ハンガリー国境のシリア難民(Photo by Mstyslav Chernov)

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 崩壊するんじゃないかといわれていたEUですが、今年の夏から崩壊の可能性を陰謀論信者以外も話し始めています。

 その理由は、現在ヨーロッパに大量にやってきている難民の受け入れ問題です。日本だと外信ニュースでコッソリ報道されるだけなので他人事状態ですが、ここイギリスやヨーロッパ大陸諸国では、「日常の問題」になりつつあります。

 ところで、そもそも話題になっている「難民」の定義を整理してみましょう。1951年難民条約(Refugee Convention)の定義では、自分の国において、政治的、宗教的、人種的に迫害されており、他国へ逃げることを希望する人、となっています。つまり、「難民」であると認定されるのは、母国で迫害されているかどうかがポイントになります。母国で殺されるとか、なんらかの理由で住めない人が、その理由を証明できない限りは難民として認められません。

ヨーロッパ諸国が揉めるのは需要と供給の問題

 そもそもヨーロッパがシリア難民受け入れに難色を示している理由は、需要と供給の問題です。欧州には移民(および難民)は大量に供給されますが、その全ての人をカバーする労働者の需要があるわけではありません。

 欧州全体の失業率は10%を超えており、スペインは若年層の失業率は50%を超え(実質は60%をこえているという意見もある)、ギリシャは経済危機の真っ最中です。イタリア、ポルトガル、スペイン、ギリシャは、北ヨーロッパへ出稼ぎに行くのが当たり前です。イギリスのファストフード店やカフェでは、イタリアやスペイン、ギリシャの若い人が大勢働いています。

 ハンガリーやポーランドなどの東欧も労働者不足ですが、足りない理由は多くの人が北ヨーロッパへ出稼ぎに行ってしまうからです。単純労働者だけではなく、IT技術者も足りていません。インショアセンター(海外にIT業務を外注する。ヨーロッパ域内なのでインショアと呼ぶ)も人不足です。イギリスやドイツに行けば、4倍から10倍の報酬を得られるので移民してしまいます。しかし、東欧のそのような業務を、難民が低賃金でやってくれる保証はありませんし、ほとんどは、賃金が高く福祉が発達している北ヨーロッパに移民希望なので、東欧に定住しようと考える人が、地域コミュニティとうまくやっていくことは考えにくいでしょう。

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労働者不足を解決したいドイツの傲慢さが発揮された

 しかし、ドイツの場合は別の話です。EUの最新のによると、ドイツの有効求人倍率は2.9%とEUで最高です。EU加盟28カ国の平均は1.7%なので、ドイツはその1.7倍です。ついでイギリスの2.4%、スウェーデンが2.1%、移民(難民)に激しく反対するハンガリーは1.4%、イタリアは0.7%、フランスは0.6%、ラトビアとポルトガルは0.5%です。

 現在高齢化と人口減少が進むドイツは労働者が不足しています。今年だけで60万人分の求人があり、12万人分の「トレーニング」ポスト(ドイツにはアプレンティスという仕組みがあり、働きながらスキルを得られます)が空いています。欧州のほかの国と同じく、その多くは、製造業の工場での労働や、技術習得が必要な「手に職系」のポストです。ドイツはシリア難民から働いてくれそうな“上澄み”をすくい取りたいわけで、受け入れは単なる人道主義でも美談でもありません。

 そもそもEUができた理由は、大喧嘩が絶えないヨーロッパの国が、なるべく喧嘩しない仕組みを作ろうぜ、という“建前”が前提になっています。しかし、EUを作った「本音」は、「また世界征服したいとか言い出しかねない、あの厚顔無恥なむかつくドイツ人を牽制しておきたい」です。

 ドイツというのはヨーロッパいち豊かで、工業力も人材もある優秀な国です。街並みは整っており、郊外に行くとゴミひとつ落ちていない街並みが広がっています。こういう国なので、基本的にドイツは自分達はヨーロッパで一番だと思っています。口には出しませんが、そう思っているので、国際会議や多国籍プロジェクトでは、無意識のうちにではありますが、その厚顔さが出てしまい、飲み会にドイツ人だけ呼ばれない、ということがあったりします。

