週刊少年サンデーにて2001年から連載され、コミックス32巻までで累計2200万部超、テレビアニメや劇場版の映画にもなった大人気マンガ、それが「金色のガッシュ!!」。そしてその生みの親である漫画家の雷句誠さんが6月6日、発行元の小学館に慰謝料など330万円を求める訴えを東京地裁に起こしたわけですが、雷句誠さん自身も自分のブログ上で訴状と陳述書を全文公開、そこには今まで一般に知られることの無かった悲惨な実態が書かれていました。一般的な報道では原稿を無くされたことが原因であるかのように伝えられていますが、最大のポイントは陳述書にあるこの一文。

「あまりにも編集者、出版社と言う物が漫画家を馬鹿にし始めた。」

その悲痛な内容に呼応するかのように、ほかにもさまざまな漫画家がネット上で自分自身の経験を告白したり、考えを表明。小学館は窮地に立たされ、裁判を前にして、少年サンデー編集部名義で「読者の皆様へ」という文章を掲載する事態になっています。

というわけで、雷句誠さんに今回の件も含めていろいろとインタビューしてきました。仕事場の様子などもあります。詳細は以下から。
※まず読む前に、以下のアドレスにある「陳述書」全文を読むと、より理解しやすくなります。

(株)小学館を提訴。 雷句誠の今日このごろ。/ウェブリブログ


■雷句誠さんのスタジオへ
玄関からスタジオに入るとすぐに目に飛び込んでくるのがこれ。


著名な漫画家さんの色紙いろいろ


こちらはファンレターの数々。


2階にはものすごい量のフィギュアたちが。


よく見るとガッシュでおなじみのキャラクターもいっぱい


大きいのもある!


コレクションしているDVDの数々も整理されている


これは読者から送ってもらったもの。


ちゃんと丁寧に溶接されており、技術力の高さが伺える、すごい。


というわけで、興奮冷めやらぬ状態で、雷句誠さんへのインタビューを開始することに。

■いつ頃から漫画家を目指し始めたのか、プロの漫画家になるまでの経緯

雷句誠(以下、雷句と省略):
漫画家になろうと思ったのは中学2年生ぐらいの頃です。それまでもイラストをマンガのマネをして描いていてみんなにほめられたりしていまして、それであとはちゃんとした絵で賞をもらったりすることもあったので、「将来は絵でごはんを食べたいな」と。そういうことを中学生の頃に思うようになっていて、デザイナーとかそういうのもいいのですが、やはり迷ったのは「画家か漫画家か」ということですね。

GIGAZINE(以下、Gと省略):
おお。

雷句:
それで画家もすごく考えたのですが、やはりその頃で絵の最高峰で高値が付けられるのはピカソの抽象画とかなのですよね。そのときに中学の時の同級生とかに「ピカソの絵、わかる?」と聞いたら「わからない」とほとんど答えるんですよ。

G:
(笑)

雷句:
それと比べてマンガというのはみんな下敷きとか鉛筆とか文房具とかで身近に持っていて、みんな愛しているので、「あ、一部の人にしかわからない絵よりも大衆が愛してくれる絵はこっちかな」と思って、それがきっかけですね。あとはそこからお話作りとかいろいろたくさん学ぶところがあったのですけど、きっかけとしてはたくさんの人に愛してもらえる絵というのがまず第一歩です。

G:
その頃に読んでいたマンガはどのようなものがあるのですか?

雷句:
やっぱりジャンプ系になります。ドラゴンボールとか、キン肉マンとか。一番強かったのはドラゴンボールですね。

G:
あのころのメジャーなタイトルですよね。あのあたりの影響力はすごいですね。

雷句:
あと友人が喫茶店をやっていて、そこにマンガの雑誌がたくさんあって、サンデーも読み始めたんですよ。その頃は「うしおととら」とか「GS美神 極楽大作戦!!」とか、いわゆる黄金時代で、魅力的なマンガがたくさんあったころですね。それらを読んで「あ、ここに持ち込んでみよう」って思ったんです。

G:
一番最初に持ち込みをしたのはいつ頃になりますか?

雷句:
高校1年かそこらですね。平日に学校を休ませてもらって、バイトで貯めたお金を使って鈍行列車で東京まで行って見てもらったわけです。「まだまだだけど、高校生にしては描ける方だから見てあげるよ」ということで、一番最初から担当みたいなのがついて、「やった!」と思って帰りましたね。

G:
そこからあとも何回か持ち込みを続けて少しずつ…という感じなのですか?

雷句:
そうですそうです。

G:
それが「玄米ブレード 雷句誠短編集」に載っている分なのですね。

雷句:
一番最初は本当に高校の頃に持てるものをすべて使って、まぁ、今見るとひどいんですけど(笑)

G:
(笑)

雷句:
最初に「BIRD MAN」というのでなんとかデビューできて、そこから先は苦労の連続でやってましたね。

G:
一番最初にデビューできたときというのはどのような感じでしたか?実感というか感想としては?

雷句:
もう本当、「やったー!」というかそんな感じですね。これで第一歩がつかめた、と。デビューしたら連載まで後もう一歩だと思ったんですけど、それから誰もが味わう厳しい壁で連載まで5年かかったという感じですね。

G:
その5年間というのはどういう感じでしたか?

