定だ。そうした製品群が、他社製品やサービスも含めてネットワークで連携することで、全体のサービスがより充実していくという「エコシステム」をつくっていきたい。「点」ではなく、「面」で展開していくイメージをもっている。

 

■製品群を立ち上げて「面」で展開していく

――アイボがそのエコシステムに加わる可能性はあるか。

アイボは「楽しい」ことを中心につくられたロボットだ。当時、開発担当責任者の土井利忠氏から意見を求められたとき、私は「5年後までに『役に立つ』ものはつくれないと思う」と答え、アイボに「役に立つ」という機能は盛り込まれなかった。

一方、今回は社会基盤そのものが変わるだけのインパクトがあり、「役に立つ」という必要もある。

――「社会基盤が変わる」とは、具体的にどういうことか。

わかりやすい例はクルマの自動運転。一般道の走行までにはまだ時間がかかりそうだが、物流倉庫などではすでに無人の物流ロボットが走り回っている。物流や製造現場から始まり、建築、土木、農業など、ロボットの市場は次々に広がるだろう。

――その中でソニーのミッションはどのあたりになるのか。

そうした変化を「家の中」と「家の外」にわけると、伝統的にソニーが強みを発揮してきたのは「家の中」。いわゆる「BtoC」の領域だ。まだ具体的なことはいえないが、「家の中」も手がけていくことになると考えている。ただし今回は、「家の外」も手がける。すでに、ZMP社とジョイントベンチャーを立ち上げ、BtoB領域でドローンを事業化している。

■「カネ」の動き方が前回とは違う

――現在、各社がAIやロボット関連の事業へ急速に投資を増やしており、過熱感がある。

それは同感だ。とりわけAIへの期待は過熱気味だ。この数年でAIにブレイクスルーがあったことは事実。「深層学習」の登場で、画像分類、言語理解、音声認識は飛躍的に性能が上がった。しかし「何でもAIで解決できる」というのは誤解だ。「人間の仕事を奪う」というレベルにはまだほど遠い。

アイボのときと違うのは、資金の流れ方だ。当時は大学や国では盛り上がったが、ビジネスにつながるような「役に立つ」というロボットには至らず、ブームは尻すぼみになった。今回は、機関投資家やベンチャーキャピタルが積極的に動いている。これは前回にはなかった動きだ。成長分野として期待が集まっているように感じている。

――これからAIやロボットが成長分野として拡大するために、最も重要なことは何か。

オープンネス(開放性)だ。一社が技術を囲い込むことがあれば成長は見込めない。各社の製品が相互にネットワークへ乗り入れ、製品群が有機的につながることが重要だ。そのためには「このエコシステムに乗ると儲かる」と受け止めてもらえるプラットフォームをつくっていく必要がある。それはソニーだけではできない。

――かつてソニーは自社規格にこだわり、自社製品しか使えないネットワークを構築しようとしていた。今回は違うか。

違う。たとえばスマートフォンでは、ソニーの「Xperia」だけでなく、「iPhone」も接続可能なものにする。それは大前提だ。

(プレジデント編集部=構成 長倉克枝=取材協力)