知的障害の方の子育てについて考えたこともなかった『ひまわり!! それからのだいすき!!』

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「BE・LOVE」(講談社刊)で連載されていた『ひまわり!! それからのだいすき!!』が完結した。知的障害のある母親をもつ女性ひまわりを主人公にした今作、その母親 柚子(ゆず)の妊娠・出産・子育てを描いた前作『だいすき!! ゆずの子育て日記』のシリーズ連載期間は足掛け11年にもわたる。「連載は手探りの日々だった」とふりかえる漫画家の愛本みずほさんに話をきいた。



自分には描けないと思った


――『だいすき!! ゆずの子育て日記』は編集さんから企画を提案されてはじまったそうですが、声をかけられた時はどう思いましたか?
愛本みずほさん(以下 愛本) 難しそうなので無理だと思いました。私自身、子育ての経験がありませんでしたし、そもそも知的障害の方が子育てをするなんて考えたこともなかったんです。なので最初に話を聞いた時、率直に「子供を育てられるんだ」と思いました。知的障害について何も知らないということも躊躇した理由の一つでした。今でこそ特別支援学級などがありますが、40年ほど前に私が通っていた小中学校にはなかったので大人になるまで障害のある方と触れ合う機会は皆無で、どう描けばいいのかわからなかったんです。
――『だいすき!!』の巻末漫画でも描かれていますが、ご友人から「知的障害の人をかわいいと思えたら描けるよ」というアドバイスをもらったことが大きかったそうですね。
愛本 その友人には知的障害のある妹さんがいました。構想段階から彼女にはとてもお世話になっていて、障害のある皆さんの作業所なども彼女に紹介してもらって取材をしていました。でも取材をすればするほど、「障害者」という人たちをどう感じていいのかわからなくなってしまって…。そんな時に「普通の人ならやらないようなおっちょこちょいなことをしちゃった時とかに、ふとかわいいと思えたら描けるかもよ」って言ってくれたんです。大の大人に向かって家族以外の人間がかわいいと言うことを不謹慎だとする考えもあると思います。でも取材をしてさまざまな方とお話しする中で、自然にそう思えることがあって。この言葉のおかげで描けるかもしれないという気持ちになりました。

主人公の気持ちがわからない


――知的障害のある主人公の漫画は今まで読んだことがありません。いざ描いてみるとやはり難しかったのではないですか?
愛本 そうですね…! 柚子が何を考えているかわからなくって…! 私の場合、漫画の主人公には自分の考えが反映されることが多いので、キャラクターは自分の分身みたいな存在になるんです。けれど知的障害者の方には彼ら独特の発想や思考回路があり、私とは全然違うのだろうと思っていたのでどうしたものかと。なので連載が始まった時、柚子の気持ちがわかるようになるまでモノローグを描かないと決めました。連載をしながら、子育てをしている知的障害の方をたくさん取材させていただき、流産を悲しんだり、また流産するのではと不安に思っている姿を見て、普通のお母さんとなんら変わりがないと思うようになりました。そのうち「このお母さんはこういう風にしたけれど柚子だったら違うことをしたはず」と思うことが増えてきて。結局、柚子のモノローグを描けるようになるまでは1年くらいかかりました。本当に手探りでしたね。
――確かに1巻は丸々柚子のだけありません。手探りで描かれていたのが伝わってきます。
愛本 常に試行錯誤しながらの連載でしたが、特に柚子の障害の描き方は本当に悩みました。彼女は軽度の知的障害なので実際に道ですれ違うくらいではわかりません。けれど漫画にするにあたってオーバーな表現にするのは違う。このさじ加減が本当に難しかったです。ドラマで柚子を演じてくださった香里奈さんも対談の時に同じことをおっしゃっていて、とても心強かったのを覚えています。あとこれは物語の根幹に関わることですが、知的障害の方でも恋愛をして、愛する人の子供を産みたいと思う気持ちはちゃんとあるということはきちんと描かなければならないと思いました。読者の中には「彼らにも恋愛感情がある」ということをご存知ない方もいます。好きでもないのに好奇心で思いも寄らず子供が出来てしまったという誤解は絶対に抱いて欲しくなかった。だから特に第一話ではそこを丁寧に描こうと気をつけました。