雷句:
アシスタントしながらという感じですね。お話作りはそこそこできるようになったのですが、キャラクターですね。魅力あるキャラクターが描けないという壁です。そのあたりがはじけたときから、読み切りでファンレターをもらうようになって、最終的に読み切りで描いた「玄米ブレード」の前後編というやつで、それからは新人では人気がトップになりましたね。ベテランの皆川亮二先生が特集の増刊だったので、総合人気の一位は皆川先生だったのですけど、その真下の2位につけて何とかうまくいったので…それでもそこから連載までは長かったです。当時の編集長がなかなか新人にチャンスを与えない方針だったというのもあります。ガッシュで連載を取ったときに当時の担当の編集さんだった人が第一感想で「雷句誠君が新人でがんばってるときって、明らかにおかしいから」って言われたんですよね。サンデー手帳というのがあって、それを見るといつ連載が始まったか全部明記されてるんですよ。それを見て、「ここからここの間、見て。新人の連載がほんのわずかしか無いですよ、これ、本当におかしいことだから。編集長の方針だったのかな」って感じで。それでもまぁ、端から見て「まだ連載の腕前じゃない」と感じていたのでしょうね。

G:
ということは、新人がデビューしづらいときにデビューしたほどの実力ということですね。

雷句:
そのときは担当さんのプッシュもあったと思います、とても仕事ができる人だったので。口はちょっと悪いのですがちゃんと仕事をしてくれました。その分、感謝もしています。そのおかげもあってできたような感じですね。

G:
なるほど。あと、いつも不思議に思っていたのですが、先ほども話に出てきた「アシスタントにつく」という件についてなのですが、誰のアシスタントになるかというのは選べるのですか?

雷句:
自分の時は希望を取ってくれました。打ち合わせの時にサンデーの目次を見せてくれて、「この中からどの先生がいい?」という感じで。

G:
おおー。

雷句:
「もちろん無理なところはあるけど」ということで、何人か選んだのです。そのときに「うしおととら」の藤田和日郎先生を選んだのを見て、「ああそうか、藤田さんがいたか」と。当時の自分の担当さんは藤田先生とも少し仲が良かったので、「ちょっと藤田さんに聞いてみる」ということで。一回試しに入りまして、「ほかにも試す子がいるからちょっと待ってて」と言われて、それから2週間後に電話がかかってきて「オレのところでやるか?」みたいな感じでアシスタント先が決まったという感じですね。

■マンガはどうやってできるのか、仕事のスタイル

まずは仕事場となるスタジオを見学させてもらいました


これが仕事場


明るくて広い


仕事場の天井は普通よりも高く、手前の方はこのようにして吹き抜けになっている。マンガを描いているとずっと部屋の中にいることが多いため開放感を出しているそうです。


これが雷句誠さんの仕事用机


これはトーンを収納している棚。いいサイズのものを探したが無かったので、特注でわざわざ作ってもらったそうです。


ずらーり


棚の上には大きなテレビが!


資料などを収めている書棚


天井に近いところまで棚がある


よく見ると映画ヒット祈願のだるまが。


スキャナとコピー機など


仕事に使っているパソコン。ここからブログの更新などもしているそうです。


これは画板と組み合わせた作業台。台の方は既存のものでいいものがなかったので角度を指定して木材を切って作ってもらったとのこと。角度を付けることによって自然な角度で原稿と視線を平行に保つことができ、体への負担を減らしている。


台の下の方には小さくて細長い鉄板のようなものがあり、画板よりも少し上に出ている。そのため、ここでちょうど原稿の紙一枚分がひっかかり、下にずり落ちないというわけ。マンガを描くためのさまざまな工夫が至るところにあります。


ずっと座って作業するため、イスも上等で体への負担が軽くなるものを全員が使用。


G:
「金色のガッシュ!!」の場合、実際に完成するまでどのような手順を経るのか、お話ししていただけますか?

雷句:
まずは打ち合わせから始まります。担当の編集さんに自分の考えているお話しというのを聞いてもらって、それで編集さんが「いけるか、いけないか」、もしくは編集さんからお話しを出す場合もあります。「こういきます?こういきません?」という感じです。

G:
提案のような形ですか?

雷句:
そうです。本当にいい意見だと取り入れて描きます。その方が逆に言えば自分のネタを放出せずに済むので、作家としての寿命は長くなるわけですから。しかし陳述書にも書いた4代目の担当の編集さんのように、ちょっとごり押しされるとどんどん悪い方向へいってしまう場合もあります。そんな感じで打ち合わせしつつ18ページ分、大体このあたりで今回は終わり、引きにして、という感じで決めたら、あとはノートを持ってファミレスにこもって、夜の7時か8時から始めて翌朝までぶっ通しでごはん2食ぐらいを食べながら、うまくいけば2日間でできあがって、できあがったらそれをFAXで編集部に送信、編集さんに見てもらって「OK」が出たら作画に入ります。直しが出たらそこの分を直してまたFAXで「OK」が出るまで送ります。それで「ネーム」という絵コンテみたいなものができあがるので、アシスタントを呼んで、そのネームを見ながらマンガの原稿用紙に描いていきます。

G:
なるほど。ほかの漫画家さんの裏話などでもよく「ファミレスにこもって…」というのが出てくるのですが、なぜファミレスなのでしょうか?

雷句:
やはり「フリードリンク」があるからですかね(笑)

G:
(笑)

雷句:
自宅で描くと誘惑が多いんですよね。テレビがあったりマンガがあったりパソコンがあったり、気が散ってしまうというか、仕事以外のものがあるのでちょっとした休憩のつもりがそのままずるずるということになってしまうので。ファミレスだと「それしかない」ので集中できるわけです。あと、まったく赤の他人なんですけど、人の目があるので何というか、自分だけの空間だと好き勝手でワガママになるのですが、周囲に人がいるとうまくできるんですよね。

G:
適度な緊張があるという感じですか?