 今回の難民問題では、ドイツが「難民を大量に受け入れる」と言ってしまった後で、後出しジャンケンのように「他の国も受け入れるべきだ」と割り当てを押しつけました。

 EU統合で散々儲けた上に、ギリシャの通貨危機も解決していないのに、勝手に難民大量受け入れを決めてしまって、自分のところでは全部は無理だから、他の貧乏国も面倒をみろ、と一方的に要求を押し付ける態度は、傲慢なドイツそのものです。

 ドイツの無責任な発言は、TwitterやFacebook経由で「様々な国」に広がり、シリア難民だけではなく、アフガニスタン、イラン、パキスタン、ガボンや象牙海岸、コソボなど、シリア紛争と全然関係ない国の人々が押し寄せてしまうはめになっています。

 そういう人々がやってくるのは、経済的に苦しいギリシャ、イタリア、マケドニア、セルビア、チェコといった国々です。貧しい国が、ドイツの尻拭いをしている状況です。

 オクスフォード大学教授で、移民問題を研究するHein de Haas教授は、移民の流入規制をした場合、「今行かないといずれ移民できなくなる」と考える人が多いので移民数が増えるという研究結果を発表しています。一旦は大量に受け入れるといったのにも関わらず、規制する方向性のドイツの態度は、経済移民と難民の流入に拍車をかけていますが、今後も流入者は増えるでしょう()。

 ドイツのこういう無責任さと傲慢さは、ドイツは結局何十年たっても変わってないじゃないか、と周辺国後激怒させただけにすぎません。傲慢な人道主義は、美談でもなんでもないのです。

ドイツが過去に行ったトルコ移民へのヒドイ仕打ち

 ドイツは自国が抱えていた過去の移民問題が、まるで存在しなかったように多様化や人道主義を前面に押し出していることも、他の国を怒らせています。

 ドイツは労働者不足に悩み、1960年代からトルコを中心に外国人労働者を受け入れてきました。帰国することを想定していたので、外国人労働者はドイツ人から隔離され、子供は母国語の授業を受けていました。

 1999年まで血統主義を取ってきたドイツでは、両親ともドイツ人ではない外国人労働者とその子供には、何年ドイツに住んでも国籍は与えられませんでした。ドイツ政府はトルコ人移民に自国文化を維持することを勧める政策をとったため、トルコ人はドイツ人とは異なるコミュニティの中で暮らしてきました。

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 このような政策を取ってきたドイツでは、イスラム教徒が地域に溶け込まないことが大きな問題になって来ました。シンクタンクである「Friedrich Ebert Foundation」のによれば、ドイツの30%の人は、外国人が多すぎると感じており、さらに、外国人はドイツの福祉目当てて移民してくる、と答えています。

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 ドイツ内務省が2012年に発表した「The Daily Life of Young Muslims in Germany」という調査で、48%のドイツ在住のイスラム教徒が「ドイツ社会に溶け込まずに、ドイツ人とは別々の生活をしたい」と答えています。2011年のフランスの調査会社によるによれば、40%のドイツ人が「イスラムコミュニティの存在はドイツのアイデンティティにとって脅威である」と答えています。ドイツ内務大臣のHans-Peter Friedrichは、「ドイツは移民のアイデンティティや背景を尊重するが、権威主義、反民主主義、宗教的狂乱は認めない」とも述べています。

 今回難民受け入れを表明したメルケル首相は2010年に「ドイツの多文化主義(multikulti)、つまり人々が隣同士に住んで楽しく暮らすこと、は完全に失敗した。移民はドイツに溶け込む必要があるし、ドイツ語を学ばなければならない」「私達はキリスト教的な人道主義につながりを感じている。それは我々を定義するものです。受け入れない人々はここにいるべきではない」と述べています()。

