「銭湯の脱衣場にはエロDVDがあるもんなんだ」久住昌之×魚乃目三太「昼のセント酒」を語る

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サラリーマンが昼から仕事をサボって銭湯に入り、湯上がりにビールを呑む──

そんなシンプルにして反則級の「気持ちいい」を追求するテレビ東京系連続ドラマ『土曜ドラマ24 昼のセント酒』。その原案エッセイの著者である久住昌之氏(漫画家・漫画原作者/『孤独のグルメ』『花のズボラ飯』)と、ドラマのコミック版を手がけた魚乃目三太氏(漫画家/『しあわせゴハン』『戦争めし』)のお2人に、今回はドラマ、そして互いの作品について対談していただいた。


エッセイ『昼のセント酒』執筆の経緯


久住 最初はネット連載でした。基準は「行ったことない町」に行ってますね。旅先でも銭湯は好きでよく行きます。昔、NHKの番組でレポーターをやってたことがあって。TVのロケって待ちが多いんですよ。そういう時、せっかく地方に行ったんだからその町ちょっと歩いて、煙突があった、おっ、銭湯だ。
魚乃目 ドラマのまんまですね(笑)
久住 煙突っていうシンボルがあるんで見つけやすいですよね。どっかにいつも煙突センサーがあって、他のこと考えながらでも「おっ」って(笑)

執筆にあたってのこだわりは?


久住 ない。
魚乃目 (笑)
久住 「こうやってやろう」って思うと視野が狭くなっちゃうんですよ。ホントに何があるかわかんないからね。だって『セント酒』でも立会川の銭湯に行ったら、脱衣場にエロDVDが(笑) そういうことってあるんだよ、日常って。だけどみんな気がつかない。そういうちっちゃい驚きをできるだけ逃さないように、ぐらいなもんで。俺、普通のことしか書いてないから。「真っ昼間に銭湯行って、酒呑んだら気持ちいいだろうな」って(笑) でも普通出来ないじゃない。それを仕事にかこつけてやってしまおう!って、非日常を自分で作ってしまう、その過程のドキュメンタリーかな。こだわりは、案外視野を狭くする。


ドラマの音楽は久住氏のバンド「TheScreenTones」が担当


魚乃目 ドラマ見ましたけど、音楽の力すごいですね。あの音楽とあの撮り方で、あの脚本がああなるのか、っていう「やられた感」があった。
久住 あの音楽つくと、かなりわざとらしいものもそうじゃなく見えるんだよ。曲作りは脚本の完成より前で、逆にこっちで「こうじゃないか」って読んでいっぱい作ってく。音楽が潤沢にあるから、しゃべんなくてももつし、歩いてるだけでもどんな気分かってのが音楽で伝えられる。そもそもドラマ『孤独のグルメ』の最初から、局の人に音楽どうするのか聞いたら、「予算がないから、ジャズ研の後輩にやらせようと」とか言ってたから「ちょっと待ってくれ、俺がやるから」って(笑)
魚乃目 1話と2話でビール呑む時の音楽変わってますよね?
久住 1曲のうち使われるのは30秒くらいだけど、2分くらいの曲は作ってるから、違うところ使ったりできるの。1話めの時の「ゆ、ゆげゆ!」って曲、あれは最終的にはマカロニ・ウエスタンになるんだよ(笑) あの声はTheScreenTonesの5人全員で、3回か4回重ねて録ってる。だから俺の声も入ってるの。「ゆぅ〜〜〜〜」っていう、声明(しょうみょう)みたいのもそう(笑)


主演「内海孝之」役・戸次重幸氏について


久住 主演は戸次さんでよかったよね。ビール本当にうまそうに呑むでしょ。「僕は365日ビール呑む人ですから」って言ってたから。すごい好きみたいだよ、本当に。大事だよね。本当に美味しそうじゃないと。あのタイトルバックの絵の、銭湯にビールが運ばれてきて「わ〜」っていう、あの顔はほとんど漫画だよね。
魚乃目 元がイケメンなんで、漫画にする時は嫌われないキャラにするように気をつけました。キャラデザは写真から作って、ネームも脚本から起こしたんで、ドラマ第2話を撮る前には漫画第2話は上がってるくらいのスケジュール。でも1話の露天風呂のケロリンおじさんとか、偶然だけど漫画そっくりで。ただ、ドラマの2話で腹筋マシンで股間を隠してたのは、やられた感があった(笑)


