電子マネーやスマフォ決済が世に広く普及してきた中、「銀行」は将来的にあり方を変えていく必要があるという(写真:martin-dm/iStock)

「Banking is necessary, banks are not.(銀行の機能は必要だが、銀行は必要なのか)」とビル・ゲイツが語ったのは1994年。フィンテックが新たな金融シーンの主役として脚光を浴びたのは、それから20年後だった。そして今、進化を止めないデジタル化の大潮流が、顧客の行動と意識を変え、金融サービスのあり方を抜本的に変革しようとしている。

ブレット・キング氏の新著『Bank4.0〜未来の銀行』は、デジタル化が進む世界における金融サービスの変化の方向性と、その中での銀行の生き残りの条件を示した書籍だ。同書を翻訳したNTTデータ経営研究所の上野博氏に、デジタル化が銀行にどのような影響を及ぼすのかについて話を聞いた。

支店を訪れない顧客

海外と同じく、日本でも銀行の支店を訪れる顧客数が減少を続けている。減少ペースは銀行によって異なるが、年間3〜4%といったところが多いとみられ、5年間では15〜20%の減少となる。支店を収益の源泉と位置づける銀行にとっては非常に大きなインパクトだ。


しかし実は、すでにほとんどの顧客は支店を訪れていない。数年前にある地方銀行で調査したところ、6カ月間に支店を訪れた顧客は、全顧客数の約7分の1にすぎなかった。現金引き出しにはATMがあるし、振込みはインターネットやモバイルバンキングで十分であり、通常は手数料も安い。コンビニで支払えるものも多くなり、日常的に支店を訪問する必要はなくなっている。

それだけに、「紙」を窓口に提出して手続きするとか、物理的に行員と会うなどの必要があって支店を訪れるときには、非常に面倒に感じる。

それは、今や非常に多くのことがスマートフォンをつかって「すき間」時間に用足しできる一方で、銀行の支店に行くと、「なぜこんなことをやらなければならないのか」とか「なぜこんなに待たされるのか」と思わされることが多いからだ。このような、目的の実現に向かう際の行動上や心理上の引っかかりを「フリクション」と呼ぶ。

実は、テクノロジー巨大企業は、こうしたフリクションの解消をミッションとしている。例えば、グーグルのミッションは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」であり、情報洪水の中で適切な情報を見つけることのフリクションを解消しようとするものだ。アマゾンは「地球上でもっともお客様を大切にする企業であること」や「地球上で求められるあらゆるものを探し、発見でき、購入できる場を提供する」ことを掲げており、購買行動におけるフリクションをなくそうとしている。

フィンテック企業も同様で、デジタル技術を活用して金融における人々の不便や不具合をなくそうとするものがほとんどだ。古典的な例としてアメリカのスクエアを挙げよう。

創業者の1人であるジャック・ドーシーは、友人の芸術家から、アトリエを訪れた人が作品を気に入ってくれたにもかかわらず、クレジットカードでの支払いが受け付けられなかったために商機を逸したという話を聞いて、カードの認証が行えるスマートフォンの外付けデバイスを開発した。それまで加盟店になるには、カード会社の厳しい審査を受けて高額のカード認証端末を導入する必要があったものが、実質無料のデバイスを購入すれば、簡単な審査で零細店舗や個人事業主がカードの加盟店になれるようになったのだ。そしてアメリカのカード加盟店数は激増した。

ところが次は、クレジットカードの存在そのものがフリクションと捉えられるようになる。アップルペイをはじめとするスマートフォン決済が新たに普及すると、スクエアが開発したデバイスはすぐに時代遅れとなった。テクノロジーの進歩は速く、フリクションは次から次へと解消されていくのだ。

行員の仕事を代替するAI

サービス業には、目的系のものと手段系のものがある。例えば、旅行が好きで、どこかを訪れてリフレッシュすることは目的だろう。その旅行のために自動車を買おうとローンを借りることは手段だ。つまり、金融は手段系のサービスである。そして手段系のサービスは、基本的にそれ自体がフリクションであり、その利用のためだけに時間や手間やコストをかけたい利用者はいないだろう。極論を言えば「ない」ことが望ましいのだ。

ブレット・キング氏の新著『Bank4.0』では、テクノロジーが発達して近い将来に個人用AIが登場した世界を想定して、自動車を買おうかと考える主人に対して、AIが次のように話しかける。「今すぐ新車を買う余裕はありませんが、今日ウーバーのドライバーに登録すれば、今後2年間のリース費用の半額をカバーできます。1週間に最低4時間ドライバーとして働くという条件に合意するだけです。興味はありますか?」

このAIは、主人の懐具合や消費のパターン、所有と利用に関する志向などを知っていて、利用可能な金融の選択肢を洗い出して評価し、最適と思われるものを提案してくる。つまり、現在は消費者やフィナンシャルアドバイザーあるいは銀行員が行っている作業を代替し実行しているのだ。そしてこれらの作業はすべてフリクションだ。

すでにAmazon GOのように、買い物経験の中で自動的に決済が行われ、支払いという行為を必要としないサービスも登場している。金融サービスの多くは、こうして自動化されて顧客経験の中に組み込まれていくことで、フリクションを低減させていくと考えられる。

その結果、金融サービスのかなりの部分は、表舞台から姿を消すことになるだろう。バンキングも例外ではない。銀行の支店がなくなるわけではないが、「紙」「ハンコ」「通帳」といった物理的なものとそれを使うプロセスや簡単なアドバイスなどは、コンピューターがモバイルデバイス経由で行うものになる。ビル・ゲイツの言葉の実現である。

しかし、現在の銀行にとって、そうした新しい世界への移行は大きなチャレンジとなる。銀行が保有するプロセスやシステムは、基本的にデジタルが存在しなかった時代に構築されたものであり、コンピュータリゼーションの進化にそってそれを徐々にITに置き換えてきたため、基本的にはもとの仕組みをなぞっているからだ。銀行を取り巻く規制の仕組みも同様であり、既存のものとの整合性や調和を崩さずに新しいものに乗り換えていくのは、デリケートかつ膨大な作業だ。

しかも、テクノロジーは進化を止めないから、次々と登場する新しい技術やサービスに適応していかなければならない。一方で、テクノロジー企業やフィンテック企業は、レガシーの存在を意識せずに新しいデジタルの仕組みを考案可能だ。

デジタル化「以前」の仕組みに立脚する既存銀行

その中で、デジタル化を積極的に取り込む変革に取り組む銀行も登場している。例えば『Bank4.0』にも登場するシンガポールのDBSは、2018年、新たなブランドプロミスとして「Live more, Bank less」を掲げた。銀行取引の面倒をなくし、顧客がより充実した人生や生活を送ることを支援するという趣旨である。

そのために、CEOピユシュ・グプタの旗振りの下に、バンキングをinvisible化(見えなく)してカスタマージャーニーの中に組み込もうと、商品・サービスではなく顧客を中心に考え、必要なテクノロジーを積極的に採用し、オープン・イノベーションを活用して銀行全体のトランスフォーメーションを推進している。

日本でも多くの銀行で、デジタル戦略部などの組織が立ち上がり始めた。しかし、デジタル化は、社会、経済、企業、個人のすべてを否応なしに巻き込んで進むものだ。

顧客への係わり方、仕事の仕方、組織のあり方といったあらゆる側面での変革が求められるものであり、「デジタル化は所管部に任せてある」という意識では、ボタンを掛け違っている。さらにテクノロジーの進化は速く、「他行事例を見てから」では時すでに遅しとなる可能性は高い。そのような銀行は、「表舞台から姿を消す」だけでは済まなくなるかもしれない。