日本の人びとは永久に戦争を放棄する「日本の憲法」を柴田元幸が訳すとこうなる

写真拡大 (全3枚)

8月6日は広島に原爆が投下された日。
8月9日は長崎に原爆が投下された日。
8月15日は終戦の日。
戦後70年の終戦の日を迎えるにあたり、平和への思いをあらたにしたい――。
そんなわたしやあなたに、ちょうどいいタイミングで最適な本が出ました。

『現代語訳で読む 日本の憲法』


近年は古典の新訳ブームであって、
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』が大ヒットしたり、
海外文学のみならず日本の古典文学を現代作家が翻訳する『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』が刊行されたりと、新訳が活況を呈してますが。

ここにきて、日本国憲法の登場。
しかも訳者は、柴田元幸さん。ご存じアメリカ文学の翻訳家です。
これはもう読まずにはいられない! というわけで、さっそく読みました。

何といっても気になるのは、憲法第9条です。

柴田訳版。

第2章
戦争の放棄
第9条 
正義と秩序にもとづく国際平和を心から希(ねが)って、
日本の人びとは永久に戦争を放棄する。
国として戦争を行なう権利を放棄し、
国同士の争いに決着をつける手段として
武力で威嚇(いかく)すること、
また武力を行使することを放棄するのである。

(2)前段階で述べた目的を達するため、
陸軍、海軍、空軍、その他いっさいの戦争能力を、
日本は絶対に維持しない。国の交戦権も認めない。

その英文版。

CAPTER II
RENUNCIATION OF WAR
Article 9
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

そして、正文。
第2章
戦争の放棄
第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

翻訳の元になっている日本国憲法英文版は、日本国憲法が発布された1946年11月3日に、
「英文官報号外」に掲載された「The Constitution of Japan(日本の憲法)」です。
当時の日本は、「Occupied Japan(連合国軍占領下の日本)」ですから、
官報は日本語と英語、両方で出されていたのでした。

この本には、柴田訳版、英文版、正文の3バージョンが収録されています。
柴田訳版のわかりやすいことばで、すんなり意味を理解してから、
あらためて正文を読むと、ぐっと内容が身近に感じられます。
でも、正文は正文で、いいんです。厳粛な日本語に、すっと背筋が伸びます。
そして意外にも、英文版がすごく響いてきました。
なんというか、英語で読むのが、いちばんタイムラグがない感じがする。
世界に向かって「日本は平和を希求する国に生まれ変わります」と宣言している、
その瞬間に立ち会っている感じがするのです。

これはチャント(祈りのことば)なのだ


「前文」は、柴田訳版だと、こうなります(「前文」より一部抜粋)。
私たち日本の人びとは、永久の平和を希(ねが)い、人間同士をつなげている貴(とうと)い理想を胸に刻む。平和を愛する世界の国ぐにの人びとの正しさと誠実さに信を置くことによって、自分たちの安全と生命を護(まも)っていこうと私たちは決意した。

英文版はこうです。
We, the Japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world.

そして、正文。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

英文版と日本語版(柴田訳版でも、正文でも)を行ったり来たりして読むことで、
そこにこめられた「祈り」が、強烈に伝わってくる気がしました。

たとえば、憲法9条の英文版を見ると(カッコ内は直訳です)

Aspiring sincerely(心から熱望して) international peace (国際平和を) 

the Japanese people(日本の人びとは) forever renounce war(永遠に、戦争を放棄する)

法律のことばというより、
チャント(chant、祈りのことばにリズムや節をつけて唱える)のよう。
たましいの静かな叫びとしての日本国憲法、というか。

日本国憲法は、GHQ草案が元になったので、アメリカからの押しつけだという議論がありますが、
憲法のなりたちを含めて戦前戦後史研究に長年取り組んできた半藤一利さんによると、
憲法9条案は、その当時の内閣総理大臣であった幣原喜重郎氏の発案だったとのこと。

 2013/06/05 「憲法9条は日本人が作った」 作家・半藤一利氏、安易な改憲論に反論 〜「立憲フォーラム」 第4回勉強会

そして、1928年のパリ不戦条約の延長線上にあって、当時、考えうるもっとも理想的な憲法だった、と言えます。


さて『現代語訳で読む 日本の憲法』ですが、『ENGLISH JOURNAL』などを発行する英語学習教材の出版社アルクから出ている本なので、英文版には、注釈で単語の意味も解説されています。柴田先生の訳を参考にしながら、「私ならこう訳す」と、自分の腑に落ちるようなことばに訳してみるのもいいんじゃないでしょうか。


法律用語を監修した憲法学者の木村草太さんと柴田元幸さんの対談「英語からみた『日本の憲法』」も収録されています。
さらに、声優の関俊彦さんによる朗読CDもついています。英文版の音声もダウンロードできます。
(平林享子)