コミック版の作画・魚乃目三太氏について


久住 「こういう絵の人とやるのは初めてだな、面白いなぁ」と。谷口ジローさん(『孤独のグルメ』)からの水沢悦子さん(『花のズボラ飯』)の振り幅もすごかったけどね(笑) あの時は頭痛くなりそうだった(笑) 事前に魚乃目さんの『しあわせゴハン』と『戦争めし』を読んだんだけど、世界観がもうあるからこの人なりに描いてもらえれば絶対面白くなると思った。ドラマの脚本からじゃなくエッセイから自由にやってもらってもよかったかなぁ。このエッセイに書いた銭湯に実際に行ってもらって、魚乃目さんの好きに描いて、俺と全然違う感想を持って「あ、そこを描いたか」ってのも見てみたいですね。
魚乃目 やりたいなぁそれ。『昼のセント酒』魚乃目三太銭湯に入るの巻。
久住 第2巻かな。あとがきの漫画も良かったね。俺、あの冷奴のホタルイカ沖漬けのせ、やりたくなったなぁ。
魚乃目 これは旨いです(笑)
久住 漫画になっても「どこが美味しいか」っていうのはちゃんと分かってらっしゃるっていう感じで、それはよかったですね。ネームに対して直しの注文とかは無かったです。もちろんドラマも『孤独のグルメ』からのスタッフなんでわかってるんだけどね。
魚乃目 学生時代は風呂無しアパートだったんで、銭湯通いの時期はあったんですよ。
久住 『のの湯』(画・釣巻和)っていう銭湯漫画の原案協力をさせてもらってるんだけど、それは銭湯だけ俺が決めて漫画家さんに行ってもらってるのね。で、だんだん釣巻さんが銭湯好きになってって、そうすっと話がやっぱり変わってくるんだよね。こういうふうに入らせよう、とか、こんなお風呂だったら女子3人はどんなこと話すだろう、っていうのがすごく楽しくなってきたって。女性の漫画家さんと女性の編集者で、取材で2人で銭湯行ってるんだよ。面白い取材でしょ?
魚乃目 昼のビールも本当に美味しいですよね。旅館に泊まって、昼から瓶ビール頼んだりして。なんでしょうね、あの美味さは。
久住 食堂呑みとかいいよ。ハムエッグとかでビール呑むのたまらないよね。
魚乃目 僕が「思い出食堂」(少年画報社)で連載してる『なぎら健壱 バチ当たりの昼間酒』がまさにそれですね。なぎらさんと楽しくやらせてもらってるんですけど、なぎらさんが紹介するお店がどんどん潰れていってて……。
久住 でもそれはしょうがないんだよね。そんないい店は跡継ぎがいないんだよ。安くてじいさんばあさんがやってる店ってのはさ。
魚乃目 ちょっと漫画に載って、これを記念にやめよう、みたいな(笑)
久住 『孤独のグルメ』のドラマでもあるよ。店をたたむ前にテレビ出て人がいっぱい来て、すごくいい思い出ですって言ってもらった食堂とかある。


『セント酒』コミカライズに抜擢された感想は?


魚乃目 めちゃめちゃうれしかったです。(『昼のセント酒』単行本の表紙を見ながら)あこがれの人と名前が並んで本に載る……漫画家冥利に尽きます。ただ、この企画を振られた時、その場でOKの返事はしてないんです。1冊描き下ろすのに2か月は相当厳しいと。
久住 できるわけないスピードだよね(笑)
魚乃目 ただ、もちろん久住さんとは絶対やりたいって思ってて、即答できなかった理由はホントスケジュールだけ。ちょうど子どもも生まれたばっかりで。だけど、家に帰って奥さんに「どうしよう」って言ったら「え、何言ってんの? 断んの?」って言われて。「あ、断らなくていいんだ」って(笑) もともと久住さんの作品はマイナーからメジャーまでほとんど読んできてるから、話振られた時には「あ、これが出来んのか」って喜びはありました。だって「昼に銭湯に入って呑む!」って言ったら、もうこれは俺しかないだろうって。俺の漫画、チャランポランな人間がチャランポランなことしても、許せる絵だと思うんですよ。逆に真面目な漫画家さんは合わないんじゃないかな。
久住 絵柄は大事だよね。谷口さんには描けない。和泉晴紀さん(久住氏とのコンビ「泉昌之」名義で『食の軍師』連載中)でも違う。
魚乃目 だからチャランポランに描いてやろうとしか思ってなかったんだけど、上がってきたドラマの脚本が結構しっかりとサラリーマン書いてて、束縛があって、「そうきたか」って。
久住 ドラマはそうしないともたないからね。でも出来上がった第1話のネームを見た時は、窮屈そうだなぁと思ったのが正直な印象で。テレビと違うからね、漫画は。でも急いだがためにだんだん脚本も間に合わなくなってきて、だんだん魚乃目さんが自由になってった(笑)

