ジャケットに惹かれてCDを買う“ジャケ買い”という言葉があるが、書籍やマンガなどもまたしかり。インパクトのある本のデザイン=装丁は、その中身の持つ魅力を十二分にアピールする武器といえる。



例えば吉田戦車のマンガ『伝染るんです。』(1990年〜)はシュールすぎる内容自体も当時大いに話題を呼んだが、白い表紙いっぱいに描きなぐられたようなキャラクターや乱丁(ページの順序が狂っている)と見まごうような構成、カバーを裏返すと読めるあとがきなど、インパクト抜群のデザインだった。

そんなひとクセもふたクセもある装丁で読者を楽しませてきたのが、グラフィックデザイナーの祖父江慎氏だ。祖父江氏と彼が主宰するコズフィッシュが90年代からこれまでに手がけてきた約2000冊以上(!)の作品を前・後期に分けて見られる『祖父江慎+コズフィッシュ展:ブックデザイ』が、1月23日〜3月23日まで、東京・千代田区立日比谷図書文化館で開催される。



「祖父江さんのブックデザインの魅力はご自身のユルい感性と『うっとり力』あふれるデザインワークにあると思います。意図的な乱丁や斜めの断裁など、装丁の常識を覆す作品は、常に私たちの意表をついてきます」と語るのは、同館学芸員の桝渕彰太郎さん。

一言でブックデザインといっても単に表紙のデザインをするだけでなく、本に使われる紙選びに始まり本の構造(綴じ方など)はどうするのか、また特殊な仕上げをするための印刷方法など、さまざまなプロセスを経てようやく一冊の本が完成する。この展覧会では、遊び心あふれる本たちがどのように作られていくのかを祖父江氏が実際にデザインした作品でチェックできるのが見どころだ。

会場となる日比谷図書文化館は図書館と博物館が融合した施設で「いつかはブックデザインをテーマにした展覧会を開催したいという構想がありました」(桝渕さん)とのことで、時間をかけて準備されたこの展示はコンテンツが充実。展示期間を前期=20世紀に手がけた作品、後期=21世紀に入ってからの作品と分けて展示するほか、本作りのアイデアに始まり完成までの詳細なプロセスを紹介していく「本の実験室」コーナーなどが設けられる。



そしてユニークなのは、祖父江氏が特に力を入れている仕事の一つである夏目漱石の『こゝろ』『吾輩ハ猫デアル』新装版(岩波書店より刊行)の制作プロセスを紹介したり、漱石自身が描いた装画、漱石が手を入れたゲラなど貴重な資料も展示する「漱石室」コーナー。

「コーナー設置の理由はまず一つ、祖父江さんご自身が漱石をお好きなこと。そしてもう一つが、ブックデザインをテーマにした本展の開催に当たって、岩波書店さんの『吾輩ハ猫デアル』新装版の製作が平行して進んでいたので、その過程を『じゃあ見せちゃえ!』ということで漱石本のコーナーを設けることになりました。ここでは祖父江さんが手がけるブックデザインのホットな情報を紹介しています」



ちなみに祖父江氏は生粋の漱石本マニアとしても知られていて、例えばさまざまなデザインの『坊っちゃん』の書籍や関連作品をコレクションしており、その数はなんと1000冊以上にものぼるのだそう。あらゆる角度から漱石作品の装丁を研究してきた祖父江氏による新装版がどのようなポイントにこだわり作られていくのか、そのアイデアの源を探る展示は必見。さらに3月10日には祖父江氏本人や岩波書店の編集者がその製作裏話を語るトークイベント(※要予約)も行われるそうなので楽しみだ。

そして前・後期合わせて約2000冊以上という膨大な作品の中で“特に見ておくべきものはどれですか?”というぶしつけな質問を桝渕さんにしたところ、こんな答えが返ってきた。

「正直、選ぶことができません(笑)。どの本もそれぞれ特徴的で、表紙を眺めているだけでも飽きません。来場された際には、ご自分のお気に入りのデザインを探すのも、展覧会を楽しむポイントになるかもしれませんね。一部の装丁本は、2階・3階の図書フロアでゆっくり読むこともできますよ」

ここまで読んだ方には伝わるかと思うのだが、展覧会のタイトル“ブックデザイ”にも祖父江氏らしさが凝縮されていて、とても味わい深い。

「完璧はつまらない。どこかに『おやっ?』『あれっ?』と思うようなことを含ませることで、人はそこで引っかかります。つまり注意を引きます。そこから『これってなんだろう?』『どうしてこうなったんだろう?』『わざとかな?』など、いろいろ思いを巡らせます。誰かが一緒にいればそこから会話が生まれるかもしれません。“ブックデザイン”の“ン”がないだけで、それを見ている人との間にコミュニケーションが生まれます。あまりにあからさまでもおもしろくないので、この塩梅が祖父江流なのではないかと思います」
(古知屋ジュン)