雷句:
そうです。そのような理由があるので、ファミレスはほかの漫画家のみなさんも愛用していると思います。

G:
なるほど、非常に説得力がありますね。あと、先ほどアシスタントさんを使って、という話があったのですが、最大で何人ほど使うのでしょうか?

雷句:
最大5人です。大体4人で、本当に忙しいときはヘルプを一人呼んで5人でやってました。大概の時は4人で大丈夫ですね。

G:
アシスタントさんというのはどういう基準で選ぶのですか?

雷句:
まずは人間性です。普通にあいさつとかができたりするのがうれしいですね。それから技能というか、最低限仕事ができないとダメなので、べた塗りとか集中線とかホワイトとかトーンとか一通りの仕上げをやらせてある程度のスピードを見ます。簡単作業でゆっくりされると週刊では間に合わなくなるので。ある一定のラインを超えていれば雇います。あと新人の絵は直しを出さないと使えないんです。ここはこうだからこう直して、という感じで背景とかもいろいろと直していってどんどん上手くなっていくワケなんですけど、そこでスピードがなかったら育てにくくなるわけです。だからやはりある程度の人間性とスピードが大切ですね。

G:
週刊だと一週間の間で休める日とかはあるのですか?

雷句:
ネームがうまくいけば休めます(笑)

G:
つまりネームが早くできれば休めるし、できなければきつくなる、と。

雷句:
そうです。やはりネームがすべてですね。作画時間はほとんど変わりません。18ページで決まっているので、アシスタントが大体4人入って、バランスが取れているので。絵が込み入りすぎるところになったらある程度そこで背景を抜くコマというか、そういうペース配分をちょこっとできるようになりますので…それでもやっぱり楽なときと難しいときがありますね。キャラクターが多いときだと全然終わりませんし、日常シーンばっかりだとガッシュと清麿だけなので本当に楽なときもありますね(笑)

■今回の提訴に至ることとなった原因

G:
普通は今までお話ししていたような感じで順調に仕事ができるわけですが、雷句誠さんの場合はいつ頃ぐらいまでは順調に仕事ができていましたか?

雷句:
3代目の担当までは順調でした。順調と言っても陳述書に書いてあるようなことがいろいろとありました。初代の担当さんは口は悪かったのですががんばってくれました。2代目の担当さんになって、周囲からは「あの人は切れ者だよ」「あの人はできる人だよ」というように言われていたのですけど、自分がそのときはまだ若いというのもあって、本当に相手が非協力的で…打ち合わせの時も「ツーン」という感じで「勝手にやれば?」みたいな…。自分も若いから、仲良くしなくちゃいけないと思っていろいろ話しかけても心を開いてくれなくて。たまに迫力で押すというかそういうときもありました。そういうのが繰り返されてエスカレートしていって、ついに電話越しでこちらから怒って「一回話し合いましょう」ときつい口調で言い始めたら「いや、あの、すいませんでした、電話ですべて吐き出してください」と。「いいからうちに来てください」と言うと「いや、電話ですべて吐き出してください、すべてとにかく言ってみてください」と。そこから結構協力的になりました。

G:
ああー、なるほど。するとそれから少しは改善したと。

雷句:
そうです。やはり感情をぶつけないと…。そこからはいい考えも出してくれるようになったので、ほかの方が言っていたような「この編集さんはできるよ」というのはこういうことなのかな、と。3代目になったときも、どんどん遅刻が常連になってきて、ある日、「あの、ちょっと来てください」と言ったわけです。「アシスタントはみんな上に行っておいてください」と言って、別の部屋で呼んで叱ったんですけど、やっぱりなめてかかられてるんですよね…。

G:
なめてかかられていると、もう態度とかそういうのでわかるわけですか?

雷句:
聞かないというか、「はいはいそうですね」みたいな…。やっぱり、後々になっても直らないわけです。こっちがまっすぐに本当に怒りをあらわにして「なぜこういうことをするんだ」みたいな感じで心の底から怒鳴ると、みるみるうちに顔色が変わって、本当にこれはまずい、みたいなことが相手に伝わるんですよね。それからはちゃんと正してくれるんですよ。というか、そこまで言わないとわからないのですよ。

G:
大体、雷句誠さんが怒るまで我慢した期間というのはどれぐらいですか?

雷句:
どれぐらいか…しっかりとは覚えていないのですが、半年から1年ぐらいは…。

G:
長いですね。

雷句:
我慢してと言うか、ないとは思うのですが、2代目の人の時はアニメ化がかかっていたので「自分が若僧だから自分に対してだけこういう変な態度を取っているのかな、自分だけではなくてアニメの会社の人に対しても同じように無礼なことをしているのではないのかな」というちょっとした危機感もあって…。

G:
ああ、自分だけではなくて他の人に対してもやっているのではないか、という危機感ですね。

雷句:
3代目の人の時は3ヶ月かそのあたりで徐々に遅刻癖が出てきたので。

G:
最初の一週目か二週目あたりはしっかりしていた?

雷句:
ええ、しっかりしていました、最初は。でも、もしかしたら最初のつきあいで、自分という人間を計られたのかもしれないですけど…徐々に変わっていって…。それもしっかり怒って、それからは遅刻したら謝るようになって、「申し訳ありません」、と。4代目は…もう、うん、なんというか、うん、最初からダメでしたね…。

G:
ははは…。

雷句:
陳述書にも書きましたけど、最初からあそこまで喧嘩を売ってきたのはあの人ぐらいです。

G:
珍しいですね、最初から喧嘩を売る態度というのは。

雷句:
結局ストレスで手の骨を折って、そのあとでしっかり話し合いましょうということで話し合ったのです。それでもまだ直後は威圧的な態度は変わらなかったのですが、そこからは段々仲良くなっていきました。4代目も最後の方はちゃんとできるというか、しっかりとした仕事ができる編集になったんです。でも、その、仲良くなってきたあたりで毎回担当が代わるんです。

G:
ですね、今までの流れを見ていると。普通の会社の人事異動みたいな感じで代わってますよね、これ。代わるときは何の前触れもなく突然代わるという感じなのですよね?

