CG技術の進歩で映画から特殊メイクは消えてしまうのか。特殊メイクアーティストに聞く

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世界の凄腕10人」に選ばれるなど、日本を代表する特殊メイクアーティストであるJIROさん。映画『進撃の巨人』などの注目作に参加しつつ、さらなる挑戦を続ける彼に話を聞きました。

TVチャンピオンで優勝。でも仕事はなかった


──JIROさんは「TVチャンピオン」(テレビ東京系列)の「特殊メイク王選手権」を連覇されたんですよね。
JIRO 第5・6回のチャンピオンです。東京芸術大学を卒業後に代々木アニメーション学院で特殊メイクを学び、起業して2年目のことです。「特殊メイク王選手権」は学生時代に僕も見ていたので出場できたこと自体嬉しかったですね。でも起業したばかりの頃は生活するのも大変で、出場した時もまだ喰うや喰わず状態だったんです。だからテレビの力を利用して何とか名前を売ってやろうと思っていました。優勝したら仕事が増えるかと思ったけど全然で(笑) 変わらず売れない芸人みたいな生活でした。
──やめようとは思わなかったのですか?
JIRO 自主制作映画など、なんだかんだ仕事があったんですよ。全然お金にならなくて借金つくったりしましたが、手を動かし続けていられたのは大きかったです。あと「TVチャンピオン」に推薦してくれた先輩たちと早く肩を並べるくらいになりたかった。推薦してもらった時、僕は新人だったのでライバルとしてみなしてもらっていないようですごく悔しかったんです。テレビで先輩方が手がけた仕事を見て「これなら自分でもできる」「自分だったらこの仕事はこうした」とシミュレーションしていました。1年で2年3年分学んで絶対追いついてやろうって。


「特殊メイク=映画業界」じゃない


──JIROさんは長年講師として後進を育ててきて、今では学校を主催されています。若い人が映画業界ばかり見ていることがとても気になったそうですね。
JIRO もともとこの業界は映画を見て目指した人がとても多いんです。僕自身も特殊メイクに興味を持ったきっかけは『リング』『らせん』のメイキング番組で真田広之さんの死体を見たことでした。そのリアルさにすごくワクワクしたし、「どうやって作ったのだろう」と興味がわきました。でも僕自身の仕事はヘアーショーなど美容関連のものが多かったこともあり、特殊メイクのフィールドを映画に限定することに違和感があって。特殊メイクというとアプライアンスというパーツを使うのを皆さんイメージすると思うのですが、それ以上に特殊メイクの業界にいる人の方が“こういうものだ”という枠にとらわれている気がしました。それは「つまらないな」と感じたんです。
──昨年『スター・ウォーズ』や『猿の惑星』で有名な特殊メイクアーティストのリック・ベイカーさんが映画業界から引退されました。その際、CG技術の進歩によって今後映画で昔のように特殊メイクが必要とされることはないだろうと発言したそうですが、それについてはどう思われますか?
JIRO 僕もそう思います。以前は映画の仕事といったらデザインやマケットと呼ばれる模型作りから始まり、アナログで何度もテストをしてこれだというものを本番で作っていくものでした。でも今はマケット1個だけとかポイントで呼ばれてあとはデジタルで、となる。自然と仕事量は減りますし、縮小していくと思います。アプライアンスを肌に貼り付ける技術やシリコンを流す作業、型をつくる技術もいらなくなってきています。日本の映画業界にもその波はいずれ来るはずです。
──JIROご自身はフェイスペイント関係の活動を積極的にしていますよね。海外で講演することもあると伺いました。
JIRO 僕は生徒たちに特殊メイクが映画の裏方だと思って欲しくない。既存の枠にはまる必要もない。学校を卒業したら君たちは君たち自身で新しいジャンルを作れるし、何でもしていいんだよと伝えたいと思っています。僕のこの活動が生徒たちの刺激になればいい。フェイスペイントはアートとして確立していないし、特殊メイクとして認知されていない。結構ふわふわしていて、この先どうなっていくんだろうと僕が思っているくらい。僕のフェイスペイントは、今のところ特殊メイクにカテゴライズされていますが、たくさんの人に知られていけばいずれ新しいジャンルになるかもしれないですよね。
──そうなったら何という名前で呼ばれたいですか?
JIRO Amazing Makeですかね。いや、Amazing Workかも。Amazingってハマる直訳がないのがすごく好きなんです。といいつつ、今のまま特殊メイクの中にあってもいいかなぁ。フェイスペイントで使うのは筆と色だけ。それでも特殊メイクに含まれるのだとしたら、それは特殊メイクというジャンルに広がりが生まれたということだと思うんです。そうしたらすごく面白くなっていきそうな気がしませんか?


垣根を取っ払って


──先ほど特殊メイクの技術が段々失われているという話がありました。これから特殊メイク業界はどうなると思いますか?
JIRO そんなに悲観する必要はないと思います。でもこれからは積極的にデジタル技術と関わりを持っていくのがいいと思うんです。それはデジタルに移行しようという話ではなく、間を埋めていくということ。今はアナログを介さずデジタルから入る人が多いですが、アナログでしか表現できないことはある。もちろんその逆も。そしてアナログを知っている人間だからこそできるデジタル表現もある。もしかしたら、アナログとデジタルの中間に上手く立つことができれば、デジタルよりも、アナログよりも上にいく新しいものが生まれる可能性があるのではないか。それがひいてはアナログを衰退させない理由を作ることになるかもしれない。だから僕はあらゆる垣根や境界線を取っ払いたいんです。
──様々な企業やジャンルとコラボしているのもそういった考えからなのですね。マツコ・デラックスさんの「マツコロイド」はとても話題になりました。最近では特殊メイクを題材にした漫画『アトリエ777』(きら著/講談社刊)の監修もされていますよね。


JIRO この漫画には色んなことを気づかせてもらいました。たとえば、特殊メイクってメイクされた人の人格が変わる瞬間があるんです。大人しい人が急に饒舌になったり。漫画ではその瞬間だけでなく心情が描かれているのですが、それがすごく新鮮でした。特殊メイクがもてはやされるのって出来上がったものだけなんですよね。でも「特殊メイクは人の中に入っていく力があるんだ」と読んで気づきました。あと僕、主人公の美空ちゃんがすごく好きなんです。ビューティーメイクの世界から特殊メイクの世界に飛び込んだ彼女は垣根をこえて中間にいる存在ですから、これからどうなっていくんだろうって。
──作中の「ハロウィン用に特殊メイクをライトに楽しめるのでは」という提案も彼女ならではですよね。
JIRO そうそう。読者の方にも特殊メイクを身近に感じてもらえたら、またひとつ垣根がなくなりますよね。
──私はこの漫画を読んで、特殊メイクアーティストの方は手の所作が美しいなと思いました。
JIRO あんまり意識していなかったですね! 特殊メイクってゾンビとかホラーとか怖いものと思われがちですし、そもそもあまり知られていない世界なのでこの漫画で興味をもってもらえたらうれしいです。でもバンチョーもエンジェルもすごくカッコ良いのであんな風になれるかな…と思っているんです(笑)。

『アトリエ777』は「BE・LOVE」で連載中。試し読みはこちら
JIROさんのフェイスペイントはFacebook「Amazing JIRO」やinstagramなどで見ることができる。

JIRO(ジロー)
有限会社自由廊代表。東京芸術大学卒業後、代々木アニメーション学院で特殊メイクを学ぶ。特殊メイク、造形制作などの技術を生かし、映像や美容業界など幅広い分野で活動している。
特殊メイク・造形工房 自由廊HP
Facebook「Amazing JIRO」

(松澤夏織)