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 ヨーロッパの国々は、ひとことで言うと「これ以上イスラム教徒を受け入れたくない」のです。政治的に正しくないので口には出しませんが、それは本音です。

 チェコやハンガリーなどの東欧諸国には、政治的に正しいも何もないので、「自分の国が外国みたいになってしまうのは困る。ここはヨーロッパだ。キリスト教徒だけ受け入れる」といってしまっています。

 欧州の多くの国は民主主義であり、価性の多様化、男女差別の禁止などが社会規範です。イスラム教徒の中には、リベラルな人々や、世俗化している人も大勢います。私が本業のほうで付き合いのあるエンジニアや監査人、会計士などの多くはイスラム教徒ですが、大変リベラルです。しかし、イスラム教徒の中には、ヨーロッパ的な男女平等や政教分離を認めない人もいるので、地元と衝突が起きることもあります。

 例えばイギリスの場合、大学でイスラム教の人々が男女別講義を求めることが、男女差別と信教の自由を巡って議論になっています。

 男女同権や差別禁止は、国の根幹である民主主義に沿った原理原則であり、地元の人達が長年戦って勝ち取ってきた「権利」なので、信教の自由や表現の自由であっても、それをひっくり返されるような要求をされるのは困る、と考える人が大半です。

 こういう問題が起きると、訴訟問題になることもあります。問題が起こった場所が国立病院や国立大学だと、訴訟の費用は税金です。

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「トロイの木馬作戦疑惑」という事件では、イギリス中部のバーミンガム市において、「公立学校でイスラム過激化思想を広めるために、校長の入れ替えを含んだ様々な作戦を企んでいる人々がいる」という密告を市役所が受けとり、教育省や、元テロ対策の長官が調査に乗り出すという事態になりました。

 調査はロンドン東部や北部などイスラム教徒が多い地域の学校にも及びます。調査の結果、校長や複数の教職員が懲戒処分を受けます。この事件により、イギリスの公立学校の監査方法は見直され、公立学校では「イギリス的価値を教育するべき」ということが基本方針として確認されました。

「The British Social Attitudes (BSA)」いう世論調査によれば、2003 年には48%の人が「イギリスにおけるイスラム化を心配している」と答えたのに対し、2013年には62%に増加しています。

 フランスの場合、歴史的な経緯があるので、公的な場や学校で宗教的な活動や習慣を原則禁止するライシテ(政教分離)というものがあります。これは国家的な原理原則なので、例えば公務員が、職場で宗教に沿った服装をしたりすると、ライシテ違反になるので、国として困ってしまうわけです。

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難民の写真を眺めながら武器を売るヨーロッパ人

 ヨーロッパの人々は、建前ではシリア難民を哀れんでいます。しかし、爆撃やボートの沈没で死んだ中年男や老人の写真で、シアリア人を助けようという動きは起こりませんでした。溺死したアイラン君の写真がソーシャルメディアで拡散したことで、様々なことが動き出しました。スタズタに引き裂かれた老人の遺体や斬首動画では不十分だったのです。

 溺死写真が話題になる一方で、今年もロンドンでは世界最大の武器展示会が開催されていました。ヨーロッパ人は、ソーシャルメディアで溺死した難民の写真を眺めながら、EU域外に武器を売りさばいています。建前では平和を祈りますといっていても、武器は供給過剰なのでウクライナ、中東、アジアの紛争が悪化することを願っているわけです。

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著者プロフィール

コンサルタント兼著述家

May_Roma

神奈川県生まれ。コンサルタント兼著述家。公認システム監査人(CISA) 。米国大学院で情報管理学修士、国際関係論修士取得後、ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経てロンドン在住。日米伊英在住経験。ツイッター@May_Romaでの舌鋒鋭いつぶやきにファン多数。著作に『ノマドと社畜』(朝日出版社)、『日本が世界一貧しい国である件について』(祥伝社)、『添削! 日本人英語 ―世界で通用する英文スタイルへ』(朝日出版社)など。最新刊『日本人の働き方の9割がヤバい件について』(PHP研究所)が好評発売中!

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