雷句:
そうです。

G:
担当の編集が代わる理由とかそういうのは言ってもらえたりしたのですか?

雷句:
「ちょっと異動になりますんで」とかそれぐらいです。何というか、普通は折り合いが合わなくて仕事ができなくなってきたら代わるというのはありだと思うのですけど、やっと仲良くなってきて、やっと普通に仕事ができるようになってきてから代わってるんですよね。

G:
段々うまくいかなくなってから代わるというのであればまだわかるのですが、うまくいくようになってきているのに「代わる」というのは非常に理解しがたいですね。

雷句:
これは自分の憶測になるかもしれませんけど、結局、編集長はいろいろと(漫画家に)仕事をさせたいワケじゃないですか。カラーとかやれば雑誌は売れますし。そういう、ちゃんと言うことを聞いて、言うことを聞かせて、カラーとかを持ってくる、その指示をちゃんと聞ける担当編集が編集長にとってはいい編集なのかもしれません。それでも自分はスケジュールがきつかったら断ります。逆にきつくても向こうが自分の体を気にしてくれて「何とかできませんか、無理だと思うんですが」というようにしてくれるのであれば考えます。さすがに100%とは言いませんが、70〜80%の確率で引き受けると思うんですよ。でもあからさまに頭ごなしにむちゃくちゃなことでごり押しするのは困るときがあるじゃないですか。3代目の人、4代目の人が私の言うスケジュールを聞いてくれるようになってからなぜか代わっちゃったんですよ…やっとここまで関係が築けて、お互いの気持ちがわかるようになったのかなというときになって代わっちゃうんです。

G:
フシギですね。

雷句:
もしかしたら「雷句誠は怒る漫画家」みたいな感じで伝わっているのかもしれないですね。だから編集さんも最初からしっかり強気でやらないと言うこと聞かないみたいな感じで来るのかもしれないですけど、最初から喧嘩を売る必要があるのか…。5代目になったときにはもう自分もすねてました(苦笑)

G:
ははは…。

雷句:
4代目までは向こうが機嫌が悪かったら何とか仲良くなろうとこっちが低く出てというか、「趣味は旅行なんですね」とか、なんとかスムーズに仕事がいくように自分から努力していたのですけど、5代目の時には「ああ、もう、いいや…」と。あと一年我慢すればこの編集部を離れられるからみたいな感じで壁を作ってましたね。最後の担当者に関しては自分もちょっと悪いところがあったかもしれないですけど、仕事としてはまじめにやっていました、自分としては。

G:
陳述書の方を読むと5代目の人について「そのうち、電話も会話が終わると、自分にわかるように受話器を叩き付ける様に切る」とあるのですが、こういうのは社員教育とかで「やっちゃいけないこと」だというようにして習うというか、ある意味常識だと思うのですが…。

雷句:
そう言う細かいところでねちねちと、なんというか、あからさまに喧嘩を売ったら問題になるじゃないですか、だからそういう細かいところでやってるのかな、と。あまり細かいところでこっちも言っていたら「雷句誠は細かいところでぐちぐち言うヤツだ」みたいに言われるのもいやだったので、別に何も言わなかったのですが、もう受話器をこちらにわかるようにガチャンと切るので、最後の方は会話が終わったらもうすぐにボタンを押してました。すっと回線を切るというか。もうストレスが…もう怒るのはやめようと思ってて、いくら向こうが変な態度を取っていても相手をするだけ無駄だと。この手の傷を見る度に、一歩距離を置いて、とにかくこっちがストレス貯めないようにしようと。

G:
陳述書にもストレスのあまりいらだってしまって「机を思いっきり殴り、拳の骨が右手の皮膚を突き破りました」というような描写があったのですが、今までの話を聞いていると雷句誠さんは結構ストレスを貯めてしまう方なのですか…?我慢する時間も長いように感じるのですが…。

雷句:
そうです、結構我慢します。いろいろな人に相談すると「常日頃から吐き出してしまえよ」と言われるのですが、「怒る漫画家」だとか「恐い漫画家」だとか言われるのもアレですし…。あとはやっぱり新人ですから、初めての週刊連載の新人ですから、やはり自分なりにしっかり全部言うこと聞いてやらなきゃという思いがあるんでしょうね…。最後はやっぱり…うん、本当にあれはおかしかったです…。

G:
今回の裁判の争点になっている「小学館が原稿紛失」というのに気づいたのはいつ頃ですか?訴状などを読んでいると小学館を離れるときになって初めて気がついたという感じなのですが。

雷句:
自分はそのときが初めてです。もしかしたら編集者の方では「あの原稿は紛失しているはずだ」と気づいていたかもしれませんが。自分は結局、5代目の編集の仕方を見て、不安になってきたんです。

G:
不安になってきたというと?

