ジャイアンツの内野陣が実績のない若手選手や外様の移籍組、あるいは外国人選手中心の布陣になっているのは、ファンとしてはこのうえなく悲しいことである。とりわけ後楽園のサードというのは古く長嶋の時代から聖域と称されてきたもので、81年に原が入団したときも「新人選手に後楽園のホットコーナーを任せて良いのか」という根強い声が勝り、原をセカンドに追いやって、シーズン途中に怪我で戦列を離れるまで中畑が守り続けたのだった。

そんな歴史と伝統が重んじられてきたポジションである事実はセカンドとて同様だ。ポジションとしての特性上、打撃で目立った活躍をする選手が起用されることは少なかったが、千葉や土井の時代からのちの仁志にいたるまで、内野の要、チームの要としての役割を果たし続けた選手によって守られてきた。

ここ二十年でジャイアンツが完全に変質してしまったのは衆目の一致するところであるが、いま筆者が一番気に病んでいるのはこのセカンドが脇谷という選手に委ねられているということだ。
4月20日に甲子園でフライを落球した彼のエラー(判定では捕球したとされアウト)は、脇谷の守備レベルからすれば全くアベレージのプレーで改めて稚拙さを論じる必要もないが、VTRで確かにボールが地面に落ちていることを指摘され「テレビの映りが悪いんじゃないですか」と開きなおった姿勢は、図らずも彼がおよそジャイアンツの選手としての資質からもっとも遠い位置にいることを証明した。

強いジャイアンツを揶揄するフレーズとして、かつての「王ボール」の時代があり、「ジャンパイア」を経て近年では「ドームラン」など、ジャイアンツ有利の判定やプレー条件が議論や中傷の対象になるのは、もはやひとつの伝統である。それでも偉大なる巨人軍の先人たちは反論も言い訳もしてこなかった。
90年の開幕戦(対ヤクルト)で、10人中10人がファールであると断言するようなライトポール際への打球をホームランと判定された篠塚も、決してそのプレーについて語ることがないのは、巨人ファンもヤクルトファンも、そして判定を下した審判も決して傷つくことがないようにという心からの配慮である。

エラーをすれば言い訳をし、チャンスに凡退すれば開き直るような選手を、ファンはジャイアンツに求めてはいない。ジャイアンツのこのセカンドに欠けているのは、選手としての品格そのものである。幸いなことに5月29日のロッテ戦でみせた正真正銘の落球エラーをきっかけに、原監督はようやく脇谷に見切りをつけた。
それ以来ジャイアンツのセカンドを守るのは入団4年目の藤村である。

筆者は昨年ファームの試合に常時出場していた藤村をみて、溢れるスピードとシュアな打撃に目を奪われていたので、今後の活躍がとても楽しみである。なにより今の彼には、一軍で出場機会を与えれたばかりの若手特有の勢いと直向さがある。

藤村がレギュラーを守り続けることが出来れば、ようやく聖地の番人を任せるに足るセカンドがジャイアンツに戻ってくるかもしれない。そのことをジャイアンツファンは期待していいはずだ。
【TEXT=劇!!空間プロ野球 / 松本岳史】


■筆者紹介
松本 岳史(まつもと・たけし)
元フリーライターで現在はインターネット関連企業勤務。仕事の傍ら趣味の観戦は一、二軍問わず年間50試合近くに及ぶ。
今シーズンは試合を見に行こうとすると決まって雨が降る。