男子ソフトボールの世界では、世界屈指の実力を誇るニュージーランド。国家代表チームは「ブラックソックス」の愛称で知られ、世界選手権ではちょうどラグビーと同じで、化け物揃いの黒軍団として恐れられています(格闘家さながらのガチムチ野郎たちが、試合前に戦闘舞踊「ハカ」を踊るのも、「オールブラックス」と同様)。

 一方、そのブラックソックスの影に覆われ、これまで目立った実績を残してこれなかったのが、野球代表チームの「ダイヤモンドブラックス」。来年秋には、2013年WBCへの予選出場が決まっていますが、IBAFの世界ランキングからも漏れているとあって、「果たしてこの国が、予選に出ることに本当にふさわしいのか」「(先の南米選手権で優勝した)アルゼンチンを選んだ方が良かったのでは?」と、国際野球ファンの間からも懸念する声が上がっていました。

 ところが、そうした勢力図が、一気に書き換わるような事態になってきました。ソフト界の最強軍団から、野球選手が2人も誕生することになったからです。代表チームの副キャプテンであるブラッド・ローナ(35)と、その息子であるピータ・ローナ(17)の両投手が、来年度の野球への転向を決意しました。ブラッドは11年間、ブラックソックスで投手陣の中核を務めた実力者。チームの中心的存在である2人が、チームからの離脱を決めたことで、NZのソフトボール界はちょっとした騒ぎになっているとか。

 今回、とりわけローナが野球転向への重大な理由として挙げたのが、野球とソフトボールの間に横たわる大きな経済格差。野球にはMLBやNPBという、トップ選手が年間億単位の年俸を稼ぐような、非常に経済規模の大きなプロリーグがあるのに対し、ソフトボールには世界筆頭国であるNZにさえも、プロリーグはありません。彼らにとって、同じ扇形のフィールドに、より多くの金銭が埋まっている野球に転向することは、生活のことも考えればやむを得ない選択だったのかも。

 去る11月13日に、ウェストシティ・メトロの一員として、野球選手として既に「デビュー」を果たしているブラッドは、現地メディア「3news」の取材に対し、「俺はずっとソフトボールが好きで、長きにわたってプレーしてきたが、残念ながら経済的な見返りという意味では、ソフトボールは野球に遠く及ばない。収入の多寡によって、アスリートとしての地位が決定されてしまうことは紛れもない事実だ。幸い、この国には息子も含め、才能ある若者が数多くいる。もし、自分たちが来年の予選を突破し、WBC本大会に進出することができれば、スカウトたちが大挙してやってくるだろう」と語っています。

 彼のこの発言の背景には、最近になってMLBの球団が、相次いてNZの選手市場に殴り込みをかけているという事実があります。昨年オフ、今季40 本塁打100打点の大台も達成した、カーティス・グランダーソン(ヤンキース)が、普及大使としてオークランドなどを訪問。今年の初めには、マオリ系のテワラ・ビショップ捕手が、レッドソックスとマイナー契約を果たし、オークランド出身のアンドリュー・マーク投手も、豪州・ABLのブリズベン・バンディッツと契約しました。来年1月にはオリオールズとMLB機構が、それぞれ別個にトライアウトを実施する予定になっています。

 同時に、NZ国内の野球環境も急速に成長。NZにおける野球人口は、ここ2年間で1200人から4500人という、目を見張るような伸びを見せており、これは他競技も含めて、最も著しい成長曲線となっています。3万3000人の競技人口を擁し、日本でいうところの日体協にあたる強化組織「SPARC」から、年間78万NZドル以上の強化費を受けているソフトボールにはまだ及ばないものの、こうした話題が出てきたこと自体、「ダイヤモンドスポーツ」といえばソフトボール一辺倒だった、これまでの状況とは明らかに様子が変わってきています。