雷句:
誤植した部分を指摘したらにらみつけてきたりだとかそういう態度を取ったりとか、できれば仕事をさぼろうとする姿を見ていると、本当に不安になってくるんですよ、しっかり管理しているのか?と…。そして、サンデーにおける連載が終わるということで最後の原稿を渡した2007年11月末に言いました、そちらに渡してある原稿をすべて返してください、と。白黒原稿はコミックスが出たら半年ぐらいで返してくれるんです。確実に定期的に返してくれるんですね。でもカラー原稿は広告だとかに二次使用、三次使用するので小学館の方に預けてあったわけです。だから手元ではなく小学館預かりにカラー原稿はすべてなっていたわけです。そうしたら最悪の予想が当たって「なくなった原稿があります」、と…。

G:
それが陳述書などに書いてある内容なわけですね。しかしおかしな話ですよね。実際に雑誌の編集にも携わっていた経験があるのですが、こういう「絵」「イラスト」などの原稿はデザイン事務所などに渡した段階でスキャナーでスキャンされてデータ化されてしまい、すぐに戻ってくるものなんですよ。二次使用とか三次使用とかをする場合でも、既にそうやってスキャンしたデータを使うのが普通のはずです。だから、「白黒原稿でも半年ほどしたら返してもらう」というのも、正直言うと、最短であれば印刷所に全データを入れ終わった段階で戻ってくる、戻すのが普通なんですよね…。戻さずに原稿を買い取りしてしまうという場合であっても、データが何かの理由で消失する可能性があるので、絶対、もとの原稿は大切に保管するのが普通です。それでいくとその小学館のシステムというのはおかしいんじゃないかなーとは思います。小学館としてもデータとしては持っているはずですよね。ということは、そうやってデータ化した段階で返すのが普通なわけで…もしかしたらマンガの業界というのは「すぐには返さない」というのが普通なのかもしれないのですが、ほかの出版ではちょっとあり得ないと思いますね。

■担当の編集は一体どこまでマンガのストーリーに関わってくるのか?

G:
ネット上などではまことしやかに「担当の編集者がストーリーを作ったり案を出したりしてストーリーに関わっている」と言われていますが、こういうことは実際、普通に行われていることなのですか?

雷句:
週刊サンデーの場合はわかりません。マガジンは関わっているとは聞いたことがあります。自分の時は結構、自分で作らせてくれましたね。最初の担当の人は「次はこういうキャラ出さない?」とかそういうことを言ってくれました。でもそういう話は本当に「種」みたいな感じでひとことふたこと程度です。あとは全部自分に任せてくれましたし、キャラクターの性格とか、話とかも自分で考えていました。

G:
じゃあストーリーの案とかを出してくることはあった、と。

雷句:
ええ。ネームを読んで、少し言ってくることはありました。あと、あの…ガッシュを読んだことは…?

G:
全部読んでます!

雷句:
ああ、ありがとうございます!! で、石版編ってあったじゃないですか。その石版を「ちょこっと今から少しずつ出さない?」みたいなアドバイスは初代の担当さんですね。最初は「1000人の魔物の戦い」ということを考えていたんですけど、担当さんが無理矢理、「100」に決めちゃったんですよ。できるかどうかわかんないし、みたいな感じで。でも、「人気が出てきて話を長引かせたい」となったときに「1000年前の魔物が残ってる」というのがいきなり出てくるとアレだから、今のうちからちょこちょこっと伏線張っていかない?ということができる人だったんですよね。

G:
どちらかというと「アイディア」という感じですね。

雷句:
そうですそうです。しかもやっぱりうまいじゃないですか、きちんとできるので。3代目さんまではちゃんとアイディアは出してきてくれました。でも、ストーリーは全部自分が考えていましたね。

G:
ある意味、理想的な関係ですね。

雷句:
なのに4代目の担当さんの時に、引き延ばしを命じられたのかどうかわからないんですけど…。

G:
ああ、無理矢理、がーっと…

雷句:
引き延ばしのアイディアは使いませんと断ったんですけど…その設定で何度頭の中でシミュレーションしても、ああこりゃだめだ、人気が落ちるばかりになっちゃうよ、と。

G:
これは無理、と。

雷句:
それでまぁ普通に自分の筋書き通りな感じで話を進めていくわけですけど、向こうのアイディアをごり押しする感じでずっとやってくる人で…

G:
何かにつけて引き延ばしのためだけのアイディアを言ってくる、と?

雷句:
そうです。アイディアを入れなければ、やはり不機嫌になってくる…。それで、手を折ってそのあとでいろいろ気づいたんですけど、ゼオンが出てきたときですね、担当さんが言った言葉が「ザケルガっていう呪文は手から出るザケルなんですね?」と…。「いや、ガッシュは口から出して、ゼオンは手から出すんですよ。ガッシュもゼオンも(ザケルガ自体は)同じですよ、同じ雷系の呪文ですから。ザケルガは(ガッシュが出す方もゼオンが出す方も)同じランクの呪文なんですよ」というのが読者なら言わなくてもわかるじゃないですか!そのときに「ああ、そうか、変なアイディアをごり押しして、かみ合わなくて苦労した原因はこれか」と思って…。

G:
つまり、担当の編集が、担当している漫画家のマンガを読んでいないとわかった瞬間ですね。

雷句:
いろいろと、あるのです…。

■「昔」の編集者と「今」の編集者

G:
アシスタント時代から、今までずっといろいろな編集を見ていると思うのですが、昔の時代の編集さんと今の時代の編集さんとを比べるとなんだか段々劣化してきているような感じがするのですが、どうでしょうか?どのあたりで明確な違いというのを感じますか?