漫画版『昼のセント酒』はトランス状態で描いた


魚乃目 この最終話「金春湯」を描いた時は、ホントにトランス状態というか、「限界の向こう側」というか(笑) 漫画家としてすごい経験ができました。最終話は脚本の細かな部分が間に合わなくて。銀座の金春湯、とだけ決まってて、料理も店も決まってなかったんです。でも、その決まってない感じがよかった。結果、主人公がお風呂につかりながら、何をつまみに呑もうかひたすら妄想する、っていう回になった。
久住 この最終回はものすごくいいよね。ナイス着地だった。
魚乃目 これのネーム、午前中に担当さんに渡して、夕方5時に原稿上がったんです。
久住 えー!? 限界超えてるねそれは。
魚乃目 しかもごはんの絵とか、アシスタントさんに任せず全部自分で描きました。その方が早いから。最終話以外にも、納得できなくて自分で描き直した料理はずいぶんある。このチャーハン、最初アシスタントにやらせたら、ものすごいしょぼいの出てきて。パラッパラのチャーハンの表現で、俺としては米粒一個一個描いてほしかったのに描かなかったんですよ。でもう、時間ないけど「じゃあ俺がやる」って取り上げて、一個一個米粒描いていって。
久住 いやー、チャーハンホントすごい美味そうだよなあ。


「おまえ、醤油黒いか?」


魚乃目 アシさんが醤油を真っ黒で描いてきたんですよ。それを大根おろしにかけてるから、「おまえ、醤油黒いか?」って。ホントはそれをいったん入稿したんですけど、あとでやっぱり自分で描き変えて、差し替えてもらいました。
久住 ここまで大変だとハイになるよね。
魚乃目 終盤の作画をしてた時、奥さんが赤ん坊連れて実家に帰っててくれたんですよ。10日間。
久住 ええーっ! 申し訳ない!!
魚乃目 あの時は朝起きて寝るまで漫画描いてました。家族がいるとそれは無理だから。表紙とか、原稿用紙4枚分のカラー原稿をラフから一晩ですよ。
久住 これいいよねえ。ホントに。パラダイスだよなあ。キャラをばーんとやるんではなく、銭湯の気持ちよさを出して。やっぱどうしても、キャラをでっかくするのが本屋でも目立って、メジャーな感じじゃない。だけど、あえてそうでなく。(カバーを外して開いて)これは素晴らしいよね。最高だよ。そでを開くと番台から始まってるところがいいよね。
魚乃目 ロッカーがふたっつ使用不可になってて。おじいちゃんはたぶんフルチンなんでしょうね。
久住 最終話の銭湯の見開きも素晴らしいね。パラダイス感あるよなあ。
魚乃目 色々やってきて原点に戻るというか。銭湯の一番の醍醐味って、手足がのばせることかなって思って。
久住 最後のページのこの絵、有楽町のガード下、これすごく好き。最後の台詞も。いい終わり方だよね。
魚乃目 このページ、描き終わった時泣きました。文章と絵の雰囲気とで『昼のセント酒』っていう作品の世界が一枚の絵で表現できた気がする。読者の反応も、最終話が良かったって声が多いそうで……。これが経験できたから、ホントに仕事受けてよかったなって。できなかったら、今日も久住さんに顔合わせられなかった(笑)
久住 奥さんに感謝だよ。
魚乃目 ホントにそうです。

土曜ドラマ24『昼のセント酒』
テレビ東京系 毎週土曜深夜0時20分
主演・戸次重幸

(取材・構成 星野哲男

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