障害は遺伝するか


――シリーズの中では、柚子だけでなくその家族の話も多く描かれています。特に柚子の弟・蓮(れん)の結婚のエピソードは印象的でした。
愛本 知的障害の方の兄弟の話は、連載開始当初から絶対に描きたいと思っていました。親御さんがそちらにかかりっきりになる分、子供の頃はとても寂しい思いをしただろうなぁとか、大人になったら兄弟の将来の面倒は自分が見なきゃいけないという責任を負うことになります。蓮は当初結婚願望がない子でしたが、夏梅(なつめ)というパートナーを得て、結婚について考え始めます。そうするとやっぱり一番気になるのって「自分たちの子供に障害が出るのか」ということだと思うのです。障害と遺伝に関して明確な医学的根拠はないと言われています。けれど障害者支援を行なっている皆さんは、出来ればそこには触れて欲しくない様子でしたし、実際描かないでくださいという方もいらっしゃって、改めて繊細な問題なのだと感じました。でも、そこを切り離すのは不自然ですし、私としてもそれは出来なかったんです。だってどうやっても考えちゃいますよね? 
――そうですね。読者の方の反応が気になります。
愛本 描いている間はすごく神経を使っていて眠れなくなったりもしたのですが、思っていたような批判はありませんでした。障害と子供の話を描いていて思ったのは、障害とは、もって生まれれば100ですし、そうでなければ0。障害をもつ子供というのはどこにでも生まれる可能性があり、そしてどちらの可能性が高いかわからない状況では、生まれてきた子を育てると覚悟をすることでしか解決法はないのではということでした。

誰かを悪者にするのは違う


――蓮は夏梅の両親を説得して無事に結婚しましたが、『ひまわり!!』では、ひまわりの結婚は破談になってしまいました。婚約者の新井さんのお母さんが、子供の障害や柚子の介護の話をして息子を心変わりさせようとする気持ちが理解できないことじゃないだけに、読んでいていたたまれず…。
愛本 そうなんです。新井さんのお母さんは決して悪い人ではありません。女手一つで子供を育ててきて、ただただ息子の幸せを願っている普通のお母さん。少しでも苦労の少ない道を勧めるのが親心だと思うんです。ひまわりが亡くなった新井さんのお父さんのお仏壇用にバラを持って行ったことをチクリと言ったのも、息子の恋人に対してケチをつけたい、嫌味を言いたかっただけで。私が彼女を好きだなと思うのは、偏見が悪いことだとわかっていて、がんばったけどどうしても受け入れられなくて、後ろめたさを感じているところです。障害のある人たちとの交流を率先してやっていたお母さんが、いざ自分の娘と障害のある人が触れ合うにあたって拒否反応を示すというお話も描いたのも、頭ではわかっているけれど受け入れられないという現実を描きたかったんです。そういう思いは私の中にもあって、この漫画を描いている間ずっとその思いと向き合い続けました。「これは差別だろうか?」「こう考えてはいけないのだろうか?」と。考え続けて思ったのは、障害に対して差別的な思いを抱く人を悪者と決めつけてしまったら、そこですべてが終わってしまうということでした。

後編へ


『だいすき!! ゆずの子育て日記』(試し読み/コミックス/Kindle)
『ひまわり!! それからのだいすき!!』(試し読み/コミックス/Kindle) 
本日8月1日発売の「BE・LOVE」16号には『ひまわり!! それからのだいすき!!』の番外編が掲載中。


愛本みずほ(あいもと・みずほ)
1964年11月29日生まれ。大阪在住。1987年『別冊少女フレンド』でデビュー。代表作は『だいすき!! ゆずの子育て日記』(全17巻)、『ひまわり!! それからのだいすき!!』(全11巻)がある。2歳になった愛犬の名前はコタロー。

(松澤夏織)