雷句:
えーっとですね、やはり、4代目になったときです。遅刻とかは怒れば何とかなるんです。でも、「自宅のFAXは壊れている」「まだFAXは壊れている」とか、明らかに仕事放棄じゃないですか…それはやっぱりちょっとおかしいと思ったんですよ。マンガの原稿を返すときは3代目まではちゃんと手で持ってきていたんですよ。紛失したときに運送会社のせいにしたくないということで。それが4代目の方からかな…うん、5代目の人からはもう確実に、あからさまに郵送にしていました。「本当にいいの、これでいいの?」みたいに思っていたのですが…。つまり、編集者が原稿を直に手で持ってくるということはなくなっていきました。それが劣化ですね。5代目の時は誤植を注意したらにらみつけてきたというだけで「ああもうだめだ」と思いましたね。

G:
郵送というと、経路を記録するとかそういうタイプの郵送ではなくて、要するに、普通の郵便ですか?

雷句:
普通に宅急便です。原稿紛失があったことがわかったあとも宅急便でした。ああもういいや、と…怒ったらもう負けだから、と…。腹を立てるだけ自分が損するだけなので…。

■机を殴って骨が皮膚を突き破った「右手」は今どうなっているのか?

G:
あの、陳述書を読むと「机を思いっきり殴り、拳の骨が右手の皮膚を突き破りました」とあるのですが、今はもう大丈夫なのですか?

雷句:
手の方は大丈夫です!もうオッケーです、傷跡は残ってますけど…。

これが右手


傷跡を拡大


■雷句誠さんの考える「理想の編集者」像

G:
不運にもいろいろ変わったというか、そういう編集さんを多く見てきたわけですが、漫画家にとって「理想の編集者」とはどのようなものであると考えていますか?

雷句:
そうですね、やっぱり一緒になってお話しを作ってくれる人です。自分のマンガを愛してくれるのが一番うれしいです。自分のマンガを愛してくれていて、読んでいてくれれば、やっぱり見当違いなアイディアというのは出ないはずなんですよ。愛してくれているのがわかるようなアイディア、例えば、このキャラがこういうことをすればもっと面白くなるはず、みたいな感じです。お話しが活かせるアイディアを持っている編集さんがうれしいです。やっぱり、愛がない編集さんのアイディアは、どう考えてもうまく転びませんし、作品を作っていてもストレスだけがたまりますので。強いて言えば、さらに言えば、自分から「今度の回はここが舞台なので取材に行ってきます」とか「この回で役に立つ文献とか資料とかを探してきます」とかそういうこともやってほしいです。というか、昔の編集さんはやっていたんですよね…。

G:
よく聞きますね、そういうのは。

雷句:
でも今はそういうのを求めると、あからさまに嫌な顔をするので、あの、もう、自分の知り合いの漫画家さんも「頼むと嫌な顔されるから絶対に頼まない」と言っていましたね。そういうことになってます。あとは「直し」を出すなら、責任を取って「何時でもいいから連絡ください」みたいな一言は欲しいです。自分もあまり編集さんに苦労をかけたくないので、FAXとかもちゃんと編集さんが起きている時間帯、お昼頃に流しています。あと深夜とかにたたき起こすような電話は一切かけていません。

G:
えーっと、編集者の人は資料とかは一切揃えてくれない、と…?

雷句:
ええ、まったくしてくれませんね。まったくというか、初代担当さんが言った言葉で「ガッシュだけは取材一切無しでやろうと思ってるから」と。「それは一体なんだ…?」と思いました。出鼻でそう言われましたね。とは言いつつも、その人はほかのマンガの時には、マンガに出てくる乗り物の会社に行って取材をするとか、そういうのはしっかりやってました。ただ、ガッシュに対してはやっていませんでしたね…。

G:
今までの担当になった編集さんというのは、「金色のガッシュ!!」の専属というわけではなかったのですか?

雷句:
初代から3代目までは複数持ってました。4代目と5代目は専属でした。あと、サンデー編集部には連載している漫画家さんと同じ数の編集部員がいると思うんですよ。それならなぜ一人の編集さんに複数の漫画家さんを担当させるのかというと、使えない編集者がいるんです。まったく担当を持っていない編集者が本当に、ごろごろいるんです。「なぜ担当を持たない編集さんがいるんですか?」と聞いたら「いや、あいつは平気で大御所とかに無礼な態度を取るから、任せられないんだよ」と。

G:
役に立たないのであれば普通、クビになると思うのですが…。

雷句:
ですよね…なぜなのかな…何か理由があるんでしょうね。

G:
フシギですね。

雷句:
あと、初代の担当の方があまりにも口が悪い方だったので一回、当時の編集長に相談したことがあったんですよ。そうしたら「いや、あいつがどれだけ働いていると思っている。本当に今の編集部は働かないんだよ。あいつがどれだけ役に立っていると思っているんだ。あいつはがんばっているから、なんとかやってくれ」と言われました。

G:
なるほど。陳述書にも書いてありましたが、口は悪いけれども、仕事はちゃんとしている、と。

雷句:
そうです。今でももしかしたら本当に、担当を持っていない、持たせてもらえない編集者が何人もいるんじゃないかなとは思います。

G:
編集の人数が足りないから複数の作家さんを受け持つというのならわかりますが、そういう理由は…使い物にならない編集を置いておくというのはちょっと…。

雷句:
上の方の人も本当に困ってましたね。言うことを聞かない、と。こういうことを言うと「いや、そんなことはない」と言われるかもしれないんですが、当時の編集長の叫びは身に染みましたね…本当に。

■商業誌デビューに興味のある漫画家のタマゴさんへ

G:
先ほどは連載を持ってから、編集者によるストーリーへの口出しとかアイディア提供とか、そういうのを聞いたのですが、今度は漫画家として商業誌デビューに興味のある漫画家のタマゴ、そういう立場の場合、編集者からはどれぐらいストーリーに関するアドバイスなどがあるのでしょう?

雷句:
自分の場合は二言、三言でした。これの設定をこう変えない?とか。話に口出しすると言うよりは、新人の読み切りというのは雑誌に載るか載らないかわからないものじゃないですか?だからこのキャラをもっと魅力的にしようとか、変なクセを持たせようとか、その程度です。あとたまに、方程式を教えてくれたりします。方程式というのはあまりよくはないんですけど、まったく話ができない新人にはまず一回、方程式を覚えさせるといいので。ここでこうなって、ここに敵がいて、ここでこの伏線を前に張っておけば、一つのお話しになるよ、みたいな。

G:
ああ、お話しの作り方みたいな感じですね。

雷句:
そうです。それでまずちょっと作ってみようとかそういうのはあるのですが、それだけやっていても延々とデビューできないんですよ。本当に方程式だけのマンガなんてつまらないじゃないですか。読んでて先が「読める」じゃないですか。それを打破していくのが個々の才能になってきますね。キャラクターに光を持たせたり、特別な罠を仕掛けたり、それぞれの作家さんの才能でそのあとは方程式を離れて…。

G:
基本から応用みたいな感じですね。

雷句:
そうです。だから新人というものは編集からのどんな無謀な意見でも面白くしていくのが、常識でした。逆に言えば、月刊連載と言ったときも話の打ち合わせのときに「次どうしましょう、編集さん?」と聞くと「次、女医出さない?いわゆる、女性の医者だよね」「…はい」「じゃ、よろしく!」これを「30秒打ち合わせ」と言うんですね、とても印象に残ってます。やっぱり新人なんてそんなもんです。自分も結局、何を言われてもあとは自分で揃えて持って行く、それで気にくわなかったら直しを出されて。じゃあ今度はこうやって、編集を驚かせてやるぞ、みたいな感じでやっていく、と。この段階でも悲鳴を上げている若い子はたくさんいるんですけど、一応自分はその段階でも結構踏ん張って面白いものを作り上げて持って行っていました。

■これから「マンガ雑誌の編集になろう!」と思っている人へ

G:
出版社に入社する人の中には、漫画が好きで、いい漫画を作っていきたいと思って入社する人もいるはずなのですが、そういう人にアドバイスをお願いします。

雷句:
自分の担当しているマンガは愛してください!しっかり読んであげればアドバイスの仕方も自然に見えてきますから。逆に読んでいないと、アドバイスの仕方とかがあらぬ方向に行ったりするので。いろんな作品を読んで、いろんな文献を読んで、編集者としての知識というか、知識の箱というか、底を広げておくのも大事なことですけど、担当を持ったとしたら一番はその漫画家さんの作品を愛読してあげてください。それからすべてが始まると思いますので。

■「マンガ原稿の紛失」は今回だけの特殊ケースではない

G:
編集者が漫画家の原稿をなくすというのは一般の企業であれば、企業の自社商品に関わる重要な物をなくしたのと同じなので、編集者としてではなく一般の社会人としても十分におかしいレベルなのですが、このようなことは実際、よくあることなのでしょうか?また、「今までもそういうこと(原稿の紛失)があったよ」というメールが来たりはしますか?

雷句:
小学館を離れた漫画家さんから結構メールが来ています。

G:
同様の内容で原稿を無くされた、という内容ですか?

雷句:
そうです。「自分も同じような対応を受けたので陳述書の内容はとてもよくわかります」「自分も同じ経験をしたからあなたの気持ちはよくわかります」とか、あとは「自分は原稿をまるまる一話無くされました」とか、「私も原稿を無くされました」とか、ぼろぼろ来ています。

G:
それは一通や二通ではなく、もっとたくさん来ている感じですか?

雷句:
そうですね。でも十通は来ていません。自分の元に告白としてきています。ベテランの方もいるのですが、やはり泣いている多くは若い新人です。

G:
読み切りとか…

雷句:
そうです。それとか、ちょこっと連載を持ったけど、原稿紛失されたとか。それでも謝りもしない、弁償もしない、と。

G:
ちょっと考えがたいですね…。

■ネットオークションに自分の原稿を出したときの気持ち

G:
今回は提訴するに当たって金額を出すためにネットオークションの「チャリティーオークション」として出品したと聞いているのですが、実際にオークションに出してどのような気分でしたか?目の前で自分の原稿に値段が付いていくわけですが…。

雷句:
もう、ハラハラですよ!ええ!しかもオークションはみんな低い金額で競り落とそうとするから、なかなか上がらないじゃないですか?締め切り日が迫ってくると段々と値段が付いて上がっていくのですが、もう、気が気じゃなくて、「あれ?ボクの絵ってまだ5000円ぐらいなの…?」とか、ずっとヤキモキヤキモキしていました(笑)

G:
すごい気になっていたわけですね(笑)

雷句:
チャリティーだから自分のお金になるというわけではないのですが、やっぱり自分の絵に価格を付けられるというのが!できれば味わいたくなかった!(苦笑)

G:
なるほどなるほど(笑)

雷句:
できれば味わいたくなかった、一生懸命描いたんだから!!

G:
そのあたりは複雑な気分というヤツですかね?

雷句:
ええ、かな〜り複雑な気分でしたよ。

G:
最終的には値段がちゃんと付いたワケなのですが、一番最後に落札されたときの気分はどうでしたか?

雷句:
あの、ホッとしました!最初の絵を出したとき、20万円を超えたあたりでホッとしました。

G:
心の中で「このあたりのラインは超えて欲しい!」というラインだったわけですね?

雷句:
ここを超えたらもういいや、と。結局、35万円で落札されたときには「ああ、うれしいな!」と。

G:
自分の考えていたラインよりももっと上にいった、というわけですね。

■「雷句誠の今日このごろ。」というブログについて

G:
現在開設しているブログ、「雷句誠の今日このごろ。」はつい最近できたものなのですが、今回の裁判を前提に作ったのですか?

雷句:
裁判前提と言うよりは、オークション前提でしたね。

G:
ネットオークションが前提にあって、自分がちゃんと出品している本人であるということを証明するためのモノだ、と。

雷句:
損害賠償訴訟をすることは(小学館から)値段を出された段階で決まっていて、弁護士の小野先生とも結構相談をして、結局、オークションのあとに訴訟が待ちかまえているわけですから、ウェブサンデーという、サンデーの公式サイトを使ってのオークションの告知というのはちょっと違うかなーと自分では思っていて。それで早々にブログを立ち上げてそこでオークションの情報告知をしようと。そのときは一日のアクセス数が1000ぐらいでした。今のコミックスで初版40万部ぐらいと考えると、とても少ない来訪者数だったのですけど、でもいいか、と思って。そしてオークションの結果が出て、という感じです。

G:
なるほど。訴訟を起こしたことは各報道機関によって報じられたわけですが、ブログのアクセス数は上がりましたか?

雷句:
かなり伸びました。今は一日、何万だろう、3万か4万ですかね。話題になったときは10万いきました。

G:
なるほど。今は3万〜4万のアクセス数で毎日、推移していると。

雷句:
そうですそうです。

■編集者との間に「エージェント」を入れてみるというアイディア

G:
漫画家と編集者はそもそも立場が違うため、間に「エージェント(各種交渉のための代理人)」を入れてはどうかという考えが昔からありますが、そういうアイディアについてはどのように考えていますか?

雷句:
今の日本の漫画界はやっぱりかなり強い人でないと難しいと思います。やっぱり実際に連載してみないと実力がわかりませんし、逆に連載を持って波に乗り始めてエージェントさんのようなものが付けばいい仕事をするかもしれません。でも、なんというか、そういうことができる人がまずどれぐらいマンガの知識を持っているのかとか、どれぐらいマネジメントしてくれるのかとか、そういうところですね。マンガの原稿料は他言しないというような中でどうやって相場を調べていくのかという問題はあると思います。けど、どこかでそういう人が出てくるとも思います。逆に、私のもとに「エージェントやってます。よければ、私のお仕事を覗いてみてください」というのも来ました。小説家とかデザイナーとかそういういろんな人に対してエージェント、マネジメントとかの交渉をしている者です、と。さすがに自分はちょっとそういうのには奥手なので手を出しにくいのですが、今回、いろいろな人に「原稿料が低すぎですね」と言われました。自分はコミックスがあったので印税も入ってきましたが、新人のことを考えると、やっぱり原稿料は上げた方がいいと思います。

G:
今後はエージェントみたいなのもありかもしれない、と?

雷句:
定着すればあっという間だと思います。ただその定着するまでが難しいと思います。あとは出版社が嫌わなければ、ですね。「若僧がこんなエージェント付けやがって、生意気に」みたいに思われて干されたらそこで終わりですからね…。

■次回作について

G:
最後に、次回作についてのヒントをいただけますか?

雷句:
本当はもう何もかもシークレットにしたいのですが、バトルものからちょっと離れるかなーという感じですかね。でも、ある意味、バトルなのかな…そうですね、ちょっとした「ロックの魂」が入っているかなという感じです。音楽的なものではなくて、いわゆる押さえつけられている人間の上への叫びと言いますか、抵抗と言いますか、曖昧で申し訳ない。ジャンルとしては結構世に出ているのでそれほど真新しいという感じはしないと思うのですが、ただ、今の日本でちょっとしっかりやっていきたいなと思っていて、既に題材にしたマンガが何個も出ています。

G:
ジャンルとしては存在しているけれども、みたいな感じですか?

雷句:
そうそう。けれども、既にキャラクターが決まっていて、動いているキャラクターがもう頭の中にあるので、自分としては焦っていないです。いつでもこのキャラクターなら描けるなというのがあります。話し合いとかによって全ボツにするかもしれませんけど、描きたいものはそういう形で決まっている感じです。キャラクターができているのでこれでいければなーと思っています。

G:
そういうマンガの構想というのはどういうときにできるのですか?

雷句:
マンガを描いているときですね。マンガの絵を描いているときに浮かんできたり、あとは街を歩いているとき、散歩しているとき、バイクに乗っているときとか、ふとしたときに思い浮かんだりします。あとはテレビ番組を見ていて、ギャグのシーンじゃないテレビのシーンで「ここでこういうことやったら受けるだろうなー」とか。結局もう頭の中の構造がネタ作りというか、面白い風に捉えるような構造になっているので、普通の生活をしていても、テレビを見ていても、歩いていても、面白く解釈していけるわけです。その中で「これいけるんじゃないか?」と思ったものが強く残ったら、何度も反復して世界を広げていこうという感じで何度も頭の中で転がしていって、このキャラはずっと動かせるというような感じになると、いけるネタが決まっちゃいますね。

G:
少年誌向けを今までやってきていますが、もっと上の年齢層、成年向けは今後描くようなことはありますか?

雷句:
あるかもしれません。というのも、次に考えているのが果たして少年誌と呼べるのかどうかわからないんですよ。どちらかというと青年誌に近いんじゃないかなと。でも、子どもが読んでも楽しいものになりそうだな、と。

G:
期待してます!それでは、今回はありがとうございました。

最後は笑顔で見送ってもらいました。


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